第78話 想像以上に幸せでした
しかし、驚くのはそれだけではない。慌てふためく俺に突如彼女はキスをしたのだ。
当の俺は思考が追いつかずされるがまま。数秒間続いた彼女の柔らかい唇の感触が離れた時、ようやく我に返った。
「し、白花……? お前なにを……?」
「えへへ……豊の顔見たら我慢できなくなっちゃった」
頬を赤らめながらも彼女はとても幸せそうな表情を浮かべていた。
心臓がうるさい。顔も火が着いたように熱い。聞きたい事は山ほどある。しかし、何から聞けばいいのかも今は整理ができない。
彼女は何を思って俺にキスをしたのだろう? まだ彼女の唇の感触が鮮明に残っている自分の唇を指で触れる。すると一方の白花はその美しい顔を急に溶けたアイスのようにふにゃりと脱力させた。
「……ふわぁ~」
「お、おい! どうした?」
「キスってこんなに幸せな気持ちになるんだね……癖になっちゃいそう……」
恍惚とした表情で余韻に浸る白花に煩かった心臓が一際跳ねる。しかしそんな彼女にどんな言葉をかけたら良いのかもわからずにいると、彼女は突如両肩を擦り始めた。
「今度はどうした?」
「どうしよう……豊に会えたら安心して、寒くなってきちゃった」
震える彼女の服装はジーンズにニットのセーターの上に薄手のコート……この時期の夜には防寒面で不十分だ。
「まったく……どうしてこんな格好で来たんだよ?」
少し呆れつつも着ていたダウンを白花に被せると、彼女はダウンに顔を
「豊の匂いがするぅ~!」
「おい、あんまり嗅ぐなよ……」
「なんで? 豊の匂い好きなんだもん。 それに、なんだかあの時と似てるね」
「あの時?」
「うん、豊と初めて会った時。あの時も豊は震える私に上着を貸してくれたよね」
そう言えばそんなこともあった。今年の5月、今ほどではないがそこそこ冷える夜に恵幸神社で。どういう訳か裸で倒れていた白花にウインドブレーカーを被せた時の記憶が蘇る。思えばあの日から俺の日常はがらりと変わってしまった。
「そういうば、どうやってここまで来たんだよ?」
「もちろん電車だよ! 朝の便に乗って釧路に着いてから歩いて豊を探したんだ!」
「まじかよ……ってどうして俺がここにいる事がわかったんだ!?」
「それはね……」
白花はポケットからスマホを取り出して、とあるアプリの画面を俺に見せた。そこには地図上にピンが刺されており、俺の現在地が表示されていた。
「これで豊の居場所はいつでもチェックできるんだよ!」
「おい! そんなアプリいつの間に俺のスマホにインストールしたんだよ!」
「えっとね……夏に豊が寝ている間に杏がこっそりいれてた」
よーし
「全くそれにしても、ここまで来るなんて……」
「私ね……どうしても豊と一緒に流星群が見たかったの。私にとって1番大切な人は豊だから……」
「白花……」
恥ずかしげも無くそう告げた白花が肩に寄りかかる。少し落ち着きかけていた鼓動が再び高まりつつも、俺達は夜空を見上げる。星達はまるで白花の来訪を祝福するかのように瞬いていた。
「豊がずっと元気でいられますように……」
隣で星の願いを込める白花の手を俺は思わず握ってしまう。しかし彼女はそれを拒まず、ぎゅっと握り返した。
「豊……私が来たの迷惑じゃなかった?」
「迷惑な訳ないだろ……むしろ嬉しいよ」
驚きはしたものの、こうして白花とこの夜空を見上げられるのは素直に嬉しかった。そんな俺の正直な言葉に彼女は屈託のない笑みを浮かべる。
「えへへ……良かった」
「全く、だとしても勝手来ちゃダメだろ。杏は知ってるのか?」
「『駄目』って言われると思ったから、『友達と見る』って言った……」
「はぁ……こりゃ帰ったら怒られるぞ〜」
「だって我慢できなかったんだもん……それに杏に怒られる覚悟して来たから! だから……今は豊と2人でこの時間を大切に過ごすの!」
「……そっか」
その後もお互いの温もりを感じながら夜空をただ眺める。無数に流れる星々の最後の1つが空に消えるまで、俺達は互いを繋ぎ止めるかのように手を握り続けた。
「……終わっちゃたね流星群」
「あぁ……そういえばお前、今日この後どうするんだ?」
「……あっ」
彼女の反応で察する。
こいつ、特に考えずにここまで来たな。
「おい、まさか……」
「ど、どどどうしよう。豊に会えると思ったら嬉しくて帰りの事考えてなかった! えーと終電はまだ間に合うかな……」
焦ってスマホで電車を調べる彼女に我に返った俺はある事に気が付く。
「白花……この時間に恵花市に帰る電車はもうないぞ?」
「……ふぇ?」
白花の間の抜けた声が夜闇に響いた。
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