8://パスポートはお持ちですか
戦闘開始してからきっかり1分で、灯里は敵機の殲滅を完了した。
武装が不足しているとはいえ、所詮は機動力が万全なシロの相手ではなかったのである。
「おとといきやがれ、ってのよ。アオ、大丈夫?」
「う、うむ。何も問題はない。それにしても……わしはアカリを侮っておったようじゃな。ここまでとは……」
「褒めても何もでないよ? まあでも、これ以上戦闘するのもいやだし、そろそろこの宙域を出たいところだね……。こいつら、地図データとか持ってないのかな?」
そう考えつつ、シロにシステムスキャンを実行させる。
スキャン対象は物理的なアイテムではなく、残骸のシステム領域に保存されている電子データが目的である。
「ふむふむ……おっ、秘匿領域にそれっぽいデータ。やっぱり宙族といっても地図は持っときたいもんね。ウイルス反応、は解除して……、よし、サルベージできた。周辺宙域のデータに、重要拠点のデータもあるじゃん、助かる!」
それらの情報はどうやらかなり奥の秘匿領域に保存してあったようだが、シロの対情報隠蔽能力は伊達ではない。
「なるほど、これは直近一週間くらいの会話ログに、構成メンバーの一覧……は下っ端の一部だけかな? 持っとけば売れそうだね」
「シロとぬしにかかれば、秘密などなさそうじゃな……」
「ほんとは記憶媒体に有線したほうがもっと確実なんだけどね。まあ、必要な情報は貰ったからいいかなって。それじゃあ、安全な出口もわかったからワープするよ。ちょっとGがかかるから我慢してね」
そう言いつつ、宙域データをもとに経由座標を入力。ワープドライブを起動させる。
「それにしても、乱暴な人ばっかりの宙域だったなあ……。他の宙域はもうちょっと平和だといいんだけど」
――灯里はのちに知ることになる。この宙域が、全ての悪徳の集まる隠された巣窟、通称《アビス》と呼ばれていることを。
数回のワープを経て目的の座標に到着し、ワープドライブが静かになる。
「座標確認よし、情報によれば、ちょっと行けば大きめの宇宙ステーションがあるらしいんだけど……っと、あれかな?」
機体をぐるりと回してみると、視界の下方にかなり巨大な黒色の菱形の構造物が見えた。宇宙なのでその実際の大きさはわからないのだが、その周辺から入港している宇宙船などは米粒のようなサイズ感に見えるので、おそらくかなり大規模な拠点のはずだ。
「うむ、間違いなかろう。あのタイプのステーションはよく見かけるタイプじゃからな」
それなら安心だ、と進路を向ける灯里。機体の整備が必要なのはもちろんだが、それ以上に自身の食糧のストックがほとんどなかったため近いうちの補給は必須だったのである。
入港口まであと数分というところまで近付いてみると、灯里はそのステーションの巨大さに驚くほかなかった。
VoVにもコロニーといった巨大建造物は珍しくなかったが、なんというか、目の前にした時の重量感や、存在感が段違いなのである。
入港口の付近には、ホログラフィックによる案内板が無数に浮かんでおり、かと思うと実はその半分以上は様々な企業の広告になっており、いつの世も商魂たくましいものだ、と親近感を覚える灯里。
ところでそれらは全て何語とも判別つかない未知の言語で記述されているのだが、なぜか灯里には自然に読んで理解することができた。そのことに気付いた灯里はかなり動揺したのだが、その違和感は異国語を話すアイオライトと自然に会話できた時点で気付くべきだったのだ。
こちらに来てからわけのわからないことばかりなので、まあ便利な分にはいいか、となかば思考を放棄することで灯里は順応することを決めた。
『《ステーション・アマガサキIII》へようこそ。個人情報の提示をお願いいたします』
そこそこの行列になっている入港口のナビゲーションラインに並んでいると、ステーションから飛んできた音声電波をキャッチする。
「えっと、個人情報、個人情報……あの、これで……大丈夫ですか?」
焦った灯里が取り出したのは、VoV時代のアイテムであるところの、《傭兵証明書》。それは運転免許のようなもので、ヒューマノイドアーマーの操縦許可証や、傭兵稼業の許可証などの意味が含まれている。
それをシロのスキャン台に乗せると、『確認しています』という音声が返ってくる。
『……当ステーションにおいて、前例のない形式の書類のようです。他の書類がない場合、入港後に事務局を通ってから自由行動となりますが、よろしいでしょうか?』
「あ、はい! じゃあそれで!」
最悪の場合は門前払いされるのではと想像していたのだが、その対応は思ったより優しいものであった。
ひとまず入港できることが決まった灯里は、ふうと一息ついたのだった。
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