第3話 幼馴染が襲来しました
家にたどり着き、とりあえずリビングに向かおうとする俺の背後を彼女がついてきている。
リビングの扉を抜け、部屋の明かりをつけると見慣れた光景が俺を落ち着かせた。
一方で彼女は急に明るくなったことに驚き、部屋を照らす電灯をじっと見つめている。
その後、室内の隅々まで供給された光によって姿も表した家具や家電を不思議そうに見て回り始めた。
彼女の興味の対象が俺ではなくなり、肩の力を抜くことができたが、同時にどっと疲れを感じる。
一息つくために自分で作った好物である、べっこう飴を取りにキッチンの冷蔵庫へと向かう。
冷蔵庫を開けると、アルミ皿の型に流し込んだべっこう飴が持ち手である爪楊枝を3分の1ほど包み、冷えて固まっている。
取り出したべっこう飴をアルミ皿から剥がし、口に放り込む。砂糖を水に溶かしただけの味だが、今日はいつもより甘さを強く感じる。それほど、この疲弊した脳が糖分を欲していたのだろう。
「豊! お前の母さんの服持ってきたが、サイズ合うか?」
2階から降りてきたじいちゃんが持ってきたのは、俺が中学の時に亡くなった母さんが着ていた白いワンピースだった。
そのワンピースを母が着ていた姿を思い出し、懐かしさを感じる。
1度取手である爪楊枝の部分を摘み、べっこう飴を口から出した俺は、「多分大丈夫じゃないか?」という言葉を口にしようとした瞬間、糖分を得た脳はある問題に気がつく。
「どうだろう……見た感じは大丈夫かもしれないけど……どうやって着せる?」
俺の言葉にじいちゃんの顔が雷に打たれたような顔をする。
「そ、そう言われればそうだな……この家には俺と豊しかいないし……」
「歳食ってるとはいえ、流石に男の俺がこんな見ず知らずの若い嬢ちゃんを着替えさせるわけにはいかねぇしなぁ」
「俺も流石に着替えさせるのは……」
俺とじいちゃんの間に沈黙が続く。だが、ウインドブレーカーに毛布を被っただけの彼女をこのまましてはおけない。
ここはすぐ警察を呼んで対処してもらうしかないと思った瞬間――。
玄関のインターホンが鳴った。
「誰だよこんな時に……」
ため息混じりにカメラの映像を見ると、見覚えのある顔が映っており、そのまま慣れた口調で問いかける。
「こんな遅くにどうしたんだよ」
「あ〜! こんな可愛い可愛い幼馴染が訪ねてきてあげたのにそんな言い方しちゃうんだ?」
「今それどころじゃないんだよ」
「えっ立て込んでたの? ごめんね! お母さんから海外のお菓子が届いたから、豊にもお裾分けしようかなって思ったの!」
「いや俺こそ邪険にして悪かった。今行くよ」
玄関へ行き、扉を開けると目の前に現れたのは黒髪ロングヘアーで美しい容姿の女性だった。
「夜遅くにごめんね! はいこれ!」
「いつも悪いな。真希さんにもよろしく」
「お母さん、豊に『よろしく』って言って……た……よ?」
いつもハキハキした口調で話す彼女の言葉の歯切れが突然悪くなる。そして視線は俺ではなく、俺の背後の方を見ていた。
彼女が言葉を失った原因を知るため、俺も振り返って背後を確認する。
――そこには、身に纏っているのはウインドブレーカーだけの白い花を手に持った少女がいた。
「どわー! 今は俺のところにくるな!」
「豊……その子誰? それにその格好……どういうこと?」
幼馴染の顔が引き攣っている。
「違うぞ!? これには理由があってだな!」
幼馴染である彼女が疑問を抱くのも当たり前だ。
小さい時から一緒にいて、今はじいちゃんと2人暮らしの男の幼馴染の家に知らない女の子が刺激の強い格好をして現れたのだから……。
更に着ているのが俺のウインドブレーカーということはわかっているだろう。
これじゃあ側から見たら、俺が裸の女の子に自分の上着だけを着させている変態野郎に見えるし、俺が逆の立場でもそう思ってしまうかもしれない。
そうだ! じいちゃんに説明したら納得してくれるはずだ!
「待ってくれ! ちゃんと、じいちゃん呼んで事情を話すから!」
「あっ......うん......」
固まっている幼馴染にそう告げ、急いでリビングにいるじいちゃんの元へ向かおうとすると……
「豊! なんだか騒がしいようだが、どうしたんだ?」
俺が呼ぶ前にじいちゃんが両手で白いワンピースを広げながら持って現れた。
ここで俺は悟った……。
――終わった。
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