第6話
紬は、美嘉に迫られていると、反対側の3階の校舎で、3年生の話し声がきこえてきた。
「陸斗ー、俺に彼女紹介して。」
菊池康範は、窓際に陸斗に泣きついた。
「無理だって…俺、女友達いないもん。」
「彼女いるでしょ。彼女のその友達とか紹介してくれてもいいじゃん。」
くねくねしながら、言う。陸斗は困っていた。
「俺、彼女いないよ。期待しないでよ。」
「嘘だー。この間、1年の女の子バイクの後ろに乗せたって言ってたじゃん。」
「乗せたけど、彼女じゃねえし。」
そう言い残すと、陸斗はその場を離れた。
康範は、中庭をのぞいて、1年の4人がこちらを、ジロジロ見ていることに気づいた。
視線が痛い。
陸斗の肩をバシバシ叩いた。
「なあ。この間、バイク乗せたって子はあの子じゃないの?ほら、こっち、ジッと見られてるけど…。」
まずいことを聞かれた紬は急いで、荷物をまとめてその場を立ち去った。
教室に戻るわけではなく、屋上に行く途中の階段の踊り場まで走って逃げた。
輝久は思っても見ないことを聞いて、意味がわからなかった。
あの2人は付き合ってたんじゃないのかと疑問符を浮かべた。
輝久の顔を覚えてた陸斗は、紬に言われてたことを思い出して、追いかけた。
今の話を聞かれていたんだと気づいた。中庭は思ったよりも声が響くようだ。
「え?陸斗先輩に今彼女いないの?」
美嘉は目をキラキラさせて、紬に迫ることはなかった。何だか嬉しそう。
横にいた隆介は複雑な心境で隣で不機嫌にしていた。
「俺は?俺は眼中になしかな。」
美嘉はこちらを見ていない。
「なあ、陸斗。どこ行くんだよ? 次の体育だからジャージ着替えないと!」
康範は走り去る陸斗に声かける。
「悪い、猛烈に腹痛いから休むって体育の先生に言っておいて!」
元気良さそうな走りっぷりに康範は疑問を浮かべたが、そのまま教室に戻りジャージに着替えた。
紬は屋上の扉を開けて屋根のあるドア付近で外を見た。
あいにくの雨模様で屋上はびしょ濡れだった。
中庭では雨降っていなかったのに急に降り始めていた。
後ろから駆けつけたのは、陸斗かと思いきや、輝久だった。
後から、出て行ってはダメだと気づいた陸斗は2人の話をそっと階段の下の方から聞いていた。
「紬、さっきの話、どう言うことか教えてほしいんだけど…。大越先輩、彼女いないって言ってたよ。」
せっかく彼氏のフリをしてもらって、デートを見せつようと考えていたのに、陸斗に余計な一言を言われて、紬は苦虫を噛んだように悔しがった。
「う、うん。そうだね。先輩がそう言うなら私は彼女じゃないのかもしれない。でも、彼女になれてなくても輝久には関係ないじゃない。」
面と向かって顔が見れずに雨が降る外を見ながら言う。
「俺は関係あるよ!」
肩を後ろに回されて、顔が向き合う。
見つめあった。
「俺の大事な幼馴染だから!彼氏ができたら一緒に喜びたいし、応援したいし、そんな俺はダメなのか?」
「……。」
そこで素直に頷きたかったけど、できなかった。幼馴染以上の何かが欲しかった。
一緒にいすぎて大事な何かを忘れている気がする。
「幼馴染…もうやめたい!」
紬はそう言って階段をかけおりた。
陸斗がいたはずの、場所には誰もいなかった。
「俺はどうすればよかったんだよ、紬。」
輝久もそうつぶやくとゆっくりと階段を駆け降りて行った。
足取りはとても重かった。
近くにあった掃除ロッカーの中に隠れていた陸斗。
乾いたモップが落ちてきて頭に乗っていた。
「俺の出番なしかよ…。」
深いため息をつく。
陸斗はそのまま、保健室へ直行した。
「どうした?」
養護教諭の佐々木先生が対応してくれた。
「ちょっと、調子悪いんで寝かせてください。」
「ふーん。顔は別に赤くないけど…。」
陸斗は何も言わずにベッドで横になった。
「大越~。ズル休みはダメだぞ~。」
ふとんの上から体を揺する。
「心の傷が治らんです…。」
「またか…モテる男は辛いのう。失恋の度にいつもここで休むのやめてもらっていいかい?君の行動パターンは把握済みだけども…。まあいいや。横になっておき。」
(失恋と言うか、まだ始まってもいないけど…。)
佐々木先生は、いつもの席に戻り、ノートパソコンを開けて、書類作成を始めた。
ベッドから窓の外を覗くとまだ雨が降っていた。
窓に叩きつける雨粒が見えていた。
それを見て今は家にも帰りたくない。
そのまま、眠りについた。
ーーー
学校のチャイムが鳴り響く。
下校時刻になった。
陸斗は、結局、午後の授業はずっと保健室で過ごした。佐々木先生に起こされる。
「ほら、私の仕事も終わりだからそろそろ帰りなさい。雨も止んだから帰れるでしょう?」
揺さぶり起こされた。
「ほへ? え? うわ、マジで熟睡してた。先生、ありがとね!」
教室に荷物を取りに行く。
寝過ぎて体がガチガチに固かった。ストレッチをして、体をほぐす。
肩にバックを乗せて、昇降口に向かう。
靴に履き替えて、ふとぼんやりと昇降口近くの柱に横に寄りかかった。
スマホを片手にラインを開く。
ガヤガヤと昇降口が生徒でいっぱいになった。
さっさと影でラインのメッセージを送ろうとする。
「あ、陸斗先輩だ。」
その陸斗に気づいたのは森本美嘉だった。後ろには機嫌悪そうな隆介も一緒だった。
「先輩! 私、覚えていますか? 中学で部活一緒だった…。」
「あ? 悪ぃ。俺、記憶力悪くて、誰だっけ?」
明らかに自分に興味があるはずで、近寄って欲しくない人には忘れたフリをする技を身につけた。
受験も近いし、余計な考えをしたくなかった。
前までの陸斗とは違うようだ。
「…えー。忘れちゃったんですか? 体育館の隣のコートでバスケやってた森本美嘉です。交流戦とかありましたよね?」
美嘉は諦めなかった。
「そ、そうだった? バスケは中学3年までやってたけどさ。今は情報処理部に入ってても帰宅部だから…。ごめん、ちょっと用事あるから。」
美嘉はこちらに興味ないことが分かると、不満そうにその場を立ち去った。
美嘉の肩をポンポンと叩く隆介。少しご機嫌だった。
ラインを送ろうと、無意識に紬のライントークを開く。
『今日はバスで帰るかな…。』
つぶやくようなメッセージを送る。
学校の駐輪場に自転車があるのに、路面は濡れてても雨も降ってない。
財布の中にあるチャージしたバスの運賃カード。
滅多にバスに乗らない陸斗。
最近、ネットで調べてチャージできるバスの運賃カードがあることが分かり、わざわざ買いに行っていた。
ポケットに入れてたスマホのバイブが鳴る。
『今は図書室』
紬は一言メッセージを送ると、陸斗は履き替えた外靴をまた靴箱に入れて上靴を履いた。
1年の靴箱では輝久が外靴に履き替えていた。横目で陸斗が走り去るのを見つけた。
何気なく、紬の靴箱を見るとまだ外靴が入っていた。まだ校舎の中にいるのかと、ため息をついた。今日は一緒に帰る約束していないことを思い出し、そのまま帰ることにした。
紬は図書室で本を返しては、次は何を読もうかと選んでいた。
滅多に図書室にいかない陸斗、ついでに進路希望の大学リストでも見るかとファイルを見始めた。
本を選び終えた紬は、バインダーファイルを見ている陸斗の横に立って覗いた。
「大学進学するんですか?」
「わあ?! いたの? 心臓止まるかと思った。びっくりするでしょう。」
「ごめんなさい。あまりにも夢中になってみてるから…。」
ファイルを閉じて戻しつつ
「進学する予定ではあるけどね。まだどこにするか決めてない。」
「そうなんですね。」
「まだ帰らないの?」
「どうしようかな…。」
「あ…中庭の話…怒ってる?」
「……とても…怒ってます。輝久に聞かれたので、彼氏のふりしてくれるって言ってたのに…もう、そう言うなしでいいですから。バスの件も…別に一緒に乗らなくても構いませんから。」
「…怒るなって。バスは乗るよ。ごめん。あの、友達に嘘つくの慣れてなくてさ。それ、本当にしちゃだめなの?」
図書室を出ようとする紬を追いかけながら言う陸斗。思いがけない言葉に紬は
「え。それってどう言う、意味ですか?」
「え、だから、ふりじゃなくて、彼氏になってはいけないのってこと。」
紬の鼓動が高鳴った。そんなふうに思ってるようで思っていなかったため、拍子抜けしていた。
「あ、あ~…私、陸斗先輩の、彼女になれるほどの器を持ち合わせていないので、気持ちは嬉しいんですけど、根暗ですし、友達いないし…輝久以外とまともに話せないし。」
「俺とは?俺と話してんじゃん。今ここで。」
恥ずかしそうに後ろを振り向いた。
「それは…。」
「俺は別に友達いるとかいないとか、可愛いとか可愛くないで、決めてないから。そんなの、最初にあの、バイク乗せた時から知ってるし。そんな理由で彼女にするなら初めから後ろ乗せないし…。」
言ってて恥ずかしくなってきたのか陸斗は話を変える。
「分かった。決めるのに時間かかるだろうからさ、帰りのバス停で待ち合わせしよう。もし、付き合うなら一緒に帰るし、付き合わないなら次の便のバスで帰るってことで。いい?俺は先に行くから。」
「え、ああ。はい。わかりました。」
図書室の引き戸を開けた。
陸斗はバックを持ち直して1人で部屋を立ち去った。
大学の進路ファイルは通常の本貸出とは別の部屋に作られていたため、陸斗と紬以外誰もいなかった。
紬は、突然の状況に未だ飲み込めていなかった。
深呼吸して現状を確認する。
(私は本当は輝久が好きだった。でも輝久には好きな人がいた。見せつけるように陸斗先輩に彼氏のふりを頼んだ。でもそれが本当の彼氏になって欲しいと言われた⁈ 何で私が? 何も好きですアピールなんてしてないのに? 校内で1位2位を、争うイケメン先輩から告白されるの?嘘じゃないの、これって)
頬をつねってみても赤く腫れるくらい痛い。
森本美嘉には、陸斗と付き合ってることを睨まれそうただし、それより何よりこれをOKと返事をしたら最後、学校の女子を敵にまわしそうな勢いだ。
その荒波を乗り越えてまで付き合うメリットはあるのか…そもそも紬は陸斗を好きなのか。
イケメンだから、隣にいてもアクセサリーのように良いでしょう自慢なのか。
こんなあまり可愛くない紬を、何であいつなら彼女なのと嫉妬されるのか。
いろんなことを考えてなかなか図書室から出ることができなかった。
司書教諭の佐藤先生が声をかけてきた。
「谷口さん?そろそろ下校時刻よ。カギ締めるけどいいかしら?」
手にはジャラジャラと校舎のカギを持っていた。紬は慌てて、図書室から出た。
「すいません。ギリギリまで居座ってしまって…。」
「別に良いのよ。下校時刻までなら。谷口さん、本を、借りるときはいつも最後までいるでしょう。気にしてないわ。でも、バスの時間大丈夫?間に合うの?」
佐藤先生は腕時計を見て言う。
陸斗が待つバス時刻があと10分で過ぎてしまう。
「ああ。そうですよね。急がないと、先生ありがとうございました!」
紬は言われるがまま、行動してしまい、慌ててバス停まで走った。
少しずつ、辺りは薄暗くなってきていた。夕日がゆっくりと沈みかけていた。
校舎を出ての坂道で、何でもないところに足を引っ掛けて、紬は転んでしまった。
ゆっくり歩いていたはずなのに。
幸いにも周りには誰もいなかった。
すぐに起き上がり、バックに入っていた絆創膏をつけた。
このまま普通の速さで行っても時間に間に合ってしまう。
2分もかからないバス停までの距離が遠く感じた。
だんだんと、バス停で待つ陸斗の姿が見えてくる。
背が高く、さらりとした黒髪で肩にはバックを、下げている。
スマホを見ながら、待っていた。
バスに乗ろうとする人は陸斗以外誰もいなかった。
遠くの右側から乗る予定のバスが着こうとしていた。
無意識に紬は足を走らせていた。
何をどうこう未来を考えることよりもバスに乗り遅れてしまう焦りの方が前に出たらしく、バス停で待ち合わせって行っていたのにバスの中に入っていた。
「お、おう。走ってきたのか?」
「さっき、坂道で転んで…。」
「あ、その絆創膏?」
紺色ソックスの上の膝に絆創膏が貼られていた。
陸斗は心配そうに指を差す。
「ドジだな…。」
笑いながら言った。
陸斗は頬を赤らめていた。
紬は怒りで膨れっ面になっていた。
「慌てて来たってことはそう言うこと?」
「違うとも言い切れない…。」
「照れるなよ!」
「そっちこそー。」
紬は顔を膨らませながら答える。
不意に紬の頭を撫でて陸斗は言う。
「ありがとうな。」
嬉しかったようで紬は、はにかんだ。
バスは夕日に向かって走り進んでいく。
陸斗は、紬より先に家の付近のバス停でおりた。
陸斗の家は割と、街中にあったため、ネオンで輝いていた。
おりた歩道から手を振って見送った。
紬もそっと手を振り返した。
周りにいた乗客は、微笑ましく眺めていた。
乗っていた紬は、恥ずかしくなってすぐに座席に座った。
いつもの乗るバスが華やいだ瞬間だった。
陸斗も帰りは鼻歌を歌って帰っていく。
2人ともご機嫌であった。
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