最低なアタシ

宇田川 キャリー

2010年 - Everybody

 帰ってきた。

都心の一等地のマンションで最上階の母が所有するペントハウス。メゾネット形式の2階の1室がアタシの部屋である。子供の頃から住んでいるこのマンションだが、4年前に出て行った時とリビングの壁の色は違うしソファも変わっている。開放的な階段の壁に掛けられた大きな絵は最後に見た時と変わらずリビングを見渡しているが、入り口には新しい絵があった。


 さらに変化といえば“残念な弟”はいない。

彼は父の家業を継ぐために父の家に引っ越した。

そしてもう1つの変化は柔らかい笑顔の幼馴染が、その“残念な弟”の代わりに住み着いている。

彼はアタシが帰るなり何故自分が弟の代わりに住んでるのかを説明した。

 1番歓迎してくれるのも1番会いたかったのも3匹の猫達。

好きな画家から名付けた3匹は大きな声をあげてアタシを迎えてくれた。


 この家の女主おんなあるじと言えばアタシの母だが、不出来な2番目の娘には興味がないようでショッピングかどこかにでかけてるようだ。

世間体や何かと口うるさい母と帰ってくるなり顔を合わせるのはアタシにとっても苦痛だったので、かわらずに自分勝手な母親でいてくれて助かる。


4年ぶりにこの生まれ育った街に帰ってきた。


♪ Backstreet Boys - Everybody

https://youtu.be/6M6samPEMpM



 母と父はずいぶん前に*EAST×WESTイーストウエスト抗争のように、激しく別れた。家族はもともと母が所有しているこのマンションに住んでいたので、 母と姉とアタシと弟はそのまま残った。

父は少し離れた場所にすごく大きな一戸建てを購入した。


 日々は過ぎて母の彼氏も数回変わった頃、突如“クレバーな姉”が結婚を発表した。姉はとにかくデキル女だ。

アタシは部屋に*Lenny Kravitzレニー クラヴィッツのポスターを貼っていたが、彼女は*Notorious R B Gルース ベイダー ギンズバーグの写真を飾っていた。

“クレバーな姉”は留学したり進路も男もスタイルもすべて自分で選択して決めてきた。美人。高身長。高学歴。高収入。高潔。頭脳明晰。規則的。完璧主義。

女性の地位向上のためのデモなどには積極的に参加する。会えば毛先のパサつきまで指摘される。

 “クレバーな姉”が唯一失敗したことといえば、ヴィーガン。3か月後には肉や魚を食べていた。この件には触れてはいけない。

実はアタシしか知らないが、彼女の失敗はもう1つある。

高校の時の先生と23歳の時に関係を持っていた。相手は30歳くらいで結婚を前提にした彼女がいた。これもしっかり3か月で関係を断ち切った。

多分その影響で大きな変化を嫌う姉が、腰まであった髪を突如ショートにした。この件には未だに誰も触れていない。

“クレバーな姉”は留学先で立派な職場とハンサムなパートナーを見つけ、今は海の向こうで暮らしている。

 出来のいい姉を持つアタシは、いつ何時なんどきでも比べられてかわいそうな妹だと思われる。しかしアタシとしては、あんな“クレバーな姉”を持つと両親の期待を一身に背負ってくれるので、かわいそうな妹はともても気楽だった。

 そしてそれに輪をかけてしまったのが“残念な弟”。

弟は*Pamela Andersonパメラ アンダーソンのポスターを貼っていた。

年齢が2つしか違わないので、仲はいいほうだ。

唯一の男だからか、末っ子だからか、もともとの性質か、アタシと違って愛想も要領ようりょうも調子もいい。

 だから子供のころからどこでも人気者で、大人になってからはそれをフル活用してモテまくっている。弟を紹介して欲しいと頼まれたこともたびたびある。

何度となく交際している 女の子を紹介されたが、同じ子と会うことは2度ない。

唯一1年くらい付き合った器量のいい彼女も、自分の浮気のせいで離れていってしまった。残念なヤツだ。

しかし、持ち前のガッツと明るさで次の女の子をみつけてくるのである。

将来のことなど考えず好き勝手遊んで過ごしていたが、アタシがいなくなったことで考えたのだろうか。父の家業を継ぐことを決めて引っ越していった。

結局仕事はしつつも決まった相手はおらず次から次へとデートを繰り返しているようで、あいかわらず残念なヤツだ。


♪ The Runaways - Cherry Bomb

https://youtu.be/_EBvXpjudf8



 地元に戻ってまず訪ねて行ったのは親友の“プリンセス”。

地元で女の親友と言えるのは彼女くらいで、産まれた病院も一緒、学校も一緒、家族同然だ。

 子供時代は大人たちの期待の的で学生時代は先生のおきにいりだった彼女。

きっと就職してからは年の離れた上司からもかわいがられているだろう。

すべての時代において男、いやそれ以外からも愛されている、160cm色白細身のモテ系。 一見優等生の彼女の最大の長所であり最大の短所はとっても毒舌で女王様気質。“プリンセス”たる所以だ。

 大手出版社のファッション誌で*『The Devil Wears Prada』プラダを着た悪魔の様な事をしてる。

彼女の職場の近くの喫茶店で落ち合うと クマ一つないピカピカの笑顔でお互いの近況報告した。

彼女も彼女なりに職場で苦労はあるようだ。

が、クマ一つない。

歯医者の彼氏と2年付き合っているようだ。

が、クマ一つない。

女王様気質の彼女だが、女王様で居続ける努力も決して怠らない。

そんな“プリンセス”がアタシを問いただした。

「突然いなくなって、突然戻って来て、理由聞いてないんだけど」

「そのうち話すよ」

コーヒーをすすりながらアタシが答えを渋ると

「そればっかじゃん。まぁいいけど」

憮然ぶぜんと彼女は言った。

4年前、アタシに何かあった事は想像がついているだろうが、彼女はしつこく詮索せんさくしない。アタシが何でも話すタイプでないはことは長年の付き合いだから知っている。いつもベッタリと寄り添っているわけではなく、よい距離感を保っている、それでも幼い頃からの親友なのだ。

 そんなアタシ達は幸運なことに男を取り合ったことはない。

彼女はロイヤルのプリンスが好みなら アタシは*Sid Viciousシド ヴィシャスがいい。ただ好みが違うだけ。


♪ TLC - Girl Talk

https://youtu.be/VdV8XyxFIPM



 アタシは4年前、大学を休学して地元を出た。

誰にも相談しなかった。

人生は無常だと思った。

とにかく“今”から逃げたかった。

なにかイヤだったわけでもない。

なにがしたかったわけでもない。

それがイヤだった。


♪ Led Zeppelin - Rock and Roll

https://youtu.be/IbW5K2F1N28



◆◆◆


添付している音楽(YouTube)もぜひ一緒にお楽しみください。


EAST×WESTイーストウエスト抗争 - アメリカのヒップホップ業界で起きた東海岸(主にバッドボーイズ)と西海岸(主にデスロウ)の抗争と言われているが真相は明らかになっていない。(ヒップホップ業界自体がきな臭い状態にあったのでその他も敵対的ではあった。)2人の有名ラッパーの死によって終息する。

▶The Devil Wears Prada(邦題)プラダを着た悪魔 - ファッション誌VOGUEヴォーグを舞台にした映画。

Lenny Kravitzレニー クラヴィッツ - ミュージシャン

Notorious R B Gノートリアスアールビージー - 連邦最高裁判事ルース ベイダー ギンズバーグの愛称。NotoriousBIG(ラッパー)のもじり。

Pamela Andersonパメラ アンダーソン - プレイボーイ誌の伝説的モデル。

Sid Viciousシド ヴィシャス - The Sex Pistolsセックスピストルズの元ベーシスト。

Blitzkrieg Bopブリッツクリーグ バップ - Ramonesラモーンズの代表曲の1つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る