第1話 神社に不思議な女の子がいました

 長い冬が終わり、大地を緑で覆った五月の北海道で自然豊かな花の町として有名な恵花けいか市。

 

 この町で生まれ育った俺、時庭豊ときにわゆたかは日課であるランニングの途中であった。

 

 時刻は午後8時半、いつも走るお気に入りのコース。夜になると人はおろか、車も滅多に通らない。あたりは静寂に包まれ、聴こえる音といえば風の音や虫達の声、そして古くひび割れたアスファルトの上を駆ける際に靴の裏で砂利が擦れる音くらいか。

 

「ふっ……ふっ……ふっ」


 一定のテンポを保つ呼吸と鼓動、まるで「この世界に人間は、俺だけしかいないのではないか?」と錯覚してしまうこの空間が好きだ。

 

 ランニングコースの折り返し地点でもある恵幸けいこう神社に辿り着くと、1度足を止めて息を整えると同時に、ふと神社の方を見る。


 この神社はかなり昔から建っているらしいが、相変わらず手入れがされていない。境内にある管理所のポストからは郵便物が溢れているし、今まで人がいるのを見たことも、灯りがともっていたことも記憶に無い為、やや不気味な雰囲気を感じる。


 しかし、この日は違った。手入れの行き届いていない本殿の周りには雑草が自由に生い茂っているわけだが……ある一部の場所が


「……? なんだあれ?」


 その光は誰かに見つけて欲しいのか、まるで「こっちに来て」とでも言うように、存在を知らせるかの如く輝きを強めた。見事に誘われた俺は自然と光の方へ向かって足を動かす。光に吸い寄せられるかのように1歩、また1歩、自分は「まるで街灯に群がる虫のようだ」と呆れながらも生い茂った雑草の海を進み、光の元に辿り着くと予想だにしない光景が目に飛び込む。


 ―—そこには、衣服すら身に纏わず横たわる少女の姿があった。


 この国の者では考えらない程の透き通った白い肌。このような状況でも神秘的という言葉が浮かんでしまうほど、長さにして腰まであろう美しい月白げっぱく色の髪。そして衣服すら着ていない彼女が唯一、手に持っていたのは夜でも街灯の明かりと大差ないほど輝くだった。


「お、おい! あんた大丈夫か!?」


「……うぅ」


 俺の呼びかけに対し、彼女はかすかに反応を見せる―—良かった。最悪の事態ではないようだ。目立った外傷も見当たらない。


 ……いや待て! どうして彼女は服を着ていないんだ!?


 安堵したのも束の間、わずかな冷静を取り戻すと、高校生の自分には刺激が強すぎる彼女の姿に、落ち着きかけた心臓がうるさくなる。すかさず目線をそらし、着ていたウインドブレーカーを被せると、彼女の体のほとんどを隠すことができた。「成長期だから」と言われて、大きめのサイズを買った事を、こんなところで感謝するとは誰が予想しただろうか?


 しかし、どうしてこんなところに服すら着ていない女性が倒れている? この状況で誰もが考えるであろう疑問を抱きながら、彼女を再び見ると体を震わせていることに気がつく。


 当たり前だ。五月の北海道は暖かくなったとはいえ、夜には気温が10度前半から、1桁台になる日もある。ウインドブレーカー1枚被せただけでは防寒にもならない。


「……寒っ」


 色々考えているうちに俺自身の体も冷えてきた。それに彼女も、このままでは危険だ。


 本来なら警察や救急車を呼ぶべきなのだろうが、田畑しかみえない町の外れ。緊急車両でも、来るには時間がかかるだろう。だとしたらまずは家族に連絡をして、車で防寒具を持ってきてもらった方が良いかもしれない。そうだ、まずは彼女の身を最優先に考え、まずはそうしよう……とはいえこの状況で自分が頼れるのは、唯一の肉親である祖父だけだが。


 どうかまだ晩酌をしていないこと祈りながらスマホを開き、祖父の電話番号を呼び出す。


 呼び出し音が1回目、2回目と続く。祖父の応答を待つこの数秒が非常に焦ったい。


 5回目の呼び出し音が聞こえた後、6回目は聞こえず代わりに渋さが目立つ「もしもし?」と男性の声が聞こえた。


「……あっじいちゃん、あのさ、もう呑んじゃった?」


「おう、豊。まだ呑んでないがどうした? 外走りに行ったんじゃなかったのか?」


「そうなんだけどさ、ちょっとトラブルがあってさ……。大至急、俺が今いる場所に来てほしいんだ」


「トラブルって、怪我でもしたのか?」


「いや、そういうわけではないんだんけど、時間が無いんだ。事情は後で話すから、毛布と厚手の上着を持ってきてくれないかな?」


「と、とりあえずわかった。すぐ向かう! 場所は?」


「恵幸神社。じゃあ待ってる」


 通話が終了すると、再び静寂に包まれる。


 家から神社までは車だと5~6分程、さほど時間もかからないが、早く来てくれと願いながらじいちゃんを待つ。


 ――よし、次は救急車。


 もたもたしている暇はない。急いで再びスマホを操作しようとすると……。


「……あっ、あっ」


 言葉にならない声と共に、俺のTシャツの裾が背後から引っ張られ、驚きと共に振り返る。


 そこには先程まで横たわっていたはずの彼女が、俺の裾を掴みながらこちらを見つめていた――。

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