最低なアタシ [改訂版]
宇田川 キャリー
#01 アタシ
「この度はご愁傷様です」
そう言われるたびに黒い服に身を包んだアタシは憂いに満ちた顔つきでゆっくりと頭を下げる。
この数時間でこれを何度繰り返しただろうか。
突如として非日常が訪れ、しかしその中でただ同じことを繰り返しているだけのアタシの脳内はマヒしだして、ただ投げかけられた言葉に脊髄反射しているだけだった。
そんなアタシはきっと無気力や陰鬱に映っているだろう。この場にはふさわしい姿勢なのだからと流れに身を任せていた。
「あんた、今日、なんかキレイじゃない?」
アタシの元に子供とパートナーを伴ってやってきた姉が挨拶もそぞろに言った。
先ほど母に逢ったときも同じことを言われたが、実際、自分でもそう思っていた。
特に気合を入れて化粧をしたわけでもない、むしろいつもより手を抜いてナチュラルに見えるメイクにした。前日の夜に念入りにスキンケアするほどの余裕なんてない。特にブローの必要のないカーリーヘアはいつも通り適当にヘアミルクをつけて乾かしただけで、朝はうっすオイルをなじませただけだ。
全身黒の服が引き立てているのかと思ったが、ここにいる人全員黒い服だし、もともと黒い服はよく来ているので今日特別というわけでもないはずだ。
姉は不思議そうにアタシの顔を覗き込んでいる。
この姉はとにかくデキル女だ。
アタシは部屋に*
“クレバーな姉”は留学したり進路も男もスタイルもすべて自分で選択して決めてきた。美人、高学歴、高収入、高潔、頭脳明晰、規則的、完璧主義。
女性の地位向上のためのデモなどには積極的に参加する。会えば毛先のパサつきまで指摘される。
“クレバーな姉”が唯一失敗したことといえばヴィーガンで、3か月後には肉や魚を食べていた。
アタシしか知らないが、彼女の失敗はもう1つある。
高校の時の先生と23歳の時に関係を持っていた。相手は30歳くらいで結婚を前提にした彼女がいた。これもしっかり3か月で関係を断ち切った。
多分その影響で大きな変化を嫌う姉が、腰まであった髪を突如ショートにした。この件には未だに誰も触れていない。
留学先で立派な職場とハンサムなパートナーを見つけて今は海の向こうで暮らしている“クレバーな姉”は急遽帰国した。
完璧な家族をつれてアタシの容姿を散々指摘して、母が座っている親族席へと子供の手を引いて向かって行った。
親族席を見ているとどこかで世間話をしていたはずの父が母の横に腰かけた。
初孫にあたる“クレバーな姉”の息子に父と母は笑顔で接している。家族のだんらんのように見えるこの光景は実情を知る娘からすると滑稽だ。
実家が不動産業を営む資産家の母と、祖父の代からレコード会社を経営している父の間にアタシは産まれた。衣食住に困ることはなく、それなりの身なりをし、それなりの学校に通い、不自由なく育ててもらったと思う。傍から見たら裕福で幸せな家庭に見えるかもしれない。我が家の唯一の問題と言ったら両親の不仲だった。
両親はアタシが10代半ばに別れた。家族はもともと母が所有しているマンションに住んでいたので、 母と姉とアタシと弟はそのまま残った。
父は少し離れた場所にすごく大きな一戸建てを購入した。
この出来事がアタシに何かをもたらしたとは思っていない。別れる前から度々ケンカを目撃していたし、ケンカすらできないくらい多忙で家に両親がそろってることが珍しい程だったから、2人は別れる頃には諦めのムードが漂っていた。
しかし、いがいなことに別れた後の方が両親は親らしくなった。それまでほったらかしだった子供達をそれぞれが気にかけるようになったし、何かの記念日には仲睦まじくとはいかないまでも2人で出席したりする。これが2人の適切な距離感なのだと子供ながらに思ったほどだ。
「初めまして。私、彼のファンでした。残念です……」
アタシの目の前に現れたのは金髪で派手なメイクの女性だった。初めて会う彼女に一瞬とまどったが隣には弟がいた。今お付き合いをしている恋人だと紹介されて、なぜここでなのかと不満に思いつつも自己紹介をしあった。
出来のいい姉を持つアタシは、いつ
そしてアタシ以上の出来となってしまったのが“残念な弟”だ。
2歳下の弟は*
唯一の男だからか、末っ子だからか、もともとの性質か、アタシと違って愛想も
見た目も決して悪くはないし、収入も肩書もそれなりにある彼はそんな自分を理解してかだいぶ大人になった今でも家庭を持つことなく独身貴族を謳歌している。
残念だがそれも生き方なのだと家族も最近では認めている。
きっと今日以降会うことはないだろう彼女と弟は親族席に去っていった。
昨日から今の今までずっと一緒にいてくれているのは親友だ。
「弟くん、あいかわらず……」
今もとなりそう呟いていた。
“親友”は、黒いサラっとしたストレートのロングヘアーが良く似合うサッパリした性格の同じ年の女性で、出会いは高校2年生の頃だった。偏差値もそこそこあって学費もそこそこする都内では名門だったので品のイイ子女が多く、アタシは品がイイとは言い難い10代を送っていたので特定のグループに所属することはなく、当たり障りなく過ごしていた。出来のイイ女の子のうちの1人だった“親友”は、そんなはみ出したアタシに興味をもって声をかけてきた。
「レコード会社だよね? ご両親のお仕事」
生徒の家柄でヒエラルキーが構成されるような残酷な女子だけの高校内で、ウチの派手な家業がよく話題にされていたことは気がついていた。その頃はすでに両親は離婚していてレコード会社は父が経営していて母は関係なかったが、アタシ達を繋いだのは音楽だった。
“親友”もヒップホップが好きで意気投合した。
アタシより少し背は低いが姉御肌の彼女は高校で唯一できた友人で、どこにも属さないアタシにとても親切だった。それにイイ子の仮面をかぶりながら、一緒に夜のクラブで夜遊びをしたりした。クラブ以外にもレコード屋、服屋、ファストフード、若い女の子が行くところはどこへでも行った。高校を卒業して大学に進学してからもアタシと彼女の関係は変わらなかった。
今回の訃報を聞きつけていち早くアタシの元にやってきて、一緒に悲しみ、そしてアタシに代わっていろいろと差配してくれている。彼女は元々面倒見も手際もいいのでこういった場で頼りになるのだがいつも以上に世話を焼いてくれるのは、過去に彼女もパートナーを失った。それももっと若い頃、20代前半で結婚してすぐに子供を産み、2人で手探りで子育てをしている最中でまだまだ若い家族だった。突然幼い子供と取り残されて途方に暮れただろう専業主婦だった彼女は、すぐに立ち直り子育てと仕事に奮闘してきた。アタシはその過程をすぐそばで見守ってきた。アタシとは比べ物にならないほどの悲哀と苦労を味わっているはずだ。
「たしかに、今日キレイだね、なんで?」
彼女もアタシを見て言った。なぜだか自分でもわからない。
上品な木材でできた長細い箱の中に横たわっている彼の姿を再び見下ろした。
これがアタシが愛した人だ。
目をつぶって微動だにしない彼はよく見ていたいつもの寝顔とは違う。
もう動くことはなく、アタシを愛してくれることもないのだ。
運命の相手は1人だとよく言うが、アタシの運命はこれで終わりなのだろうか。
だとしたら彼は早く逝きすぎではないだろうか。平均寿命からするとアタシのこの先の人生はまだだいぶ残っているはずで、その長い年月を独りで過ごすことになってしまう。特に恋愛依存な体質ではないが、それはあまりにも寂しすぎないか。
心から愛したし、愛された、だから結婚までした。
でも今目の前で穏やかに眠る彼は運命の相手ではなかったのかもしれない。
では一体、運命の相手は誰なのだろうか、すでに出逢っていた誰かなのか、まだ見知らぬ誰かなのだろうか。運命の相手とは本当にいるのだろうか。
そんなふうに考え始めたアタシに、ただ眠る彼はもう気づくこともできない。
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