―hope in “X”―


「歩け」

俺は、目的を失いかけていた。

木が振れた。

機が触れた。

気が狂れた。

また木が振れた―


22.4.17

“人のいうことを聞いてはいけない。

天の声をききなさい。 人の仕事を手伝うのをやめなさい。 お前は自分のするべき仕事がある”


白い光に包まれた。俺は眠り、何度も同じ夢で魘された。深く濃い霧に包まれその中を歩いた。見たことも無いものを見た。聞いたことも無いようなことを聞いた。だが俺は信じた。あろう事か信じた。そして今でも疑っている。

それが俺の旅―おわりなきはじまりのはじまり―

霧のなか、友がいるはずだったがはぐれた。供がいるその筈だった。手筈が狂うとはこれか。共に旅をする友にして供。調子が狂うとはこの事。伴になれたであろう朋。動き出した歯車は軋みまるで出鱈目で軋む音色は目障りで耳障りで完全に狂っていた。


“お前に世界を救ってほしい”

いきなりそう言われて信じるか―


俺は、迂闊にも信じてしまった。拒絶したかったが抗いがたいチカラだった。心躍る魅力的なオファーではない。つまり、抗いがたいオファーではない。念の為にもう一度言おう。抗いがたいチカラだった。人生とは不可思議だ。論理が通用しないこともある。ほんの少し、些細な事から始まった。ある日、奇妙な偶然の一致に気付いた。自分で決めたはずの出来事に何か別のチカラが働いているとしたら?―偶然にしてはあまりにも出来すぎていて、あまりにも可笑しい。まず、あり得ない。落ちてくる言の葉、舞い降りてくる言の霊。呼びかけてくる声―俺は一体、誰と話をしているんだ。魂に響く声―恐ろしかった。少しずつ甦る記憶―繋がるジグソーパズル―そこから一歩踏み出したらどうなったか?

最悪だった―


この物語は、愚者の話。いや、大きい魚の話。いや、時空を超えたラブストーリー、いや、夢を旅した壮年、なんにせよとても馬鹿げている。荒唐無稽で矛盾だらけで常人の理解の及ぶところではない。もし仮に、この話を一年前に友人から聞かされていたら、その友人とは距離を置くだろう。精神科か心療内科か何かの診療を勧めるかもしれない。薬物か葉っぱか何かそれらの影響を疑うかも知れない。それくらいぶっ飛んでいる。

だが、俺は至って正常だ。すこぶる調子も良い。元々頭のネジの何本かは緩んでいるが正常そのものであろう。

俺は、ある日突然、医学の進歩よりも早く毎秒毎瞬毎刹那、驚異的なスピードで成長した。進化したという表現の方がぴったりかも知れない。いきなり物質を超え、いきなり時空を超えたのだ。こんな馬鹿げた話があるだろうか―

俺は大嘘つきだが、これが嘘ではない証拠に誰もが簡単に超能力が使える具体的な方法を教えよう。これから教えることはとても簡単なので是非試してみて欲しい。まず、風の無い部屋の中でエンピツとメモ用紙か何か折り紙よりも小さい正方形の紙を用意する。用意できたらエンピツを真っすぐ机に立てて固定し、固定したエンピツの上に四つ折りにカタをつけた正方形の紙を置く。その紙が静止したら触れないように手のひらから紙に「動け」と念を送り込む。すると一分もしない内に紙は触れてもいないのにくるくると風車のように回り出す。これは小学校低学年、幼稚園児などの幼い子の方が簡単にできる。一分どころか三十秒も掛からずにできて紙はより活発に動く。慣れてきたら手をかざさずに念だけでも動かせる。

どうだろうか?紙が動くのは確認できただろうか?

これは詰まるところ科学なのだが生憎、俺はそれを証明するだけの科学知識を持ち合わせていない。ちなみにこれは誰にでも超能力があるという単なる実践的証明だけであって実生活、実社会において何の役にも立たない。いや、研鑽を積めばより凄いパワーになるのかも知れないが、それを俺は知らない。ここでポイントなのは誰にでも超能力があるという証明である。

“超能力”それが一体なんになるのか?

それは、超能力が必要だからである。より厳密にいえばこれから起こるたたかいの為に超能力者の超人的なパワーが必要とされているからである。

そして、それは心得あるものなら誰でも使える。

こんにち、元々おかしかった世界が日々日々急激に加速して益々おかしい。まるで注文の多い料理店のような奇っ怪な話、壮大なスケールの茶番劇―

それらを紐解くキーワードは、ディープステート、カバール、ハザールマフィア、フリーメイソン、イルミナティ、300人委員会、ダボス会議、ビルダーバーグ会議、イエズス会、CSIS、明治維新、3S政策、日米合同委員会、ケムトレイル、電磁波、ウイルス、ワクチン、コオロギ、人口削減計画、緊急事態条項、予測プログラミング…etc.

そのような世の中の仕組みに気付くことが“覚醒”だという者がいる。

“仕組みに気付く”それらは大事だが覚醒とはそのようなものではない。真の覚醒とは、物質を超え時空を超えることをいう。つまり、自分自身が超能力者として目覚めることだ。

さすがの陰謀論者もびっくりのトンデモ論だろう。気にせず進めよう。

それらは物語を読み進めればヒントを見つけるであろう。運が良ければ答えを見つけるであろう。さらに運が良ければ自分で道を見つけるであろう。是非見つけてみて欲しい。そして、そこからもっと大切なことがあることに気付いて欲しい。幸運を祈る。


俺は論理的な人間、その筈だ。そうだろう。そうでもないのか。

ウサギを追いかけて穴ぼこに落ちる。そこに広がる不思議な世界―

この物語は、そんなお話―いや、そんな話ではない―



俺は一九七八年十月二十四日にこの世に生を受けた。丙午、昭和五十三年生まれで、よりによってゴミ年生まれ。その日は火曜日で、午前十時何分かに生まれた。何分かは調べたら分かるが面倒なので調べていない。今はもう廃業している鶴亀助産院で生まれた。生まれた俺は、太々しく不機嫌そうで泣かなかった。そう母親から聞かされた。その日の天気はよく晴れていたらしい。十月二十四日はちょうど蠍座の始まる最初の日でその日に生まれた。

太陽星座は蠍座。月星座は獅子座。

蠍座の一等星はアルタイル。蠍座の形はS字。

錬金術で、蛇は蠍になり、蠍は鷲になる。錬金術っていうのは“大いなる業”のひとつで卑金属から金属を作り出したり、賢者の石だとか生命の木だとかの秘術だ。錬金術で蠍座の位置が鷲なのはそういう理由。他人の誕生日や星座なんかどうでも良いだろうが、この数字や星座を良く覚えておいておくれ。この物語の骨子。とても重要な数字と星座だ。カバラ数秘術の運命数は5(1+9+7+8+1+0+2+4=32 3+2=5)これもとても重要な数字だ。カバラって言葉の意味自体が口伝、伝承でカバラ数秘術って言わずともカバラが秘術を指す。他人の運命数なんてどうでも良いだろうが、この数字を良く覚えておいておくれ。百年後には学校のテストに出るかもしれない。念の為に言っておくが、俺はもともとオカルトだとかスピリチュアルなどそういった類が嫌いだ。胡散臭いペテン師ばかり―吐き気がする。


俺の半生はゴミそのものだった。だが思い起こすとゴミでもそれなりに楽しい。捨ててあるゴミにも時には宝があるようにゴミの人生にも楽しい時がある。ゴミでクソだけれども、ふたたびこの世に生まれ落ちることがあるならば、もう一度俺は自分の人生を選ぶ。時に他人が羨ましかったりするが結局、他人の人生なんて考えられない。

人生なんて所詮、暇つぶし。そう思っていた。

意味のない毎日をダラダラ繰り返し、少しの幸せに満足して意味のない人生をひっそりと終える。そうなる予定だった。

だが、違う展開と結末が用意されているとしたら?

ある日、意味とか意義だとか人間が介したものではない、もっと根本的な本質そのものに気付かされる。

自己の認識と宇宙との一体感―

人生だとか、運命だとか、そんなものよりももっともっと大いなるチカラ。

それを知る日がくる―

それが抗えぬチカラ―


俺は名もなき小さなもの。そう、名なんかない。ネジが何本か緩んでるどころか完全に気が狂ってるだろう。わたしが蒔いた種が実り育みその木の股から生まれ樹液と木の実で育った乳呑み児。その乳呑み児が俺。分かるかな、分からないだろう。


―現実の住人だった頃、その小さきものの俺が夢の門で大いなるものとして“まものの王”に歓迎され、歓待された。宴は乾杯からはじまり、会は始まりから絶好調、宴も酣のころにはほどよい塩梅に甘く最高潮に達した。未来、過去、現在。長い沈黙があり―威嚇、恫喝、罵詈雑言、鉄拳制裁、拷問、詰問、懐柔策、憐憫の情、問答、甘言…―それらをフルスロットルで浴びせてきた。「嬲る」と「嫐る」を何度も味わい、鱈腹食らった。―again and again― 何度も体は八つ裂きにされ、頭はボムされてもげて吹っ飛び、身も心もボロボロにされ、望みや願いは空しく打ち砕かれ、粉々にされた。ついぞ心は折れた。心が折れる音を三度もきいた。羅利骨灰とはこの事。俺は何度も死んだ。―endless repetition―


“まものの王”とのたたかい。それはいきなり訪れた。俺が何の用意も準備もできていない時にいきなり現れた。ただ現れただけで、ずっと座ってずっと黙っている。そして俺は負けじと三日三晩、無視をした。話しかけたのはしびれを切らした俺。ほんの軽いジョークをとばしたのを王は聞き逃さなかった。王なるものは勢いよく立ち上がり怒り出すと、名乗りだし、一気に叱咤を飛ばし畳みかけてきた。マウントをとるとはこの事。「何を驚いておる。お前が呼んだから来た。用意ができているものにしかわたしは姿をあらわさない。だからはるばる来たのだ。さあ、わたしとたたかえ―」なんだこいつは?―招かれざる客はそうご託宣を並べてきて講釈を垂れてきた。ほかも喋っていたが、話す内容は子供には聞かせれないし、大人でも人を選ぶ内容。機会があれば話そう。お引き取りを願いたかったが、わざわざお越しいただいたのだ。畏れ多くも呼んだ覚えはなかったが、俺は浮ついた気持ち、ざわつく心を鎮め、精神統一をして体を清めてからそのまものと対峙した。その与えられた猶予中も手妻(まやかし)は凄まじく目を瞠るものだった。いざ “まものの王”とたたかった。全身全霊をかけたたたかい。魔王とのたたかい。思い出したくないが忘れられない。俺は勝った。だがそれ自体が手妻だった。たたかいはまだ続いている。


遂に勝ち、俺自身が位を置いて光になれた。

白光、百光、白夜。夜を照らす光。

―たたかい、それは想像の域を遥かに絶する戦いで、何度も挫け、何度も諦め、筆舌に尽くしがたい虚無感を覚えた。

“圧倒的な力対虚無”

結果は火を見るよりも明らか。

漆黒から暗黒へ。俺は絶望した。絶望の谷へ落ちた。奈落とはこれか。絶望の渓谷の淵で、俺の目と深淵の目が合った。世は完全に終わった。そう思ったその刹那、俺は完全に死んだ。無我から無へ。虚無から無へ。無からムへ。ムから夢へ―

無限から夢幻へ―

俺を雁字搦めにしていた鎖、桎梏(しっこく)そのものから解き放たれた。俺はそこから這いあがった。生まれ変わる度に甦る記憶。旧くて新しき名を思い出した。生まれ変わることではじめて勝てた。はじめは負け。つぎで引き分け。三度目で勝った。完膚なきまで叩きのめした。俺を苦しめた王だったものは乞食になった。もう会うことは叶わないが同じひと時を過ごした友だ。ともに歴史を刻んだ親友。ひとつ補足を言えば本当はいつでも会える。乞食ゆえに汚いし、臭いし、見ただけで反吐が出るし、心も饐えてくる。ケダモノとはこいつの事。会いたくない。

人生最高の日と最悪な日、それは同じ日同じ時間同じ場所で起こっている。

思い出すとまたその日その場所に引き戻される。はじまりがあっておわりがあるのではない。それらは全て同時に起こっている。この話はできればしたくない。聞くものも気が狂うからだ。完全に常軌を逸している。



22.4.30

地に足をつけてはいけない。そこに根が張りめぐらされ空に翔びたてなくなる。前を見て進んではいけない。前からくる風は全て向かい風。後ろを振り向いてはいけない。後ろからくる風は全て追い風。下からくる風は上昇気流。お前とゆう点に集めろ。その一点に集まった風にのれ。それに乗りなさい。そこから翔び立ちなさい。伏竜鳳雛、目指すべきは上。空を見上げなさい 天に羽ばたきなさい。



俺が勝てたのは狂人だったから。その言に尽きる。狂とは読んで字のごとくケモノの王、そして人、狂人とは強靭。強靭な精心、精芯。―ほかもある。それらが精神。精神とは物質的なものを超越した存在。俺はそれらを鍛錬したわけでも極めたわけでもない。超えたのだ。ただそれだけ。精神をもつものが悪しき霊を浄化して聖霊を宿す。もしくは宿っていた聖霊を活かせる。その前後関係はよくわからない。聖霊を活かしたものが歩んだ道。知らない方がよい話。知ると後悔する話。それらはある。いたずらにきかない方が良い。身の安全のために。心の穏やかさを失うかも知れない。平穏無事の生活。その一日。それ以外の幸せがあるのだろうか?常人は避けた方が良い。だからなんのことだかさっぱり分らぬように書いてある。分かるものが幸いとは限らない。用意ができたものには、微に入り細を穿つものを伝えよう。


22.5.2

意志とは石だ。過去に生きてはいけない。後ろを振り返れば意志が石にされる。それはロックされ、岩になる。未来に生きてはいけない。向かい風の中、前に進めばそこにある岩にしがみつく。目指すべきは一点。空だけを見なさい。見上げる空。青空を見なさい。星空を見上げなさい。今日だけを精一杯生きなさい。そうすれば石は輝く。お前のもつ石を天で輝かせなさい。それが輝石。たどる路、それが軌跡―


だが、その望みも絶たれた。もう何も考えたくない。俺は何も知らないし、何も分からない。もう見たくもない。聞きたくもない。あなたの顔なんてみたくもない。声もききたくない。宿命なんて知らない。運命なんて知らない。使命なんて知らない。天命なんていらない。お願いです。勘弁してください。自分はただの愚か者です。愚者に憐れみを。後生です。もとの生活に戻してください。何もかも忘れます。忘れさせてください。真面目に生きます。酒も飲みません。煙草も吸いません。女もいりません。男とも交わりません。慎ましく生きます。憐れみを。慈しみを。ご慈悲を、どうかご慈悲を。赦しをください。もしくは死を。肉体からの解放を。自死はしませぬ。できませぬ。どうか介錯を―

おわりなきはじまりが今日おわりを迎える。

それは全の終わり。

この世もあの世もすべてがなにもかものおわり―

―それが今日、ととのう。



「旅人よ、―」

杖を抱きしめて腫れた左足をひきずりながらひょろひょろとよろけながらも何とか砂漠を歩いた。砂漠―こんな絶望的な場所があるだろうか。此処に来て現実世界での大病の後遺症の麻痺を感じたことはない。麻痺なんか何もなかった。ここの世界、幻の大いなるくに。こちらでの怪物との戦いでやられた傷が全身におよび、その傷が全身全霊を覆いそうになっていた。特にひどくやられた左足の傷は広く深く全体が膿み、みるみる腫れていた。足の傷口、血の混じった膿を吸っては吐き出し、その血で渇いた喉を湿らせた。臭いもひどく足を千切ってしまいたい。此処に置いていきたい衝動に何度もかられた。俺の精神は均衡を失った。破壊的な衝動。このまま闇が全霊を支配してしまうなら足を切り落とすことなどなんでもない事。右手に持てる気を集め手刀を打とう。俺は両肩に口づけをし、自分で自分を何度も抱きしめた。もう少し、歩く。ヨタヨタ、よろよろ。持てる気力を振り絞り屈伸運動をして四股で足踏みをした。もう長くないのは分かる。踏みしめる砂の大地に感謝し愛するものの幸せと無事を願った。見えた。それが約束されたものだと悟った。歩き続けた。どこに向かっているのか右も左も方角も分からず、荒れた砂漠を歩き続けた。即ちただただ彷徨っていた。ついぞ目標も失っていた。

―蜃気楼―

朦朧とする意識が俺の肉体を倒そうとしていた。何度も倒れそうになった。いや実際は何度も倒れた。異国の地ならまだともかく、こんな異世界で死んでたまるか。

太陽、熱砂、熱風、満身創痍、渇く喉、意識朦朧、前後不覚、方向音痴、死んだ方が楽とは正にこの事。砂漠を歩いていると暑さでモノがぼやけて見え、眠るようにその場に倒れて気絶した。

―終わった。俺は結局、愛するものを救えなかった。愛するみんなを救えなかった。クソ、あのメス犬、犬ども。悪いのは俺じゃない。チクショウ、チクショウ、莫迦な。違う。何を莫迦な―

愛している。みんな愛している。たとえこの肉体が滅びようとこの思い、届いてほしい。響けよ、俺の魂のうた。届けよ、俺の愛する人のもとへ。そらとは奏楽。奏でてほしい小さき俺のやさしいうたを。愛している。あなたとあなたの家族。隣人とともに楽しくうたっておくれよ。―死ぬ準備はとうの昔にできている。なのにだ、死ぬのは怖い。報われなかった。悔しさで泣けてきたが涙を作る成分が体内に空っぽで涙腺は枯れていた。

最後の魂の鼓動。

泣かせても貰えないのか―



                   ・   

砂浜での果し合い。浜辺に相手の男は正面から現れた。この男が国で最強の男。強きものは強きものを求める。厄介な習性。血の匂いを嗅ぎ分け、強き血にたどり着く。”骨の音をききわけ、強き骨に辿りつく。魂の共鳴。雌雄を決するたたかい。心地よい風、小波、鳥のさえずり。男は相手の男に再三再四、まるでたたかいなど無意味。湯を共にしよう。酒でも酌み交わそう。魚を一緒に食べよう。―微笑し、甘言ではぐらかした。

 相手の男はよく耳を傾けるべきであった。自分の研ぎ澄まされた感性を信じすぎ自分の磨きすまされた洞察力を過信しすべてを深読みしすぎた。

―構えればやぶれる―慧眼の構え。八艘の構え。―見える。どれもやぶれる。相手の男は何も構えなかった。男は言わずもがな何も構えず、ほんの瞬きの間に様相を変えた。寝そべり、欠伸をしたかと思えば座禅を組む。しまいには、うたを謡いだす。―ひっちゃかめっちゃか。その寛ぐ様は、罠だ。斬りかかった時の返し技一閃。見えた。返り討ちとはこれか。その手は桑名の焼き蛤。ただただ術の“おこり”を待つ。そのおこり、角度、速度は一寸も狂いなく寸分違わず十露盤できていた。“おこり”さえ見えれば勝負あった。弛緩ばかりしよって、この香具師め、小癪な―惑わしの術には乗らぬ。相対すること二十一日目、寅四つ時刻、ついに男は刀を相手の男の足元まで放り投げた。勝った。この時をまっていたとばかり、柄の縁に手をかける。水を得た魚とはこの事。勝負あった。―刹那、舞う砂埃、上下逆さに見える景色。やられた。なにも見えなかった。痛くも痒くもないとはこの事か。頸は綺麗に一刀両断された。己の胴体が歩くさまを逆さに見せられた。刺刀(さすが)とはこれか。男の言う通りであった。油断ではない。慢心したのだ。傲りとはこのことか。見える景色。本当にたたかっていたのか。男は女と砂浜で戯れていた。―女人避けて遠ざけるべし―師との契りは何であったのか。ふたり―うむ、そうか。そう線を描くものなのか。かけてくる幼子。師の教えは何であったのか。―背負うものを作るべからず。それは必ず憂いになる。追われる身になった時、足手まといにしかならぬ―そうか、そう形作るものなのか。おなごはよく見ると身籠っとるでないきゃあ。わしぁは一体何を信じてきたちゅうのか。うむ、そうかそうなのか。はっきり見える。われ死の間際にて終ぞ開眼。―男は歩いてきた。とどめを与えてくれるのか。すまぬ、ありがたや。なにもおしゅうない、無念有念。目を閉じる―目を開ける。見える景色は空が逆ではない。生きている。―五体満足、無事の體。首に当たる男の温かい手。癒しの力。泣いた。生きている。生まれてはじめて生を感じた。相手の男が男を強く抱きしめた。男も相手の男を強く抱きしめた。湯を共にし、酒を酌み交わし、魚を一緒に食べた。そしてまた湯を共にし―男を愛した。男の家族を愛した。愛とはこれか。このことか。男は刀を置いた。もう二度と人を斬ることはあるまい。



「旅人よ、強きものよ―」

何者かの声が聞こえてきたが、俺にじゃないだろう。俺になのか。いま見たヴィジョンは何だ?もう、なにもかもがどうでもよい。ガクガクブルブル。全身の震えが止まらない。このまま死なせてくれ。もう本当になにもかもがどうでもいい。俺は卑しい人間だ。もうよい。頑張った。

俺は四十二の年で死に目にあい四十三の齢にて黄泉で不死身を手に入れた。俺は不死身。いい気になっていた。浮かれすぎていた。慌てる迦邇は穴へ入れぬ。浮かれすぎた俺は猿から柿の実をこの身いっぱいに散弾され一体全体、渾身に被弾した。仕組まれた罠。意図と糸。崇高に算段されたものだった。それは山の三段にも届かない。富士見どころか猿にいっぱい喰わされた。泡吹くとはこの事。吹ける泡もない。耽るとはこれか。バブル。この世もあの世も何もかもが泡。Oh-a oh-a,あわ、あわ、あわ。シャボン玉。 小さいシャボン玉にしておくべきだった。夢を見すぎた。大きいシャボン玉はすぐ割れる。俺の願い。夢破れた。人の夢とはなんぞや。儚いとはこの事。どちらにしようか天のかみさまの言う通り。柿の種。位置、弐、参、士、師、子、詩、それらはもう無に帰す。

“死”俺一人―誰一人、理解を得ぬまま死ぬ。悔しい。空しい。クソ、クソ、生きたい。行きたかった永久にともに―



                   ・

ならず者の吹き溜まり。アポロステーション52+αスペースコロニーの船着き場。俺は遥か銀河に行く旅のためにスペースクラフトを整備していた。

「待ちなさいよ」

若い女は俺の方に銃をむけて4発、撃ち込んできた。いつも通り当たらない。俺は振り向きもせず、ドロイドと舟に荷物を積み上げていた。

「いつもそう、その余裕綽綽が心底気に入らない。女だからって舐めないで。銃を抜きなさい。腕の三連奏キャノンでも、ライト・トライ・アックスでもなんでもいいからかかってこい。あんたは私の人生を滅茶苦茶にした。絶対に許さない。今日あんたはここで死ぬの。得意のサンダーロッド出しなさいよ。肩のフィン・ポインターだけでもこっちに向けろ。さあ―」俺は一瞥だけくれると、ドロイドに先に乗るように伝えヘルメットの点検をはじめた。どこもヒビもワレもない。フィルターよし。ファンよし。スピーカーよし。パネルもちゃんと点く。パネルよし。俺はヘルメットを装着した。Good.

「逃がさないわよ、銃を抜きなさい。」

俺は、若い女に向き直りちゃんと目を見つめて言った。

「では、撃て。ちゃんと撃ってくるのなら俺だって容赦はしない。お前の弾は当たらない。外すように撃っている。なのに、何で俺が銃を抜かなきゃならん。そんなに言うのならば撃ってみろ。」俺は若い女をまっすぐ見据え胸を張った。肩をすくめ手のひらを上に両手を上げる動作。適切な声域の発声。身体言語の発動。エンブレムの発信。若い女は銃を収める。「一緒に連れて行って」俺は即答した。「NO」「行き先を教えて」「NO」「必ず見つけてやる」俺は微笑んだ。「YES」

俺は、さっと舟に乗り込みコンピュータプログラムを全起動させハッチを閉じた。360°スクリーンパネルを見ると女は自身の舟に乗り込んでいた。

「危険だよ、Signora,(お嬢さん) ―α-52+1+1 u5b87 50000 u771f 2000 u611b 820 2024 1617 u6843 1000 2474 2292L1-9 ―離陸許可を。発進します。」

応答の電子音声。―開ける銀河。両肩にキスをしてセルフハグをする。

俺はメッセージを送信した。GO. ―発進―遥か銀河の旅へ―


「間抜け。pinは全部拾ったわよ。先回りしてあげる。hon,あんたは目をspinさせるの。見ものだわ。」

わたしは、コンピュータプログラムを全起動させてハッチを閉じた。

GO. ―発進―遥か銀河の旅へ―

ヘルメットのフェイスシールドをおろすと目の前のスクリーンパネルに受信したメッセージが流れ出す。 

―『I love U』― 「卑怯者。わたしもよバカ―」 




「旅人よ、武士(もののふ)よ、彷徨うものよ―」

その声が俺を呼ぶ声だと俺は気付いたが聞こえぬふりをした。最初から気付いていた。もう俺を放っておいてくれ。七転び八起き、もうできない。だるまさんが転んだ。もう、無理です。立てません。本当に無理です。俺の震えは完全に止まってしまいもう動かない。俺の意志は輝きを失った石。道端の石ころ。もう俺は道に落ちているただの石ころ。砂で灼ける石ころ。砂に飲み込まれたい衝動。蟻地獄とはこれか。蟻は巨象をも打ち倒す。蟻は女王蟻と卵に給餌するために、その為だけに生まれその為だけに働いてその為だけに生きてその為だけに死ぬ。隊を乱すものは許されない。列を乱すものは許されない。規律は厳格このうえない。ゾンビキノコに操られ、虚像を見せられ、幻覚を見せられ、殺される。きのことは菌。菌に目が眩むと最後は哀れも哀れ。哀れすぎて誰も憐れまない。嗚呼、星の欠片はもう宙で輝くことは無い。道にころぶ落ち武者の首。それだけがこの世の“眞”ことわりとは王の里。おうのさと、それはしろ。白。“愛”天空の城…

―終わりだ。旅は終わりだ。俺が倒した魔王も言っていたではないか。あのボロボロの乞食が言っていた。


22.4.27

“ととのわせるものよ、お前に死をギフトできるものはどこにもいない。お前が死を望まぬ限り死はやってこない。死すら遠ざけ超えしものよ。求めるものよ、ここで得た解を分け与えなさい。生き甲斐とはこれだ。お前のわけ与える貝は永遠に滅びることがない。みつけしものよ、お前こそが唯一。認めよう。褒めよう。讃えよう。大いに認めよう。大いに褒めよう。大いに讃えよう。それがこの戦いの褒賞。鳳よ、生命の木を見つけなさい。王の実をもぎとりなさい。無二の旅へ。そらへ翔びなさい。そこにお前を待つものがいる。”


乞食に騙された。初めから出来すぎていた。メクラ騙し、俺は盲信してしまった。もう信じない。クソ、クソ―

己に酔っていた。完全なる自己陶酔。自己心酔。酒で滅多に酔わぬ俺が自分には泥酔した。歯痒い、くやしい。他人が自分を騙すことなどは絶対にできない。誰であろうと自分以外の何者かに騙される事は絶対に無い。その事を知っている俺が自分に騙された。クソ、クソ、チクショウ。

もうよい。よいではないか。すべて過ぎ去りしこと。すべては忘却の彼方へ。死ぬなら城を枕に討死したかった。俺が見たもの聞いたものすべて噓っ八。きっとそうだ。愚者は、もうぐしゃぐしゃです。翔ばない。飛べません。梃子でも動かない。翼の折れた堕落したペテン師。もういい。自棄のやん八。飛ばない豚はただの豚。さあ、ブタの丸焼きをどうぞ。たんと召し上がれ。骨までしゃぶって貪ってください。残したらもったいないおばけが出るよ。フッ。俺は笑った。ほほも動き表情にあらわれた。クソ、クソ。俺はまだ生きていた。死すら許してもらえないのか。―


                   ・


「目の前のペンとかコップとか簡単なものから頭の中で転がしたり角度変えてみたり壊してみたり元通りにしたり、そこから始めてください。形から入るっていうのもありです。見える景色が変わってきます。―もちろん、今が幸せ。大満足って方はいいのですよ。何のことかさっぱりだという方にもう一段階だけわたしたちの引き寄せの法則を噛み砕きますね。それは“宇宙の叡知”よいですか?ご来場の方で分からない方はいますか?いませんよね?―」

可愛い女はスクリーンの前で若い聴衆に向かってスピーチをしていた。パワーポイントで作ったプレゼン用の資料が小気味よくスライドされていく。

「叡知、それと繋がるとなにもかもが変わります。Everything. 無限の供給源(宇宙)と自分の脳(小宇宙)を繋ぐこと。それが高次元への第一歩です。正確に言えば誰しもが繋がっているのですけどね。その繋がっている配線に電気を通すこと。どうやればいいか?行きますよ!宇宙まで聞こえるように心の叫びを出すことです。本当に叫ぶ必要はないですよ。ご近所迷惑ですからね。あなたの魂の叫びを出し切る事です。そうすれば眠っていた配線がバチッと繋がりだし、ノーシグナルのスクリーンパネルが発光しだすのです。追いかけていた目標やらなんやらが全部。全部が追いかけずとも向こうから寄ってくるのですよ。全部、全部ですよ。凄くないですか?」

可愛い女は、間をうまく使い、下げていたトルクを一気に加速。ギアを一段階あげた。

「いつまで不安をかかえた暮らしに甘んじるのですか?いままで毎日、一生懸命進んでいたつもりが実は!実は毎日下りのエスカレーターの同じ場所をただ歩いていただけ。ランニングマシンの上をただただ走っていただけ。気づいてください。砂上の楼閣を築いていただけ。えー。実はそうなのですよ。それに気づくことが大事です。あたかも自分が発見したように気づくことが大事です。そうするとそこに蜘蛛の糸がピューと垂れてくる。目の前の黒い点。その黒い点、それが蜘蛛。その蜘蛛さんがぶら下がっているのが雲から垂れる糸です。一見すぐに切れそうな細い糸。これはピアノ線よりもパラシュートなんかに使う麻のロープよりも頑丈です。頑丈な糸です。一度繋がると絶対に切れない糸です。発見してください。そう、それにぶら下がってのぼること。迷っている暇があったら、どうぞ繋がってください。それに繋がるときこえます。えー、何が?見えてきます、みえます。見えた。えー、何が?」

可愛い女は、催眠商法さながらにして天晴れ。トルクを二段階落として茶目っ気たっぷりに聴衆に囁きかける。

「すぐ切れそうだからやめておく?No kidding,まだそこを歩くのかい?まだそこを走るのかい?いつも掴んでいる藁や氷にしがみつくのかい?―そのまま溺れるのかい?冷たい氷を我慢して握り続けるのかい?砂場遊びをまだ続けるのかい?―せっかくご自分で引き寄せたのに繋がらないのかい?いいのですか?今日はわたしがあなたを引き寄せたのですか?あなたがわたしを引き寄せたのですか?

―次は、共鳴する意思のお話から、黒い点、白い点、その角度からわたしたちの引き寄せについて、ご来場のあなたと宇宙の叡知を共有したいと思います。あなたが生まれた日の出来事を覚えていまちゅか?覚えてない。わかりました!では生まれたときにあなたは最初になにをしましたか?―」


22.4.26

“すべては鏡だ。鏡を切れ。それが出口だ。お前の王国を切れ。そして、それが新たな世界の入口。お前は何度も生まれ変わりシンになる。また、それらも超越してなにものでもなくなる。お前の数字は5、そしてお前はゴ、ウ、ム、新しく思い出した名をよく覚えておきなさい。その数字と名でたたかいなさい。”


          


「勇ましきものよ、顔をあげなさい。わたしと少し話をしよう。」俺は何とか最後の力を振り絞り、声に顔をあげた。巨人に顎をクイッとされる感覚を味わった。なんとか顔をあげることが叶った。俺の歯でも見るのかい。こんな死にかけの奴隷、使い物になりませぬ提督様―え―そんな?―俺は見た―ピラミッド―スフィンクス―どちらもぼやけ揺れていた。ここはエジプトか。夢の中―幻の大いなるくにではないのか。ピラミッドは影も揺れ、白い三角形と黒い三角形がまわりはじめた。回転して交わるふたつの三角形。円。それは四つ葉、、花、ダイヤモンド―

きこえる、美しき音。見える、とりどりの色、それは金色。刮目とは正にこの事―眩しい、 “まばゆい光”俺は、吸い込まれるように光の衣に包まれた。刹那、宇宙にいた。美しき銀河―マス目のある宇宙空間―。魔王とたたかった間―勝利の間―絶望の間―いや、少し違う。


正面、少し離れたところに四本足の女がいた。ぼんやり見える。美人だ。深い溜息。感嘆。俺は慄いた。こちらに歩いてきた。左足の傷はまだ腫れていたが痛みが和らいでいた。嗚呼、死んだのか。空しい気持ちと安堵の気持ち。俺は全くもって最低だ。安堵の気持ちが勝った。俺は死んではじめて生気を取り戻した。本来の自分自身の思考ができるようになってきていた。世界を救う予定だったが終わった。もう高尚である必要などない。俺は俺だ。もう済んだこと。昔のことは忘れよう。不死身になって俺は、はじめて死んだ。

 それよりマスが気になっていた。目の前に女がいるのにマスを気にする。マスをかくとはこのことか。溢れた泉、僕の汁、墨汁を千回擦った。また溢れる泉。センズリとはこのことか。猿に教えてはいけない事を悟った。綻んだ糸が繋がり絡まった糸がほぐれようとしていた。あの乞食とやりあった時、マスは正四角形でそのまま横に並んでいた。目の前に広がるマスはダイヤ型。反転ではなく半転。俺は、感じた。あの子はガンジダ。見える。聞こえる。色んな文字が浮かぶ。色んな駒が―石、数、火、今日は眼を開く日か―ヘウーレカ―“Math”とはこれか。マス目。クロス。いまごろ気づくなんて。いまごろ見えるなんて。相変わらず俺はバカだな―


目の前にまで女は来た。麗容。あれ二本あし。素足に木の皮と蔓で編んだサンダル。人間か。女の顔をみた。深い衝撃を受けた。明眸皓歯とはこれか。言葉を失った―インド人、スパニッシュ、中東系、白人にも黒人にもアジア人にも見える。妖花。絶世の美女とは正にこの方。コーカシア、モンゴリカ、エチオピカ、アメリカナ、マライカのどれかというより、それらの全と部を兼ね備えていた。髪は黒色。いや金色。見る角度によって赤髪であり、茶色い髪であった。羽織る白い布、絹だろうか。美しい。うっとりするかほり。女はにっこりすると俺を抱きしめ背後に回り羽交い絞めにして首根っこを持って抑えてきた。何も抵抗しなかった。いや、できなかった。俺はおとされた。



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