担当していた元天才子役少女が俺の担当クラスにいる目立たない生徒で、俺は教師だった件
蒼機 純
1話 目立たない生徒
天才子役、一条蓮花引退!
テレビを流し読みしていた時に流れていたあの人は今特集。
俺はカップ麺を啜りながら懐かしい気持ちになっていた。スマホの電話帳を開くと【一条蓮花】の名前がまだ登録してあった。
「・・・・・・四年か」
ギィ、と椅子を鳴らし、背を伸ばす。
液晶テレビに映る一条蓮花は、子供とは思えない妖艶な表情で大人と渡り合っている。
整った容姿。聞き惚れてしまう美声。演劇や歌手活動も行っていた。本当に三次元の存在なのかと疑うほどに一条蓮花は完成された存在だった。
「元気だろうか? 元気だといいんだが」
彼女とはもう四年会っていない。いや、会う資格はないのだ。
だって彼女は天才である前にまだ世間を知らない少女だったのだから。
『わ、私の側にいて欲しい。お願い』
「っ」
脳裏に蘇る声に俺はカップ麺を一気に飲み干し、テレビを消す。
俺は芸能界で仕事をして、一条蓮花のマネージャーをしていた。きっかけは彼女が十二歳の時の誕生日の日だった。よく覚えている。ああ、本当に嫌なくらいに覚えている。
あの日、俺は逃げたのだ。
近くにいる男が俺だけだったせいもあるだろう。そして、俺も彼女の好意に気づいていた。
だからこそ一条蓮花のマネージャーとして、俺は彼女から離れる必要があった。華やかな芸能世界から離れることは俺にとって転機で、大学在学中に手に入れていた教員免許のおかげでこうして地元の高校教師をしていた。
もうあの頃のような無茶な生活は送っていない。ただもし許されるなら、一言彼女に謝りたい気持ちはある。
「大谷地先生、今日も残業ですか?」
「菊池先生」
振り向くとサンタクロースのような白髭を携えた菊池先生がいた。もし大きな袋を担いでいたら、プレゼントくださいと年甲斐もなく言ってしまいそうな風貌だ。
菊池先生は俺の散らかったデスクを見て、苦笑いを浮かべる。
「そうでしたか。明日から転校生が来るんでしたね」
「はい」
「大谷先生のクラスは元気な生徒が多いですし、おそらくすぐ馴染んでくれると思いますよ」
「元気すぎるのも問題ですよ。俺はもう二十九歳ですし、ついていくのもやっとです」
「二十九なんてまだまだヤングですよ。何を言ってるんですか。んはははは」
大笑いする菊池先生に俺は相づちを打って、もう一度デスクの上に置かれた一枚の書類に目を落とす。
最上彩矢。十六歳。両親の都合で転校してくる生徒だ。顔あわせをしたが、すごく大人しそうな少女だった。
黒髪と黒縁眼鏡。声を掛けると少し驚いたような表情で、低めの声色が印象的な少女だった。
今のクラスに馴染めるか、馴染めないかと言うと俺の受け持つクラスはいわゆる陽キャ率が高く心配しているが、悪い奴はいないのでそこまで心配はしていない。
「・・・・・・」
高校生活は短い。短いが三年で過ごした思い出は今でもよく思い出せる。色々馬鹿をやったなぁ、と苦笑いをしていると肩を軽く叩かれた。
「私もフォローをしますからそんなに根を詰めたら駄目ですよ。ほら、今日は私が奢りますから。切り上げて、ね?」
指で作ったお猪口をくいっと煽る悪いサンタクロースの誘いを断るのもやぼじゃない。
俺は書類をまとめ、菊池先生と行きつけの居酒屋に向かった。
・・・・・・頭、いてぇ。菊池先生、酒強いんだよなぁ。
昨日は自分でも驚くぐらいに飲んでしまった。仕事の話は勿論だが、少し昔のことを思い出してしまったせいかもしれない。
ホームルームに向かうために書類をまとめて、こめかみを揉む。
応接室に向かうとそこには背筋を伸ばして、ソファーに座る少女がいた。両手の拳を固く握りしめ、緊張した表情の最上彩矢がいた。
顔があうとぺこりと会釈してくる。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。緊張はーーーーまぁ、するよな」
「・・・・・・はい」
今日から始まる新生活。緊張しないはずがない。不思議と既視感を覚える。そう、そうだ。
初めてのドラマ撮影の時、彼女はこんな表情をしていたっけ。
俺は向かいのソファーに座り、がしがしと頭を掻く。思い出すのは懐かしい言葉。
「君は主人公だ」
「え?」
「スポットライトが君を照らし、甘美な音楽がステージを彩る。誰もが君に注目している。君の言葉に、仕草に、表情に、興味津々だ」
「っ」
俺の言葉に最上は唇を固く結ぶ。ただこのおまじないはまだ終わりじゃない。
「ただ君はモブでもある。君が主人公の物語があるように。他の人も自らが主人公の物語があるし、そのときの君はモブでもあるんだ。だから君は自分の気持ちに従って自らの物語を歩める」
「・・・・・・」
「怖がらなくていい。誰かの目を気にしなくていい。俺は君がここで自分の気持ちに従って学校生活を送れるよう人生をかけてフォローする。だから、学校生活を楽しんでくれると嬉しい」
最上は固く結んだ唇を噛み、握りしめた拳をぐーぱーぐーぱーする。俺を見つめ返す瞳には明るい光が灯っている気がした。
「・・・・・・少し、難しいですが、頑張ります」
「はは。ま、気負いせずにな? よし。じゃあ、行こうか」
「はいーーーーあの、一つだけいいですか?」
「ん? どうした?」
「先生にとっては、私はモブ、ですか?」
伺うような。揶揄うような。ただ、その言葉に対する回答は数年前に出ている。
「馬鹿言うな。俺にとっては最上も、他の生徒も大事な主人公だ。俺は自分がモブである物語に誇りを持っているんだ」
「・・・・・・ふふ。先生、変わってますね」
始めて笑ったな? だがいい笑顔だ。俺は相づちを打ちながら最上と共にクラスに向かった。
クラスに案内し、少し緊張気味に挨拶する最上彩矢を眺めた
「も、最上彩矢です。その、あんまり面白いこと言えないけど、よろしくお願いします」
「全然かまわないぜぇぇぇぇぇぇぇ!」
「Foooooooooっ!」
「煩いよ、お前ら。本当に」
俺は左肩を揉みながら笑う。
クラスの陽キャオーラに押されながらも。最上は少しずつ溶け込んでいる様子が見受けられた。大人しいが芯は強そうだな。
そうか。彼女も芯は強かった。静かに、自分の意見を言ってくる少女だったか。
そして、一週間が過ぎた放課後。最上もクラスにはゆっくり溶け込みつつあることを確認して、俺の日常が再開したとある月曜日のことだ。
俺はクラスの生徒から呼び出しを受けた。
夕日が差し込む教室。掃除終わりで綺麗に並べられた机の影が細く均一に伸びる。どこか遠くから聞こえる野球部の声。
いつもの喧噪が嘘のようだ。違うな、俺のクラスが騒がしすぎるだけか。
苦笑して俺はぐるりと教室を見渡す。
そして、俺は教室の黒板前に背を向けて立つ少女を見据える。
「どうした? 何かあったか?」
長い黒髪が揺れる。俺の声に反応して、振り向く女生徒。
「木崎?」
俺を見据えるのは前髪が過ごし長めで、陽キャ溢れるクラスの中でも静かな分類の生徒だった。名前は木崎胡桃
この高校は少し服装には緩い印象を受けていたが、そんな中彼女は規則正しく制服を着こなしていた。恐らく化粧もしていないかもしれない。
クラスの他の生徒が結構イケイケなので目立ちにくい印象を受けている。
最近は転校生の最上と波長が合うのか一緒にいるところをよく見かけていて、俺も安心していたが・・・・・・もしかしたら最上関係だろうか?
「木崎? いったいどうしたーーーー」
「ようやく見つけた」
「え?」
教室に響く芯の通った声。体の内側にすぅ、と染みこんでくる。
誰だ? いつもの木崎の声じゃない。いや、そもそも俺はこの声を知っている。
「困ったときに肩を揉む癖。変わっていないんだ」
カツン、と木崎は一歩踏み出した。俺はどうしてか一歩も踏み出せない。隠れがちな前髪の奥から見える双眸の力強さにゴクリと喉を鳴らす。
「お互いに随分と風貌が変わったから気づかなかった。でも、貴方、昔は金髪だったものね? コンタクトもしているんだ? 眼鏡似合っていたのに」
「どうして? そんなはずはっ!?」
いつの間にか木崎はゼロ距離まで詰めてきていた。少し背伸びされたらキスしていると勘違いされかねない距離だ。
「四年と十九日ぶりね、大谷先生――――いえ、大谷雅人さんと呼ぶべきかな?」
「一条蓮花」
俺は懐かしいその名前を告げた。
俺が逃げて終わらした過去。終わった物語が夕暮れの色合いに
染まりながら現れたのだ。
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初めまして。蒼機純と言います。このたびはカクヨム連載、担当していた元天才子役少女が俺の担当クラスにいる目立たない生徒で、俺は教師だった件の1話を読んでいただき、本当にありがとうございます!
本作は今から始まる物語ではなく、過去の出来事を解決しきれていない人間たちの物語。終わった人間関係を軸に描ければと思っています。
色々手探りぐりな部分もあると思いますが、読んでいただいた皆様に楽しんで頂けるように努めていく所存であります。
掲載頻度は週に1回、もしくは2回を目指したいと思います。
改めて、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
以上
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