第34話、色のない道案内

「ハロウィンですね、お兄さん」

「・・・さん。よければ、向こうでお茶しませんか」


「あ、うん」


あれ?俺は、寝ていたのか?

今、何時だ?


「12時34分です。午後の会議が始まる前にお茶しましょう?今日のお菓子はふるさと納税返礼品にも選ばれたチーズケーキです」

「あ、うん」


ああ、そうだった。

午後から会議か。資料はある。大丈夫かな。


「ほら、源氏の君がやってきたぞ」

「よ!光源氏!このロリコン!」

「え!?ショタコンじゃない!?」

「そこ!?」


相変わらず、自部署は大変騒がしい。課長とか他の上位者も、一緒に笑ってばかりで誰も止めない。


全く誰がショタコンだ。まあ、同僚の女性はこいつか若い子しかいないから、選びようがない。


「あのさ」

「ほら、ミッキーマウス様は揶揄うなとお怒りだぞ?」


にやにやしながら、こっちに目線をくれている。

お前のそういうところが嫌なんだ!と言いたいが、反論が怖い。こいつは揶揄いながらも痛いところを容赦なく抉る。


仕方がないから、話に乗るか。

「あのさ、俺が光源氏なら誰がヒロインになるの?」

「柴犬が葵の上、ハスキーが紫の上、女三の宮がモルですかね」


即答。まあ、きっちり女性陣を抜かしてあるところに、わかりにくい気遣いがあるのはわかっている。


「さあ、お菓子持ったかー?」

適当に切られてラップに包まれたチーズケーキを持つ。あ、そういえば、俺も常備しているお菓子あったから、あとで持ってこよう。

「はい!」

「お返事ありがとう、モルくん!」


「行きますか?」

「せーの!」「トリックオアトリート!」


10人しかいない部署。古い建物の端っこ、片隅。

みんなでチーズケーキを交換する。


「あれ?頂けないので?イタズラがお好みでしょうか?源氏の君、花散里にもどうぞ、ひとかけらの愛をください」

「だれ?花散里って」

「源氏物語で最も醜いと明記された女性です。源氏の君のハウスキーパーみたいなことをしていると記述があります」

「へー。知らなかった」


煩くなる前に渡す。どうせ、こいつのポケットマネーで買ってきたのに、変な感じ。


このチーズケーキも3日前に予約して午前中に取りに行かないといけない。値段もするのに、こいつは何かしら買ってきてはみんなに配っている。


中途採用だから、気を遣っているんだろうけど、そんなことしないでも、別に排斥したりしない。


手の中のチーズケーキを見つめていたら、不思議に思われた。


「如何なさいました?」

「あ、俺もお菓子持っていたんだ。取ってくる」


踵を返したら、目の前が白くなる。


『ハッピーハロウィン!』


みんなの声が、少し遠くから聞こえた。

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