夢のはざまで会いましょう②

 ──鋭い覚醒だった。


 思わず飛び起きるも、あたりはまだ暗い。スマートフォンを手探りで探せば、現在午前一時。さっき寝たばかりでこんなにも濃い夢を見るとは。

 苦しみながら死んでいく感覚が生々しく残っていて、背筋に怖気が走る。僕は深夜だろうとホラー映画を見るくらい怖いものに耐性があるはずなのに、情けないな、こんな──柚葉ゆずはから殺される夢が怖いなんて。


 気を落ち着かせようと部屋の電気をつけ、ラスト一本のタバコに火をつけた。空いた手で窓を開けながら煙を吸って吐いて、だんだん落ち着いていく。ベランダに降り立ち、改めてタバコをふかした。

 古い学生寮だから禁煙しろと注意されることもないし、夜風に当たりながら味わう。カラの缶コーヒーに灰を落として、ぼんやりと静かな夜を見つめた。

 真っ黒。山間にある大学に近い学生寮なので、晴れた日にはなだらかな山が拝めるのだが、この夜の中じゃ山と空の境界がわからない。繋がった景色を見ながら、僕は柚葉の顔を思い浮かべた。


 水鳥みずどり柚葉はもこもこした癖毛の髪型をしていて、プードルを思い起こさせる大学三年生女子。一方、僕もどこにでもいる男子大学生である。気張る必要のないときは身だしなみをサボるし、服はショップに飾られたマネキンのコーデをパクる。

 これといって冴えない顔立ちを愛嬌でコーティングしているだけの平凡な姿形の僕たちは、大学の吹奏楽サークルで出会った。僕が彼女より一つ歳上。最近は就職活動のせいでサークルには顔を出していない。それが柚葉のストレスになっているのはわかるのだが、ここ最近、彼女からの風当たりが強くて会いたくない。

 柚葉は僕がバイト先の居酒屋で年上女から絡まれているのを見て激昂するほど嫉妬深いのだ。


 なんでわたし以外の女としゃべるの? どうして嫌がらないの? わたしがヤキモチ妬くの見て楽しんでるの? もうバイト辞めたら? 辞めよ。そうしようよ。


 勝手にバイト先に連絡入れていたこともしばしばだ。

関谷せきやくん、辞めたんじゃなかったのー?」と店長から半笑いで言われることももう何度目か。とはいえ、柚葉は僕のことが好きで嫉妬するわけだし、そのためには僕がもっと忍耐力をつけるべきだ。


 タバコを缶の中に入れ、部屋に戻る。すっかり恐怖心も無くなって電気を消し、布団に潜った。スマートフォンを触り、しばらくSNSを眺めていると野川のがわ有彩ありさの投稿が目に留まる。


 有彩は高校からの友達だ。彼女が映画研究会所属なので、映画DVDの貸し借りやオススメの映画を聞くことがある。そんな有彩のことは柚葉も知っているし、仲良くしている様子。だから有彩は別に嫉妬対象じゃないんだろう。

 それ以外の女友達のSNSは柚葉と付き合う頃にフォローを外したし、連絡先も消した。

 だから嫉妬なんかするなよ、柚葉。そんなことを考えながら、再びまどろみの世界へ落ちていく。



 翌日。ようやく就職活動も終わったので、あとは卒論だなぁと考える。誰と会うわけでもないが、なんとなく大学へ向かった。


 並木を歩いていると、イチョウがはらはらと舞い降りていく。どこかでカラスが鳴き、頭上を見上げればすっかり秋模様だなと和んでいると前方から呼び止められた。


「おーい、幸平こうへいー」


 ハスキーな女の声。


「よぉ、有彩」


 駆け寄ってくる有彩に向かって手を上げる。と、その瞬間、背後から冷たい氷のようなものが差し込まれた。ただただ冷たい氷のあとに感じるのは重たい衝撃。誰かがふざけて突進してきたのだろうと思った。

 しかし内臓から鉄がせり上がってきて異常を感じる。赤黒くて毒々しい色がどくどくと僕の口からこぼれ落ちていく。振り返ると、柚葉が両手を震わせて僕の背後にいた。


「ごめんね、幸平くん。そんなつもりなかったの」


 泣くなよ、柚葉。


 そう言おうとしたけれど、声の代わりに汚い血が溢れるだけだった。自分の血液がこんなにも汚いと思ったのは初めてで、ようやく彼女から「刺されたんだな」とわかる。


「嫌だ、幸平くんが死んじゃう! やだ、やだやだやだやだやだやだ──!」


 やだやだやだやだやだやだやだやだやだ。


 何度も響く言葉が脳の中へねじ込まれていき、僕の世界は柚葉の声だけになった。

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