第7話
今朝の紬は目覚まし時計が鳴る前にパチッと目が覚めた。
ジリジリ鳴らないように時計のスイッチをOFFに切り替えた。
外はまだ薄暗い。クローゼットの中から下着を取って、制服に着替えた。
全身鏡を見て、自分の髪を撫でた。
昨日、陸斗に撫でられたことを思い出す。
誰かに撫でられるっていつぶりだろうと思い返す。
高校受験で合格発表を両親に報告したとき、父親の遼平によくやったと頭を撫でられた以来だったかな。
いや、本当は父親よりもよく撫でられていたのは、寝癖のチェックをして、頭を撫でる幼馴染の輝久だった。
また寝癖のことで注意されるのは、いやだと一生懸命にアイロンやスプレーをかけて、髪を整えた。
輝久の場合は、よくやったとか褒める撫で方じゃない。
寝癖がついてるぞと確認するための頭を撫でるものだから、嬉しさは半減した。
少しイライラしてきた。
頭を撫でられるなら、褒められるものがいいと改めて感じた。
紬は支度を整えると、1階のリビングに向かった。
「今朝は早いのね。紬。おはよう。」
母のくるみは、キッチンでお弁当を作っていた。いつもより早い起床の紬に驚いていた。隣には、朝に会うことは無い弟の拓人がいた。
「姉ちゃん?! なんで起きてるの? 病気?!」
「は? 普通です!!」
あまりにも早い起床に驚く拓人は、信じられず、紬の額を触り、熱があるか確かめた。
「やめてよ! 私だって、たまには早く起きられるわよ。」
「ここにいるのは、姉ちゃんじゃないのかもしれない。今日は、何か大変なことが起こりそう…。母さん、防災グッズを用意しておいた方がいいかもよ。行ってきます。」
「そうね…。防災グッズの缶詰めとかの消費期限とか確認しておくわ。心配だけど、気をつけてね、拓人。」
キッチンのそばに置いていた防災グッズのリュックを急いで確かめた。
「私は、彗星か?!」
笑って、走って家を出る拓人。くるみは、冗談だと笑い飛ばした。
普通の顔に戻ったくるみは改めて、紬に聞く。
「何か、良いことでもあったの?」
「べ、別に何もないよ…。」
「そ? いつも前髪おろすのに、今日はクリップでまとめて上げているから。髪もふわふわカールだし…。いつもポニーテールなのに…。ハーフアップも似合うじゃない。」
メガネを掛け直して、頬を赤くする。
くるみは、紬の髪を撫でた。
「友達から教えてもらったの。これすると良いって。」
友達なんていない紬。インターネットで駆使して調べ上げたオシャレな髪型。百円均一で買ったドライヤーでくるくるふわふわカールができるキットをようやく使えると思った。
自信が無くて、ずっと引き出しにしまっていた。
何だか、今日は大丈夫そうな気がした。
「へぇー。そうなんだ。オシャレな友達いるんだね。よかったね。紬。友達いないって言っていたのに、母さん安心した。」
嘘を言っていることに罪悪感を覚えた。
インスタでオシャレ髪型を発信する日本在中のアメリカ人のメアリーにすごく感謝した。
今の時代、友達がいなくても、世界の友達がいろんなことを教えてくれるもんだ。
独学が主流になるのだろうか。
兎にも角にも、今日の紬は自己肯定感が上がっているようだ。
「行ってきます。」
「うん。気をつけてね。」
朝ごはんも早々に簡単に済ませて、母から、お弁当を預かると、外に出た。
いつものようにお店の玄関掃除する父の遼平に声をかけられる。
「お? 今日の紬は、昔の母さんみたいだな。」
「え? お母さんってこんな感じにふわふわさせてたの? 今はショートカットの髪だけど。」
「そうだぞ。母さん、可愛かったからな。モテてたし。」
「へぇ。そうだったんだ。でも、私はまだまだかな…。」
「そんなことない。紬も可愛いから。母さんの子なんだから。」
「それは、親だからでしょう。友達とかの意見とかは別だし、見た目だけでは判断されないよ。」
「ん? どうした? 紬。学校で何かあった?」
遼平は、いつもと違う紬に気になった。
紬は、変なこと言ったかなとそのまま、黙ってバス停まで走り去った。
バスの扉が開いた。
少し奥の方に輝久が乗っていた。
特に約束していたわけじゃない。
たまたま一緒だった。
自然の流れでいつものように隣に足を進めた。
「おはよう。」
いつもと違う髪型に輝久はドキッとした。
寝癖があったらまた言おうかと思ったら、何も言えなくなった。
言うことが楽しみにしていた輝久はつばを飲み込んだ。
「お、おう。おはよう。」
「今日、早く起きられたんだ。」
耳に髪をかきあげて話し出す。
「そ、そうか。紬、今日、何か雰囲気違うね。」
「そうかな。いつも通りだよ。」
自分ではわかっている。いつもと違うことを。
でも、違うっていうことを発したくなかった。
輝久には通常通りと言っておきたかった。
「あのさ、俺、昨日、変なこと言ったかなと思って…ごめんな。」
「え?ううん。気にしてないよ。大丈夫。それより、輝久、もうすぐ誕生日だね。私よりも早くに16歳になるんだ。何か欲しいものある?」
陸斗の話が出ないように話を切り替えた。
「あ…。覚えてたのね。そうだよ。紬は1月生まれだろ?俺は4月生まれだからだいぶ違うもん、まだまだだろ?」
「同級生なのに、こんなに差があるのもいやだよね。輝久、男子のくせに背が小さいし、私よりかは大きいけど…。」
「悪かったな…。どうせ、運動音痴ですよ。体力には自信ない分、頭で勝負してますから。」
「はいはい。おみそれしました。ほら、もうすぐ着くよ!」
通常通りの2人の会話に戻った気がした。
輝久は運動はめっきり苦手だが、頭脳は首席をとるくらい頭は良かった。
数学に関しては右に出るものはいないくらいだった。
とても計算高い男だった。
本当は庄司輝久は、谷口紬のことが好きだった。
あえて山口友実子の話を出したのは、自分のことをどう思っているのか確かめたかった。
高嶺の花で、望みの薄い彼女を出すことでどんな反応をするかを見たいのと、本当にその彼女と付き合ったら今までの関係は全て終わり、幼馴染としてのポジションが無くなるのか。
不安要素もあった。
長くそばにいすぎると、言いたいことを我慢しなくてはいけない。
信じてもらえない。
友達以上恋人未満の関係も終わらせるのも嫌で、かと言って、恋人になろうにもどうやって進展させればいいか輝久にとってにわからなくなっていた。
何ともなっていないこの関係がちょうどいいとぬるま湯につかっていた。
ーーー
学校の昇降口について、上靴に履き替えると、前髪をあげていても、いつもの自信のない自分にスイッチを入れた。
やっぱり、ここに来ると話せない。
下を向いた。
「紬?」
輝久が声をかける。
さっき話していた様子とちがうことにいつも通りだと確認する。
「だ、大丈夫。」
虫が鳴くように小さいな声で発した。
「無理すんなよ?」
顔をのぞきこんで言う。
場面寡黙症。
特定の場所で話せなくなる。
先生の受け答えには応えられるが、友達、クラスメイトには話せなくなる。
家や幼馴染の輝久、陸斗の前では普通に心を開けるのか、会話できている。
どう思われているか自信がないのか、他の人には小さな声や頷くことしかできない。
先生に指名されて、答えるというときは、通常に話す。
特に、英語で答えるときは自信もって発音もよく話せる。
鉛筆や消しゴムを落として、拾ってもらう時のありがとうはすごく小さい声になる。
その影響もあるためか、友達作りは積極的ではない。
ある休憩時間。
「紬ちゃん!」
森本美嘉が話しかけてきた。今、紬にとって、話をしにくい相手だった。
「あ。はい。」
聞こえないくらい小さい声で言う。
「昨日の話なんだけど、陸斗先輩が彼女いないって話で、紬ちゃんは関係ないんだよね。付き合ってるとかの話が噂あったの。」
「あ。…うん。」
もちろん、紬は自信なかったし、敵を作りたくなかったため、否定をしなかった。
「そうなんだ!んじゃ、私、陸斗先輩、狙ってたんだ。応援してね!」
背中にびしょ濡れになるくらい冷や汗をかく紬。ここで友達の相手をしなくちゃいけないことに正直なところ、自信もないし、やりたくなかったけど、敵になりたくなかった。
「おい! 美嘉。俺はどうするんだよ。俺たち付き合っているんじゃないの?」
「え?付き合っているけど。隆介、私たちの話聞かないでよ。デリカシーないよね。」
「大きな声で話せば聞こえるっしょ。」
隣のクラスなのに、たまたまそばに居合わせてた隆介。後ろに輝久もいた。
「べーっだ。浮気する人には浮気でし返すわよ。」
「浮気…。してないとは言い切れないけども…。」
修羅場になりそうだった。
隆介も部活の後輩に声を掛けていたりする。美嘉はよく知っていた。
「自分の胸によく手を当てて、反省したら、許すわよ。そうでなければ、私は隆介と別れて、陸斗先輩と付き合うの!」
「んな?! そんな簡単な。」
美嘉は自分の席に戻る。チャイムが鳴り始めて、英語の先生が教壇に立っていた。輝久は隆介のシャツを引っ張って連れてった。
紬はとんでもないことに巻き込まれていることに汗が止まらない。
本当のことが言えない。
そのことがリスクになることを今の紬にはわからなかった。
***
夕日が照らし出す放課後、ラインにメッセージが来た。陸斗からだった。
『ごめん、今日は自転車だから。一緒に帰れない。』
とてもあっさりしたメッセージだった。
昨日の今日で、付き合うとは毎日一緒に帰るわけでは無いんだ。
少し残念がる紬。
昇降口の壁によりかかってため息をついた。そうしていたら、友達と一緒にいる陸斗と目が合った。
何も話さず、ごめんねのジェスチャーで手を合わせてアイコンタクトされた。顔を膨らませた紬。
横にいた康範は、陸斗の肩に腕を絡めた。
今日は週末の金曜日。
「よっしゃーカラオケ行くぞ。」
康範はそう叫んで、陸斗を連れていく。
友達付き合いもあるということかと理解したが、気持ちは落ち着かなかった。
ラインにまたメッセージが陸斗に届いた。
『日曜日の午後、プラネタリウム、楽しみにしてるから。バスの時間あとで送っておいて。』
怒っているスタンプだけを紬は送った。
『ごめんって。今日の髪型いつもと違うね。似合ってた!』
とプラス いいねとあらわすスタンプが送られた。
ありがとうのスタンプを送ってラインラリーは終わった。
そのラインをして、ご機嫌になった紬は、学校を背にバス停に向かう。
後ろから走ってくる人がいた。
変な人だと思って紬は立ち止まる。
肩をポンポンと軽く叩かれた。
「紬。今帰り?」
「うん。なんだ、輝久か。不審者かと思った。」
「んなアホな。あのさ、今川焼き食べない?紬はどっち好きだっけ?あんことクリーム。」
「そうだなぁ。どっちか当てたら食べに行く。」
「確か…クリーム?」
「ファイナルアンサー?」
「うん。」
「教えない! 先帰るから、ごめんね。」
「釣れないなぁ…。」
足早に立ちさる紬。
輝久はゆっくりと残念そうに足取り重く、歩いていく。
道に転がる石ころを蹴った。
陸斗に髪型に気づいてもらえたことに嬉しかった。
でも、陸斗と付き合うってことになったはずなのに、毎日一緒に帰れないことが想像と違っていて、寂しく感じた。
付き合うってなんだろう。
交際するってなんだろう。
答えが出ない日々が頭に浮かぶ紬だった。
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