第3話
3日前のこと
陸斗はいつもより遅くに帰宅した。
谷口紬をバイクで、送った日だった。
「ただいまー。」
両手にヘルメットを2つ持って、家に帰ってきた陸斗。玄関の物置棚にヘルメットをしまおうとする。
「おかえり。なあ、陸斗、なんでヘルメット2つも持ってるんだ? まさか、誰か乗せたのか?」
父のさとしがリビングからすぐにこちらに歩いてきて言う。
ギクっと背筋が震える。陸斗はそっと靴を脱いで黙って家の中に入ろうとする。
「おい! 陸斗。2人乗りしちゃダメだってあれほど言ってるだろ?! これで何回目だ?」
廊下で正座する陸斗。
「お、覚えてません。すいませんでした。」
素直に謝った。
常習性があったようだ。
「あのさ、なんで俺が2人乗りしちゃダメか言ったよね?」
「あ、はい。…保険かけてても、お金の問題ではない事故が起きたら大変だから~でしたっけ?」
「ああ! そうだ。たださえ、未成年だし、陸斗だけバイクで通学させるこもヒヤヒヤなのに…なんで、本当バイクに興味持つんだよぉ~。せめて、車乗ろうよー。そういや、陸斗、車の免許そろそろ取っておいた方がいいんじゃないか?」
気持ちを切り替えて、さらりと立ち上がり、制服を、着替えに部屋へ入る。
陸斗はとりあえず父の言いたいことを言わせたなと思った瞬間に移動する技を身につけた。
さとしはそのまま陸斗に着いていく。
「あー。はいはい。そうですね。父さん、ご飯食べるんじゃないの? 母さんって今日帰ってくるんだっけ?」
ハンガーにブレザーとネクタイをかけて、ジーンズとトレーナーに着替えた。
「全く、人の話さっぱり聞いてないな。そうだよ、ご飯の時間だよ。悠灯~陸斗帰ってきたから夕飯にするぞ。」
さとしは、隣の部屋の悠灯の部屋をノックして、夕飯に誘う。
台所へ行き、食卓にプレートにおかずの乗った食器を並べ始める。
「はーい。今行くー。」
「そうそう、今日、母さん帰ってくるから。確か、9時過ぎに仙台着く新幹線だって。俺、車で迎え行ってくるから2人はご飯食べたら、洗い物しててな。」
「はいはい。わかりました。お風呂は沸かしたの?」
悠灯は席について、コップにそれぞれのお茶を注いでいく。
「あ、まだだった。ボタン押しておくわ。」
さとしは、風呂自動ボタンを押すと、すぐに席に座った。
3人とも揃ったところで、夕飯を食べ始めた。
「いただきます。」
今日のメニューはミートボールの甘酢あんかけとあさりの味噌汁、麦ごはん、野菜サラダだった。
レストラン並みのご飯がいつも食卓に並ぶ。コックとして、働いた時期が長かったさとしにとって、毎日の食事のみが料理を作る仕事として活躍していた。
仕事は在宅のデスクワークで主にパソコンで書類作り、電話やzoom会議ばかりで、単調だった。
料理をするという息抜きはなくてはならないものだった。
「陸斗、今日乗せたのは友達の#菊池康範__きくちやすのり__#君じゃないの?他の人?」
「あ~、前はね、しょっちゅう、あいつ乗せてたけど…。今回は人助け。俺、学校に弁当箱忘れて取りに戻ったの。戻る前に暗い歩道を1人で歩いてる子がいて、危ないなって思って、家まで送ってきたの。名前…は知らない。」
ごはんをかっこみながら話す。
(本当は名前知ってるけど、父さんには教えてやらない。)
「人助け…まあ、良いことしてるけど。んじゃ、ヘルメットわざわざ取りに帰ってきたからその子乗せたの?」
「へえ、陸兄、その子のこと好きなんじゃないの?」
「え、ああ。ヘルメット、普段から2個とも持つわけないっしょ。往復したけど、ヘルメット被らない方が危ないと思ってさ!別にいいだろ? 明日からどーせ自転車通学なんだし、乗りませんよーだ。」
「無視ー、完全スルー。最悪。」
悠灯は、話を聞いてないことに腹を立てた。
「は? 悠灯、好きとかそういうじゃないって。ただ、気になって、危ないなあって…山道だし。熊とか出そうじゃん、あと怖い大きな橋とかあるところだし。」
ニヤニヤしながら悠灯は陸斗を見る。
「陸斗、なんでわざわざ家から遠い山道行くの。反対方向じゃないの?怖い橋って八木山橋?」
「ああ、うん。そこだね。かわいそうすぎるでしょう。その子の家、そっち側だったからバス乗り損ねたって言ってたしさ。」
「お人好しだね。陸兄は。そんな、親呼んで迎えにきてもらいなとか言えば良いやん。いろんな対処の仕方あるっしょ。」
冷静になって、陸斗は納得した。
「ああ。その手もあったね。でも、良いんだよ。俺が助けたいと思ってしたことだから。」
「ふーん。」
(絶対その子が好きなんだな。どんな子か超気になるなあ。陸兄が好きな子って歴代の彼女の写真調べておこうかな…同じ感じかな…。)
「まあまあ、人助けもいいけど、自分を犠牲にするようなことだけはするなよ。ほどほどに。でも、当分はバイク禁止ね。」
食べ終わったさとしは、食器を台所へ運んでいく。時計を見ながら、出かける準備をし始めた。
「もうすぐ、テストだなぁ。ま、いっか、勉強せんでも、簡単だからな、五十嵐先生は。」
カレンダーを眺めて、ぼんやりとつぶやく。
「お?五十嵐先生ってまだ教師やってたんだな。俺らの時もいたぞ?その先生。担任の先生でもあったなあ。」
キッチンの洗い場を、かたづけはじめた。
「父さん母さんも同じ高校だったんだもんな。母さんってどんな感じだったの?」
「母さんは今とは真逆で静かな優等生だな。前に出て発言することを嫌ってたな。成績は俺より上だったし…でもあの時は…。」
「へぇ、高校の同級生と結婚してるんだもんな。凄いな。その時からずっと付き合ってんの?」
テーブルに腰掛けて、続けて話す。
「それがさ、交際してないんだって。高校の時はただの友達って紗栄が言うのよ。なあ、陸斗。休み時間とかさ一緒にいたり、一緒に帰ったりカラオケとか買い物行ったら交際してるって思わない?そりゃー、それ以上のことはなかったけど…。周りからは付き合ってるでしょって普通にいわれるし、俺なんて何人からか女子に告白されてるのに、それを知ってか知らずか丁重に紗栄がいるからって断ってさ…。まあ、俺も、良いよと言う度胸が無かったかもな。」
ガクッとうなだれるさとし。陸斗はジィーとさとしのことを見る。
悠灯は興味津々に目をキラキラさせて聞いていた。
「母さんって、鈍感だったの?それとも計算の上でそう言ってるの?」
「それってハッキリお父さんが言わなかったことが原因じゃないの?だって、キスもしてなかったんでしょ。その時。」
何をどう経験だか見聞きして勉強したんだか、中学1年の悠灯は言う。
「母さんが鈍感って俺は思ってたけど、悠灯の言う通り、お友達感覚が長く続いていてそれが居心地良くなって…って何を子どもたちに話してるんだか…あ、迎えの時間。行ってくる。この話は母さんいない時にまたするから。」
慌ただしく、さとしはパーカーを羽織って、外に出る。
2人は台所で自分たちの食器を洗い始めた。陸斗が洗い物担当で、悠灯はタオルで拭く作業していた。
「なあ、悠灯、なんでわかるん?」
「スマホで漫画読み漁ってる私には恋愛系はどんとこいよ。秘密だけど、大人漫画も読んじゃってるから。」
「中1…おそるべしだね。漫画が恋愛の教科書みたいなところあるんだな。俺は、そう言う恋愛系は面倒だから避けてきた方だもんな。」
「お兄ちゃんも彼女いたことあるじゃん。モテモテなくせに~。」
肘でつんつんと左腕をつく悠灯。
「モテたくてモテてるわけじゃねえよ。傷つきたくないだけ。声がかかれば幸せって言うけど、好きでもない人と付き合えるわけないだろ? 悠灯、今日からピーマンに付き合ってくださいってつきあえるか?」
「いや、絶対無理。ピーマン大っ嫌い。即お断り。」
スポンジに追加の洗剤を足しながら、大きいお皿を洗っていく。
「だろ? 野菜だってそう思うんだから、人だって同じ。だけど、人間の世界には建前というものが存在しまして…嫌いといって終わる世の中ではなく…その後、告白してきた女子に丁重に断るとその友達の女子にこっぴどく叱られる。わけわからない状態になり、総スカン。次からは嘘でも付き合ってる人いるとか言うのが一番だと勉強になりました!」
過去のことを思い出した陸斗はモテたくない気持ちでいっぱいになった。
でも、よってくる女子はたくさんいて、適度な距離で保つよう努力している模様。
「陸兄も大変やね。お父さんに似て顔はかっこいいけど、鈍臭いところがたまに傷だからなあ。忘れ物多いとか、特にラインの返事なんて、いつのことよってくらいに遅いやん。天は二物を与えずってこのことかと思うよ。頭は良くて、イケメンで…でも鈍臭い…。陸兄の彼女になる人が可哀想やわ。」
「よう、言うわ。悠灯だってめっちゃだらしないやん。可愛いとかでそちらもモテるらしいですけど、部屋はゴミ屋敷化してるじゃないか。誰が片付けるって父さんに任せっきりだし。父さんは執事じゃないぞ?」
「うるさーい!そんなのいいから、さっさと、そこのフライパンも洗ってしまってよ!今、棚に皿しまってるんだから~。」
いつもの兄妹のけんがが始まった。
言いたいこと言ってお互いにストレス発散したかと思ったら悠灯が陸斗に勉強教えてとか甘えてたりする。
仲の良い兄妹だった。
陸斗は、1人部屋のベッドを垂直に横になりながら、ヘッドホンをして好きな曲を聴いていた。
ある程度お腹が落ち着くと机に向かって、適当に宿題である英語の本文と和訳を英和辞典を見ながら、ノートに書き記した。
「あ、今日は古典もあったかな。全く、なんで俺は選択科目を文系ばかりにしてしまったんだか…はぁ~。めんどくさいなぁ。」
ブツブツ文句言いながらも、漢字辞典を開いて、漢文の本文、読み文、口語訳を3種類書いた。英語も古典もやってることはほぼ同じ。事典を開きながら、本文を書いてから訳を書き分ける。
いつも、この教科を受ける際は宿題をしてからではないと授業の意味がない。指名制で訳した文を答えなくては行けない。
宿題を忘れたら…そんなことは考えないようにしていた。
玄関でガチャガチャと音がした。
両親が帰ってきたようだ。
「ただいまー。」
キャリーバッグをカラカラと引いて、紗栄は寝室に荷物を置く。
お土産の東京ばななの袋をリビングに置いた。その隣には喜久福の大福の袋も置いた。
「おかえり。今日は出張早かったんだね。」
「あ、うん。ただいま。これ、お土産。東京のものもいいんだけど、たまに食べたくなるよね、抹茶大福。」
さとしは、静かにコーヒーを入れ始めた。陸斗はリビングの椅子に座る。紗栄はお茶菓子用の皿を戸棚から出す。
「ねえ、陸斗。彼女できたって?」
「ぶー!」
飲んでいたペットボトルの炭酸水を吹っ飛ばした。服がびしょ濡れだ。
「は?んなわけ無いし。」
「まあまあ、恥ずかしがらずに。これで何人目?えっとあの子とあの子と…。お父さんと同じでモテるんだねぇ。羨ましい。」
「父さん?! 何か言った?母さんに。」
コーヒーが入ったマグカップを2人分とホットミルクが入ったマグカップを2人分並べはじめた。
「俺? 何も言ってないよ?」
「いーや! 父さんしかいないだろ?言うの。父さんがそう言うなら俺も母さんに言ってやろー。母さん、父さんが言ってたんだけど…。」
さとしは、陸斗の口を塞いで、何も言わせなかった。
「えー、何の話よ? お父さんが何か隠し事でもしてんの?」
「えーー、何の話で盛り上がってんの?」
悠灯が部屋から出てきた。ソファに座る紗栄の隣に座った。
「ただいま。悠灯、変わったことない?」
「おかえり、母さん。特に相変わらずだよ。お兄の話はあったけど…。」
「母さん、父さんが高校の時の話なんだけど…、うーいー…言わせてよー。」
まだまだ負けじと口を塞ぐ。
「言うなって。わかった。認めるから。陸斗が女の子乗せて帰ってきたって、母さんに言ったって話だから。」
「ほら、やっぱり~。余計なこと言わないでよー彼女とか何とか。俺言ったっしょ。彼女じゃないって誤解するじゃん。」
紗栄は首を傾げる。
「え? 好きじゃ無い女の子をバイクの後ろ乗せる? 陸斗…なんで?」
「いやー、そのー、だからー、…ほら、父さん、変なこと言うから~。母さん、違うんだって、諸事情があって。人助けしたってこと。」
慌てて、弁解する。別に悪いことしてる訳じゃないのによほどバレたく無いのか必死で言い訳する。
「ふーん。俺はヒーロー的な?陸斗は漫画の見過ぎじゃない? 女の子がかわいそう! 見るなら恋愛漫画見なさいよ、ねえ?悠灯?」
「そうそう。助けるとかヒーローとか仮面ライダーじゃないんだから。女の子の気持ち、振り回しちゃいけないよ? 好きじゃ無いのにそう言うことしたら、勘違いしてるよ。」
悠灯は頷きながら、言う。
恋愛漫画で悠灯に男女関係を学べと仕込んだのは紗栄だったようだ。
さとしは
(漫画読んでたら、あんな鈍感な対応しないだろ? 俺に。なあ。紗栄。)
昔のことだけれど、なんだか腹が立って仕方なかった。当事者になればわからないこともある。
恋は盲目とも言うが、紗栄の場合は恋そのものもよく見えていなかったのかもしれない。
「え?俺、勘違いさせたのかな。それはよろしくないね。謝っておかなくちゃ…いやでも急に謝ったら余計傷つく?」
大きく頷く女子2人。さとしは、何とも言えなくなる。
「少し様子見ておくか。あー、でも…俺が意識するじゃん?!やめてくんない?変なこと言うのほんと。」
何だか自分でもよくわからなくなった陸斗は部屋に戻る。
ニヤニヤと紗栄と悠灯は笑っていた。
「あれは、好きな子だな、きっと。」
「だよね。自分に嘘ついてるね、陸兄は。」
布団の中に潜り込んで、
自分の心情が複雑化。
好きで誘ったわけじゃない。
でも、気になる存在。
かわいそうと言う気持ちと助けたいと言う気持ちが相まって行動した。
両親の卒業アルバムを見た時に、母親である紗栄の顔と似ていた。
それを瞬時に思い出したのかもしれない。
でも、好きになられても困る。
また傷つけて、傷つけられての繰り返しをすることに恐れていた。
アクティブに行動することを控えようと心に決めた。
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