第31話 何もできませんでした
「いや~びっくりしたー!」
砂浜に座って海水で濡れ髪を拭いている私の言葉に杏が反応した。
「私達の方がびっくりしたよ! 白花ちゃん、泳げなかったんだね」
「そうみたい、浮き輪持ってきて良かった〜」
自分の命綱となる浮き輪を抱きしめていると、先程まで照り付けていた砂浜が暗くなる――いや、正確に言うと暗くなったのは私の座っている辺りだけ。
上を見上げると、あんなに青く澄んでいた空は見えなくなっていた。一瞬驚いたが、何故空が暗くなったのかすぐに理解する。
私の座っている場所に豊がビーチパラソルを立ててくれていた。
「ほら、日差し強いんだから気をつけろよ」
「ありがと、豊!」
「杏も入れよ。熱中症で運ばれてる人も多いみたいだしな」
「う、うん」
ビーチパラソルの下に杏と共に座る。
てっきり豊も一緒に入ってくると思い、隣に彼がくるのを待つ。だけど、豊は一向に来ない。
待ちきれずに豊に声をかける。
「豊は入らないの?」
「俺は大丈夫。それよりもお前達、ちゃんと水分補給しろよ?」
豊はリュックからスポーツドリンクを2本取り出し、飲み口にストローを刺して私と杏に差し出した。
「ありがと」と言いながら、素直に受け取ったスポーツドリンクを杏が1口飲む。
「くー! 冷たくて美味しい!」
杏を真似するように私も1口飲む――確かに冷たいし、前飲んだ時よりも強く甘さを感じた。
「ほんとだ! 冷蔵庫から出したみたい!」
「保冷材に包んで待ってきたからな」
得意げに話す豊を見ていると、あることに気が付く。
スポーツドリンクを飲んでいるのは私と杏だけで、豊は飲んでいない。
「あれ? 豊は飲まないの?」
「俺か? 実は……お前達の分だけ用意して自分の分はすっかり忘れちまったんだよ。まぁ大丈夫だろ」
ということは、豊の分の飲み物は無いってこと?
そう思った瞬間、咄嗟に自分の持っているスポーツドリンクを豊に差し出していた。
「豊、私の分飲んでもいいよ!」
「……! い、いや俺は大丈夫だから……」
「なんで? 豊も水分補給しなきゃ駄目だよ?」
何故か差し出したスポーツドリンクを受け取ってくれない豊に、私はストローの飲み口の辺りを指で摘み豊の口元へと近づける。
「はい、飲んで」
何故、豊がこんなにも飲むことを渋っているのかはわからないけど、観念したのか近づけたストローに恐る恐ると口を開けて、あとはストローを咥えて飲むだけ――しかし、そうする前に豊の頬に缶飲料のようなものが押し付けられた。
「うぐっ! あ、杏!?」
「豊~? 良かったら私が持ってきたの飲んで?」
「あ、ありがと……ってこれおしるこじゃねぇか!」
「あら、不満?」
「当たり前だ! それに夏の海でおしるこって……」
「なんで? おしるこ美味しいじゃない……まぁいいや! 白花ちゃん、泳ぎに行こ!」
杏は立ち上がり、私の手を引っ張って海の方へ駆け出そうとする。
「待って杏! 浮き輪浮き輪!」
同じ過ちを繰り返さない為にも、杏に引っ張られた腕とは逆の腕で浮き輪をしっかりと抱えて立ち上がり、引っ張られるがまま海の方へと駆け出した。
離れ際に、未だおしるこに葛藤している豊に言葉を残す。
「豊~! ちゃんと、飲んでねー!」
波打ち際に着くと、再び海に足を入れる。
少し体が慣れたのかさっきより冷たく感じないが、思いきって全身を浸からせるには勇気が必要なことは変わらない。
慎重に、水温を体に慣らしながら膝下程度の深さまで進むと、背中に冷たい海水をかけられ、変な声を出してしまう。
「ひゃあ!」
海水が飛んできた方へ振り替えると、杏がこちらを見て笑っている。
「ふふ、白花ちゃん変な声!」
「杏~!」
やり返しと言わんばかりに私も杏に海水をかけた。
「やったな~!」
杏が再び私に海水をかけた後、私がやり返す流れを繰り返す。
やっていることは水をかけあっているだけなのに、どうしてこんなに楽しいんだろう?
お互いの髪がお風呂上がりのように濡れるまで水をかぶったころ、杏が水をかけてるのを中断した。
「よし、それじゃ、もう少し先行ってみようか! 今度は浮き輪もあるし、白花ちゃんも安心だね」
「うん! じゃあ豊も……」
そう言いながら、ビーチパラソル立っている方を見て彼の名を呼ぼうとした瞬間――。
「あーそこの白い髪と黒い髪の可愛いお姉さん2人、ちょっといい?」
豊ではない男性の声が私達を呼ぶ。
声がした方に振り向くと、3人の見知らぬ男達がいた。
戸惑いながら返事をする。
「は、はい……」
「急にごめんね〜俺達3人で遊びに来たんだけど、すげー可愛い子がいたから思わず声かけちゃった」
「そ、そうなんですか……」
「ていうことでさ、俺達と遊ぼーよ? 美味い食べ物もいっぱいあるし、お酒もあるよ?」
当然ながら私達は未成年、お酒は飲めないし美味しい食べ物があると言われても、何故だか全くそそられない。
断ろうとした瞬間、私達の返事を待たずに別の男が私との距離を詰めながら口を開いた。
「いやー、マジで可愛いじゃん! ねぇねぇ2人とも何歳? どこから来たの?」
「いや……あの……」
どうしてだろう? うまく言葉が出ない。男性は苦手なわけではないし、豊やクラスの男子生徒に話しかけられてもこんなことにはならないのに。
オドオドしている間に1人の男性が私の目の前まで来ては顔を覗き込んだ。
「うっわぁ〜すげぇ綺麗な青い目! この国の人じゃないでしょ?」
もう少しで鼻頭が触れそうになりそうなほど顔を近づけた男にうまく返事ができないでいると、腕を引っ張られた。
「わっ!」
引っ張られた人物に身を寄せるようにもたれかかる、そして私を引っ張った者の正体がわかった途端、大きな安心感が心を満たす。
私の目には、私の両肩を掴み男達に堂々と対峙する杏が映っていた。
「私達はあなた達と一緒には遊びません。失礼します」
杏と私は男達に背を向けて歩き出す。
「ちょっと待ってよ」
背後から再び男の声が聞こえると共に、杏の手が掴まれた。
「そう冷たくしないでさ、とりあえずこっち来てよ」
「は、離してください!」
「まぁ、そう言わずにさ」
「嫌!」
男は杏を離さない。嫌がる杏を見た私は、思わず掴んでる男の手を離そうとしていた。
「辞めて! 杏が嫌がってるから離してあげて!」
男はまだ杏を離さない。それどころか、ニヤリと笑った。
「へぇ、杏ちゃんて言うんだ。可愛いね」
「ねぇ! 杏を離して!」
「別に彼氏と来てる訳でもないんだろ? なら、いいじゃねぇか」
男は掴み続けている杏の腕を、強引に引っ張り始める。
すると、抵抗を続けている杏が悲鳴混じりの声をあげた。
「嫌っ! 助けて豊!」
杏がそう言った瞬間――誰かが男の腕を掴む。
「辞めてくれませんか? 俺の連れなんで」
男の腕を掴みながら、そう言ったのは豊だった。
私は杏が助けてくれた先程よりも大きな安堵を感じると共に、今まで聞いたことのない本気の怒りの籠った豊の声に恐怖を感じる。
そんな豊の迫力に押されたのか、男はあっけなく杏を離す。当の杏はすぐ様、豊に隠れるように移動した。
「な、なんだよお前」
「この2人の連れです」
「連れって、お前この
違う……豊は杏の彼氏じゃないし、もちろん私の彼氏でもない。
しかし、豊は迷う素振りすら見せず即答した。
「彼氏だ、だから諦めてくれ」
「「……え?」」
私と杏が綺麗にハモる。
豊の思いもよらぬ返答に、男は若干驚いたようだが、すぐに杏から私に目線を移した。
「へぇ、じゃあ黒髪の娘はいいからさ。白い髪の娘なら俺達に貸してくれても良いよね? ほら、君達カップルだって2人きりになれるし一石二鳥ってやつじゃん」
嫌……私だって貴方達なんかと遊びたくない。
そう思って、浮かんだこの言葉を、声にしようと口を開く。
「わ、私も……」
しかし、その直後。私の言葉を遮るように豊が口を挟んだ。
「こいつも俺の彼女だ」
男は呆気に取られたような顔をして、驚きの声をあげる。
「はぁ!? お前……何言ってんだ? その2人と同時に付き合ってるのか?」
「そうだ!」
「嘘つけ! ほら、この白い髪の娘も驚いてるじゃねぇか!」
「え!? いや、その……」
私は豊の彼女じゃない。でも、きっと豊はこの男達が私と杏のことを諦めるよう、
刹那の思考で考えをまとめた私は豊に抱きつく。一瞬、豊の体がビクッとしたが表情は崩れていない。
私の突然の行動に男達は驚きの表情を隠せない様子だ。
「お、おいマジかよ!」
相手が混乱している間に私は思いついたままの言葉を口にする。
「私と杏は2人とも豊のことが大好きなんです! 誰よりも豊と一緒にいるのが幸せなの! だから私達の事は諦めてください!」
私の言葉を聞いた男達は衝撃を受けていた。
「ま、マジで認めた上で二股交際かよ……なんか気色悪くなってきた。い、行こうぜ」
先程のヘラヘラした表情が完全に消えた男達が去っていくと杏が豊に話しかける。
「豊、今彼女って……」
「……とりあえず、1度戻るぞ」
緊張が解けないのか、豊の表情は何かに耐えるかのように強張ったまま。
荷物が置いてある、豊が立ててくれたビーチパラソルの場所まで戻ると豊が私達をパラソルの下に案内した。
「ほら、お前ら早く日陰に入れ」
言われるがまま、パラソルの下に潜ろうとした途端……後ろで「ドサッ」と何かが倒れたような音が聞こえた。
私と杏は同時に振り向く――私達の目に映ったのは砂浜に横になった豊の姿。
「……豊?」
状況を飲み込めない私は豊を呼ぶが、返事はない。すると、杏が叫ぶように豊を呼びながら側に駆け寄った。
「豊、どうしたの!? ねぇ起きて! 私の声わかる? 豊、豊!」
必死に豊を呼ぶ杏、しかし返事のない倒れたままの豊、私はそんな2人の光景をただ呆然と見ていることしかできなかった。
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