自殺希望者の希望学校
いぬ丸
第1話 人間臭さ
「おめでとう~!!!!」
俺はビールを片手に自室のパソコンの前で祝杯を挙げた。
きっと、良い記念日になる……あの人にとっては。
「にしても、なんでこんなにリプくるもんかね~……死人に口なしやぞ」
SNS上で話題になっている自殺者のリプを見て、俺は呟いた。
……そう、俺はこの“自殺者”に祝杯を挙げていたのだ。
その人のリプには“死んでしまうのはダメ”とか言う言葉が綺麗に並べられ––しまいには相談窓口をのっける奴、心理カウンセラーを名乗る奴までリプに登場していた。
「馬鹿じゃねえの?死んでるんだよ」
本当に誰にも届かない……そんな声に嘲笑い、寂しさをビールで流し込んだ。
『本当に“人間”という生物は腐りきっている』
それは、30代を過ぎた頃から本当に思っている。
SNSが普及し、年齢問わず色々な人と交流ができる素晴らしい世界––それが本当に腐りきった原因だと思う。
だって、よく考えてみろ……こうやって俺みたいな奴が自殺者に「おめでとう」なんて書けば炎上し、晒され––先ず先に社会的に抹殺されんだろ?
しかも、こうやって正義ぶった言葉を並べた奴をみてみろよ。
『死にたい』『生きていたくない』
そんな言葉を簡単にSNSに並べるじゃん。
それに、ネガティブな事や素直に思っている事を言ってみたらフォロー外される。
そんなおとぎ話のようなキラキラした世界があれば、生きていくことに苦労はしないよ。
「……あー、酔いが回るのはえぇ……こいつらを見ながら飲む酒ってのは何でこんなに美味いんだろな~……本当、こいつら正義ぶってて面白いわ。死ぬ事ってのもお前達からしても“選択”なんだろ?その選択したことを拒絶してて何いい子ちゃんぶってるんだっての」
俺にはできない選択……だから、少し羨ましくも思えた。
「……あー、酔いのせいで嫌な事思い出しちったわ。面白い動画でも見て気分転換しよっと」
誰に言っている訳でもない––本当に空しい自分の声が部屋に響き渡った。
段々と空しくなっていく自分に冷蔵庫から持ってきた新しい酒で満たし、動画を開く。
「あれ…?」
最近の動画サイトっていうのは面倒くさい仕様ができた……CMだ。
本当に10秒~30秒待つことにイライラする……のだけど、今回は違った。
「……自殺希望者限定求人……?」
それは傍目から見ればおどろおどろしい……でも、俺からすれば気になる求人だった。
パソコンのモニター横に置いた酒を少しだけ飲み、その広告の詳細をクリックしてみる。
すると、中身は簡易的なフォームとなっており【氏名、年齢、住所、志望動機】だけ書く欄があり––条件や勤務地等全てが伏せられている状況だった。
「へえ……まっ、今ニートだし……死ねたらラッキーだと思って応募してみるか」
……きっと、酔いのせいもあるのだろう。俺は記入を済まし応募していた。
「……さて、動画みますか」
その後は大人な動画を見て、興奮し、賢者となって––そのまま死ぬように寝た。
翌日。
いつの間にか座ったまま寝たようで、頭も腰も全てが痛い。
しかも、操作しないと自動的にスタンバイ状態になるパソコンを開けば汗だくの男優のドアップ笑顔で止まっていた……うわ、最悪。
「……とりあえず水……」
頭がガンガンしてるのに腰も痛い……最悪な状況の中、1Kの部屋の隅にある冷蔵庫へとゾンビのように這うように向かった。
まあ、最近毎日だったし慣れてはいるんだけど。
「はい!」
そんな時だ––俺の声ではない綺麗な女性の声が聞こえた。
それは––俺の中で色々な感情と脳がフル回転することになる。
『え?……いや、待て。俺は昨日一人だった。それに、彼女もいない……セフレか?……んなもんいたら苦労しないし……え?幻聴?』
「……水でしょ?」
「……」
俺は床に濃厚なキスをする––怖くて顔が上げられない。
「おーい、水飲まないと人間ってのは生きていられんのだよ~?……あ、これサバイバル知識だっけ?」
「……」
「そろそろ起きてこないと……殺しますよ?」
「……あ、はい」
「はい、水。とりあえず、飲んでください」
「……」
床の味がするような気がする水を一気飲みし、一息ついた。
そして、女性の声がした方へと目を向ける。
そこには、俺と同じ……いや、少し年下にも見える童顔の女性が正座してコチラを見ていた。
「えと、どちら様で?」
「え?昨日応募してましたよね?お迎えに来たんですけど」
「……え?え?」
状況が呑み込めない……迎えにきた?
そんな俺の表情を見てからか、女性はメモを取り出した。
「えと、昨日応募しましたよね?ほら、ココに応募の確認証もありますよ」
「……あ、あー!あれ……マジですか?」
「マジです」
きっと、何かの冗談とも思っていたのに––現実になるとは思わなかった。
しかも、こんな美人な子に殺されるなら本望です。
「じゃ、じゃあ!最後はキレイに死にたいので……ちょ、ちょっと待っててください!?」
「……え!?……あー、はい」
俺は二日酔いであろう頭と年齢を重ねた結果の腰痛に鞭を打ち––シャワーとヘアセット、そしてスーツを着て準備を整えた。
その間、彼女は何故かフリーズした男優の顔に見ては「ほ~」と頷いていた。
「……準備できました!……あー、なんか死ぬってこんな気持ちなのか」
「……え?死ぬんですか!?」
「え?」
「え?」
待て、そっちがその反応おかしいだろ。
「え?違うの!?」
「あ……あ~!!」
彼女は何か合点がいった様に声をあげ、手を自分の前で横に振った。
「違いますよ!私がアナタを殺すとかそんな求人じゃないです!……まあ?確かに……あの求人内容だったら勘違いされても……あれ?だから、応募今までなかったんじゃ……」
彼女の声が段々と小さくなっていく。
「……お、おーい」
「はっ!すいません!……えっと、今から少しだけ眠ってもらうことになるんですけど……いいですか?いいですよね!?」
「……は?」
文句を言おうとした瞬間に––彼女は俺の口を塞ぎ、視界を奪った。
「さ、着きました。起きてください」
あの後、俺の記憶は全くない。
そして、俺の部屋ではない場所が––目の前に広がっていた。
「さ、明日から勤務していただく学校です!」
運転していた彼女が––状況を飲みこめないままでいる俺を更に突き放すかのように言い放つ。
「アナタは子供達を教育する先生になってもらいます。皆良い子ですよ?」
理解ができるのはもう少し時間が必要なようだ。
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