第117話 決まりました
時は2月、俺は病室のベットの上でノートにひたすら文字を書くという地味なリハビリをしていた。
ひと段落したところでペンを置くと、タイミング良く病室の扉が開く。意気揚々と姿を現したのは白花だ。
「豊〜!」
「おぉ白花、学校お疲れ様!」
「ありがと! あっリハビリ中だったんだね。調子はどう?」
白花の問いに俺はペンを持ち、自慢げにノートにペンを走らせる。
一見なんの変哲もない行動だが、身を覚ました時は手足が麻痺していてろくにペンすら握れなかったのだ。
「わぁ! もうバッチリだね!」
「だろ?」
医師の見立てでは、あそこまで脳を損傷した俺はたとえ目を覚ましたとしても一生車椅子生活、もしくは障害が残るのは避けられないと言われていたがここまで回復したのはまさに奇跡に奇跡が重なるほどの事だそうだ。
このリハビリ自体も実は今日で終わり。だから……いや、それを伝えるのは皆が揃ってからにしよう。
「そういえば杏とはなたは?」
「あーあの2人はね……」
「あの2人は遅れるぞ」
突如、入り口から白花ではない女性の声が聞こえた。
ふと病室を見ると、見舞い品である果物を持った一ノ瀬会長の姿があった。
「会長!」
「元会長だ。元気そうでなによりだ……時庭豊」
一ノ瀬元会長は釧路から帰って程なくして生徒会長としての任期を満了。その後は大学受験の為、追い込みのラストスパートだったがそんな大事な時にも関わらず、何度も見舞いに来てくれていたらしい。
「じゃあ一ノ瀬先輩、大学受験お疲れ様でした」
「あぁ、ありがとう」
「それで、杏とはなたはどうしたんですか?」
「あの2人、どちらが先に君の病室に辿り着くかを連日競い合っていてな……ついに今日、昼食前に学校を抜け出そうとして反省文を課せられていたぞ」
何やってんだあいつらは……。
「それはそうとほら、見舞い品だ」
「ありがとうございます!」
一ノ瀬先輩から差し出された籠に入れられた果物を受け取ろうとすると、白花が横から手を伸ばした。
「私が皮を剥いてあげる!」
「え!」
目をきらつかせながらナイフを取り出した白花が籠に入っていたリンゴを手に取って刃を入れた。その手つきはやはり覚束ず、リンゴが歪な形へと変わっていく。
「おい時波白花! なんだその切り方は!」
見かねた一ノ瀬先輩が「貸してみろ」と半ば強引に白花からナイフと切掛けのリンゴを取ると、見事な手際でリンゴにナイフを入れ始めた。
スイスイと流れる刃はそれまで白花が剥いていた歪な場所も修正しながら、綺麗なうさぎ型のりんごが完成した。
「ほら、出来たぞ」
「あ、ありがとうございます」
「……させてやる」
「え?」
ぼそっと呟いた一ノ瀬先輩がフォークを握りリンゴに突き刺すと、そのまま俺の口元にリンゴを近づけた。
「食べさせてやると言ったんだ! ほら、あーんしろ!」
迫るリンゴに有無を言えずに俺は口を開いた。そして口にリンゴが入ろうとしたその時……。
「だめぇー!!」
叫びと共に視界には月白色の髪が視界に靡いた。
その髪の持ち主である白花が俺と一ノ瀬元会長の間に顔を割り込ませ、リンゴをぱくっと食べてしまったのだ。
「あぁっ!? 時波白花! なんでお前が食べるんだ!」
「ふぁめらもん! ひゅふぁふぁにふぁーんひへいひひのふぁふぁふぁしふぁけらもん!」
「食いながら喋るな!」
シャリシャリと水々しい咀嚼音を立てながら口をもごもごさせていた白花がゴクリとリンゴを飲み込むと、俺にギュッと抱きついた。
「豊にあーんするのは私なのっ!」
「そ、そんな決まりないだろう!」
「あるもん!」
「ない!」
「ある!」
「ない!」
埒が開かなくなった2人の押し問答の最中、再び扉が開く。遅れて到着した杏とはなたが姿を見せた。
「あなた達……何してるんですか?」と冷たい目で睨む杏。
「……会長! それに白花先輩はなんで豊さんに抱きついてるんですか!」と頬を膨らませるはなた。
「杏ぅ! 涼森さん! 会長が豊を獲ろうとしてるぅ!」
「「なっ!?」」
白花のとんちんかんな言葉に杏とはなたの顔が引き攣る。一方で一ノ瀬元会長の頭の上には見えるわけのないクエスチョンマークが見えた気がした。
「ち、違う! 私は時庭豊の見舞いに!」
あたふたする最上級生にはなたが畳み掛けた。
「いくら、会長とて許せません! 豊さんから離れなさーいっ!!」
会長に飛びかかるはなた、「まったく油断も隙も無い」と呆れる杏、俺に抱き着いたままその様子を眺める白花。その騒がしさは良い意味で俺に響く。
しかしそれも今日で終わりだ。それをこいつらにも伝えなければならない。
「あっそうだ。俺明日で退院するから」
「「「「……え?」」」」
即座に反応した4人が俺を見る、騒がしかった病室は静寂に包まれた。
「あれ? 俺、変な事言った」
「……ふえーん!」
まず白花が泣いた。つられるように杏、はなたが泣き始め、一ノ瀬元会長までもがメガネを外して涙を拭っていた。
こんなに泣かれるとは思いもせず戸惑いも大きかったが、不思議と心には心地良い温もりを感じた。
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