色彩少女・望

智依四羽

序曲 アイリス

第1話 望

 パレットに絵の具を垂らし、筆に絵の具を染み込ませる。しかし何も描けない。自身の絵心を嘲笑う声が聞こえる気がして。

 描きたいものがある。しかし私は描けない。

 想像を、ただの想像で終わらせたくない。

 故に至った答えが、文章。絵心の無い私だが、その形状も、その色も、全てを文字に変換してしまえば、現実に存在する物体に、私の想像は表現される。


「私の生きた証を……」


 せいへの執着は無い。人は誰もがやがて枯れ果てるのだ。それが早くとも遅くとも、私は簡単に受け入れられる。

 しかし、何も出来ず、何も残せず、何も成せないまま枯れていくのは、草花にも劣る愚鈍。

 せめて、私が生きてきた証を残したい。他の誰の目に触れられなくとも、私が存在した証明を残したい。

 余命さえ眼中に無くなる程の切望を糧に、私はまた、飽きもせず文字を綴った。



 ◇◇◇



 ヒーローはいつも、テレビや本の中でしか活躍しない。だからと言って、私はそんな英雄達を批難しない。

 現実には存在しない。全てが脚本通りに動く、作られたものなのだから。それでも、ヒーローは画面や紙面には、確かに存在している。

 私は憧れた。

 圧倒的な力を持ちながらも、人としての優しさを忘れずに戦う、幾人もの英雄達に。


「なってみたいな、私も……」


 なりたい、ではない。なれないのだ。それはただの憧れ。ヒーローになってみたいとは思えど、なれるはずがない。

 人間を改造する秘密組織などこの国には無いし、怪人と戦い勝利できるような力は私には無い。

 所詮は羨望。そう言い聞かせ、私は1人、また画面の中のヒーローを眺めた。



 ◇◇◇



 死にたい。これまでの人生の中で、何度そう考えたことか。

 耐え難い恥辱に頬を濡らした時。

 耐え難い屈辱に強く歯噛みした時。

 耐え難い悲哀に嗚咽を漏らした時。

 死にたいとは思えど、体が自害を拒み、決して死ぬことはできない。数少ない友人に"殺してくれ"と頼んだところで、互いに嫌な気分が残るだけ。

 ではどうすればいい?

 この払拭できない自殺願望を、どう振り払えばいい?

 そんな問いに対する答えなど、誰も教えてくれない。そもそも、答えなど最初から無いのかもしれない。


「答えが無いなら、自分で決めつければいい」


 それは、高純度の絶望。

 死を望む程の、脳と心を蝕む絶望。

 しかし彼女の、否、彼女達の前には、その絶望を終幕へと導くデウス・エクス・マキナが居た。



 ◇◇◇



 切望。

 羨望。

 絶望。


「はじめまして。僕はアイリス」


 彼女達の望みに共鳴するかのように、1人の女性が地上に現れた。

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