第76話 それどころじゃありませんでした


 最近では慣れた民宿「森と海」での夕飯を囲みながら、俺達はテレビで明日の天気予報を見ていた。世間は明日に迫った五重奏クインテット流星群の話題で持ちきりだ。


『明日は釧路市内全域で快晴が予想されます。楽しみにしている方も多い五重奏クインテット流星群に見るには最高のコンディションとなるでしょう!』


 女性アナウンサーが笑顔でそう宣言する。

 五重奏クインテット流星群。数百年に1度、不定期で地球の近くを通る天体現象。もっとも大切な人や健康でいてもらいたいと願う人と共に見る事でその人々の願いを叶えてくれるとか。迷信のようにも感じてしまうが実際に過去にこの流星群が観測された時には、当時不治の病が治ったという記録や身分の所為で結ばれるはずの無かった男女が結ばれたといった逸話に溢れている。そんなロマンチックな伝説を生きている間に見られるとは幸運な事だ。

 それに明日は土曜日、一生に一度の夜を家族や恋人と過ごす者は多いだろう。


「明日は遂に流星群ね~! 皆も明日は家族と過ごすのよね?」


 テレビを見ながら伊鈴さんが俺達にそう尋ねると、まず一ノ瀬会長が1度箸を置いた。


「そうですね。嬉しい事に明日は私の家族がこちらに来てくれるみたいなので、流星群は家族と見る予定です。確か涼森はなたも家族と見る予定だったよな?」

「はい。おじいちゃんが釧路に住んでいるので」

「2人とも良いわね~! 時庭君は?」

「俺は……残念ながら1人です」


 当の俺は来たる奇跡の夜を1人で過ごす予定だ。健康でいてもらいたい人と言えば唯一の肉親であるじいちゃんがすぐに頭に浮かぶが、生憎じいちゃんは出張で本州。

 それならば明日はここで夜空を見上げる事にしようと思っていたのだが……正直今の俺の頭の中は数百年に1度の流星群よりも気になることがある。それは先日はなたが言っていた白花が俺に恋しているという事だ。

 あいつが俺に恋……やはり何度考えてもにわかに信じがたい。


「あれ……時庭君どうしたの? ぼーっとして」

「……え? あぁすいません!」


 伊鈴さんに声をかけられ我に返り食事を再開する。あの話のせいで最近は白花の事を考えてばかりだ。


「……ご馳走様でした。伊鈴さん、繁人さん、今日も美味しかったです」

「お粗末様でした。こちらこそいつも美味しそうに食べてもらえて嬉しいわ」


 俺の言葉に伊鈴さんが笑顔で返すと、彼女の隣の繁人さんは何も言わずに味噌汁を啜っている。もちろん無視とかでは無く、元々無口で感情を表に出すのが苦手らしい。妻の伊鈴さん曰く、俺達が来てから毎日楽しそうでお礼を言われるたびに照れているとのことだ。


 食事を終え自室に戻った俺はベッドへ仰向けに倒れ込む。

 天井を眺めながら溜め息1つ。頭の中は未だに白花の事でいっぱいだった。

 すると、部屋の扉がコンコンとノックされる。仰向けの体を起こして「どうぞ」と返すと予想外の人物に驚く。姿を現したのは繫人さんだった。


「すまない……今大丈夫か?」

「は、はいもちろん! どうしたんですか?」

「……少し悩んでいるような気がしてな」

「え!? そう見えましたか?」

「いや、気のせいならいいんだ。おやすみ」


 繁人さんは部屋から出ていこうとドアノブに手をかける。そんな彼を俺は慌てて呼び止めた。彼の勘は半分当たっているからだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 1つ聞いてもいいですか?」

「……なんだ?」

「繁人さんは……どういった経緯で伊鈴さんと恋人になったんですか?」


 咄嗟にこんな質問……絶対におかしいだろと少し後悔する。しかし繫人さんは顔色1つ変えず、ドアノブから手を放した。


「伊鈴とは幼馴染だった。昔から俺の事が好きだったらしいが肝心の俺自身が痺れを切らしたあいつに告白されるまで気づかなかった。俺は昔からこんなだからな、そんな自分に好意を寄せてくれる人なんているわけないと思っていたんだ」


 今の言葉で繁人さんに、「無愛想」やら「つまらなさそう」とよく言われる俺は親近感を覚えた。すると、俺の質問の意図を理解したのか、今度は繁人さんから質問が飛ぶ。


「……もしかして恋の悩みか?」

「いやっ! そこまでではないんですけど……ある女性が俺に恋心を抱いているって聞いたんです。でもいまいち信じられなくて……その人とは仲は良いし、一緒にいて楽しいけど、その人は誰もが振り返るレベルの容姿で性格も人懐っこい。おまけに勉強も得意だし、そんな彼女が俺なんか……って思っちゃうんですよね」

「お前は彼女の事をどう思うんだ?」

「え……」


 繫人さんの素朴な疑問に言葉を失う。

 どうして今まで考えた事がなかったのだろう? 俺は白花を……どう思っているんだ? もちろん俺も白花の事が好きだ。しかしそれこそ家族としてであって異性へ向ける好意ではない……。

 

 ――本当にそうなのだろうか?


 俺の中で誰かが問いかけた。しかし答えはすぐに出てこない。そんな黙り込んだ俺に繫人さんが気のせいかと思える程度の小さな……小さな笑みを浮かべた。


「……無理に答えを出すことでもない。力になれるかはわからないが困ったらいつでも相談してくれ」


 そう言葉を残して繫人さんは部屋を後にする。

 再び1人になり、大きく息を吐いて天井を見上げた俺はどういうわけか、無性に白花の声が聞きたくなっていた。

 

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