第40話  知られてました

 息が上手くできない、全身から嫌な汗が吹き出る。まさかここで、その言葉が出るとは思わなかった。


 雅の口から出た言葉、この町でそれを示すのはしかない……。


 頭を金槌で殴られたかのような激痛に俺は頭を抑える。


「ぐっ!」


「……先輩?」


 急に苦しみだした俺を疑問を感じたのか、雅が呼んだものの返事ができない……声が出ない。


 そんな俺の異変を察知したのか、彼女の表情が段々と曇って行く。


 悪気も無く自らが発した言葉のせいで俺が追い詰められたと知っては、きっと彼女は気に病んでしまう。今日はめでたい日なのだ俺のわけのわからないトラウマのせいでこの良い雰囲気を台無しにはしたくない。


 声が出ないのなら、まずは表情を和らげて緊張を解け。俺は今どんな顔をしている? 普段通りの表情ができているのか?


 テーブルの向かい側にいる雅の表情は……変わっていない。それどころか、彼女の隣にいる篠原まで俺を心配そうに見つめ始めている。


 くそ、どうして……どうしてなんだ? あんな言葉1つで俺の心はなぜこんなにも乱れる?


「悪い陽絵、あずさちゃん。ちょっと1度席を外してもらえるか?」


 ……東の声が聞こえる。


「え? ……う、うん。わかった」


 陽絵と篠原が席を立ち、店の外へと出ていく。離れ際に俺を見る彼女達の目は心配をしているものか、それとも、「変な奴」だと冷ややかな意味が込められたものだろうか? 


 今の状態で可能な限りの深く息を吸おうとする……しかし頭の激痛が邪魔をして上手くいかずに浅い呼吸を繰り返していると東が俺の背中を擦り始めた。


「大丈夫か? 少し水飲んだら落ち着くか?」


 東は自分のお冷を差し出す。受け取った俺は一気に全て飲み干すと、少しだけ声が出た。


「……わ、悪い」


「気にすんな。それよりも本当に駄目なんだな」


「し、知ってたのか?」


 このことを知っているのは杏だけだ……親友の東こいつが知っているのは俺の両親はこの世にいないということまで。俺の症状については知らないはず。


「前に杏ちゃんに聞いてたんだよ。今みたいになったら『助けてあげて』ってな」


 やはり杏から聞いていたのか。まぁ学校で共にいる事が多い東なら、今回のように不意な事態に混乱する俺を見ることもあるだろう。しかし杏が東に伝えたのはそれだけじゃない。恐らく東自身が予めの注意喚起といったところか。


「……そうだったんだな。悪い、隠すつもりはなかったんだが……うっ!」


 未だ止まぬ、頭の鈍痛に再び出したくもない声が出る。


「無理に喋るな。それに気にしてねぇよ。もしこれでお前に憤りを感じてたら、理由も伝えずに今日この場に呼び出した俺だって同罪だぜ?」


「お……お互い様か」


「そういうこと。とにかく……今日はもう解散するか。お前、顔真っ青だし」


「み、雅が来た時のお前の顔も……中々酷かったぞ」


「おっ! 憎まれ口を言えるようなら大丈夫だな。じゃあ陽絵達を呼び戻すか」


 東に呼ばれ、彼女達はすぐ店内に戻ってくるとまず篠原が俺を気遣う言葉を投げかけてくれた。


「時庭先輩、大丈夫ですか?」


「大丈夫、驚かせてすまなかった。急に様子がおかしくなったから変な奴だと思っただろ?」


「いえいえ! そんなことは全く思ってないですよ! ね、陽絵?」


「はい。それよりも本当に大丈夫ですか? どこか具合が悪いとか……」


 心配をかけたんだ彼女たちには俺の症状を伝えた方がいいのだろうか? 


 そんな迷っている俺の横で、東が先に口を開いた。


「話せば長いんだ……今日はこのあと陽絵も予定あるし、悪いけど今度俺から話すよ」


 東の言葉に彼女たちは心配そうな表情は崩してはいないが、納得はしたようだ。その証拠に雅が場を締め始めた。


「わかったよ東君。それじゃあ時庭先輩、お大事になさってください。今日はありがとうございました」


「あぁ、東と仲良くな。篠原も今日はありがとう」


「いえいえ! それよりも先輩、本当に大丈夫ですか? まだ顔色も悪いし……なんだったら送っていきますか?」


「いや、大丈夫。1人で帰れる」


「そうですか……なら良いですけど……」


「ありがとうな。じゃあまた」


 歩けるまで回復した俺は帰路を進む。来る時はイヤホンで音楽を聴いていたが、帰りは行き交う車の音を聞き、頬を撫でていく風を感じながら歩く。


 やはり……俺が激しく動揺するのはあの言葉だけ、関連する両親のことを思い出そうが、直接言葉にしようが何も異変は無いのに。何故、あの言葉だけはあれほどまで異常な反応を起こしてしまうのか……。


 答えはわからないまま、気がつくと家に着いていた。


 まだ少し頭が痛む、それにあの時大量に吹き出た汗が引いて体が冷えたのか、寒気もする。帰ったら1度横になろう。


 扉を開け、「ただいま」と言いながら玄関に入ろうとする。しかし、そうはならなかった。


「ただい……あ、杏? どうしたんだ?」


 玄関には俺を待ち構えていたのか、腕を組んで仁王立ちしている杏がいたが、どうも様子がおかしい。


「あら、おかえりなさい時庭豊くん。?」


「は?」


 どういうことだ? 確かに今日あの場に1学年下の後輩の女性が2人いたが……後ろめたいことは何もしてないはずだ。


 俺の反応が気に食わなかったのか、スマホを取り出し画面を俺に見せる。


「しらばっくれても無駄! これを見なさい!」


「なんだよ……はぁ!?」


 見せられた画面を見て驚愕する。


 大手 SNSに篠原が撮った俺との2ショットが投稿されていたが、問題はそこではない。肝心なのはその投稿の文章、内容は……。


「今日はとっても特別な日になりました! 幸せな気持ちでいっぱい! 大好き!」

 

 俺はその場で杏に正座をさせられた。

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