第8話 不安と予感
リュミール王国 アンジェ迷宮伯領 トルム村―――
「おーい、こっちに資材が足りないぞ!」
「ここを水路にした方が良くないか?」
「俺の工具持って行った奴は誰だ!」
先の内戦で戦火に焼かれたトルム村であったが、今は様々な人が集まり、復興事業が急ピッチで進んでいた。他の都市から派遣された大工が新しく家屋を建てていき、この村で店を興す商会の人間が店構えを整えていく。
カンカンとあちこちで木槌が鳴り響く中、冒険者ギルド支部に男が入っていった。
小奇麗に手入のされた髭を生やし、がっしりとした身体つきをしているが、髪は白髪交じりで年齢を感じさせる。
彼はまだ誰もいない受付を眺め、カウンターを手で撫でた。真新しい木材の香りを強く匂わせており、そちらに気を取られていたが、ふと顔を上げ振り返る。
「イシュラギルド長、ここに居ましたか」
「まだギルド長じゃあ、ないがね」
イシュラと呼ばれた男は軽く微笑むと、自身を呼んだ受付(になる予定)の女性を見る。
「迷宮伯からの兵士が到着する予定ですが……
まだ到着していないので、何人か村の警備に回してほしいとのことです」
「……ちなみに、それを依頼しているのは?」
「商人ギルドの方です。支部長名での依頼だそうですが……」
「……はぁ」
イシュラは腕を組み小さくため息を吐く。受付の女性がその態度に委縮してしまい、それに「すまん」と謝り宥めながら、イシュラは脳裏で考えを巡らせる。
冒険者というものは本来、人間が未だ到達していない未開拓である土地の調査を行う職業だ。大雑把に飾らず言えば、「よく解らないところに、とりあえず突っ込ませる傭兵」といったところか。
総じてサバイバル技術に長け、魔物と戦うことも多い職業であるため、商人ギルドと冒険者ギルドの関係は良好であり、行商の護衛を担うことも多い。
なので今回、商人ギルドが冒険者ギルドへ仕事を依頼することそのものはおかしくないのだが……
重要なのは本来、この村を守るのは兵士の役目なのだ。
兵士とは、領主……トルム村で言えばアンジェ迷宮伯が所有する戦力である。
彼らは領主の財産、ひいてはこの開拓村や領民を守る義務があり、それが仕事であるのだ。普通であれば開拓村の復興がここまで進んでいる時点で駐屯地くらい出来ていてもおかしくないのだが、まだ兵士の影も形も見えない。
最初に転ぶと、その貴族としての権威が相当に削られることになるのだが。
「これは、気を引き締めないとまずそうだな」
新しい迷宮伯にはあまり良い噂を聞かなかったが、まさか兵士を寄こすことすら出来ないとは。
そんな「ヤバそう」な人間をトップに据えないといけないという状況に、イシュラは再び溜息を洩らした。
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