十一作品目「アオアシの少女は空を泳ぐ」
連坂唯音
アオアシの少女は空を泳ぐ
おぎゃあ、おぎゃあ、と赤ん坊の泣き声が部屋に響き渡る。分娩室に新たないのちが誕生したのだ。生まれてきた赤ん坊の足は青かった。
「ねえ、お母さん。どうしてわたしの足はあおいの?」
保育園からの帰り道。子乗せ自転車のかごに座ったみさきは、ペダルを踏み込む母親にきいた。
「それはあざというくつ下なの。青いくつ下をはける人はまれなのよ。みさきは青いくつ下を神様にもらったの」
母親はみさきのほうを向いて答えた。
「もしかして保育園で誰かにそのことでいじめられたの?」
みさきは顔を横に振って
「ううん。でもおひるねのときに、きょんちゃんに『なんでみーちゃんの足はあおいの』ってきかれたの。それでわたしは、足が空をたべたからってこたえた。きょんちゃんは、足が空をたべるわけないじゃんって泣いちゃった」
母親はえ、と驚いた顔をする。
「みさきらしい答えね。で、きょんちゃんは大丈夫だったの?」
「きょんちゃんね、『わたしも足をあおくしたい』って言って、あしを空にむけてたよ」
母親は「なにそれ」と笑う。自転車は、鮮やかな緑の葉をつけた低木の景色を後ろに流して進んでいった。道の先に高層マンションが見える。
家族でガラパゴス諸島という熱帯の島に旅行をした。みさきは島へ向かう船で空を見ていた時、鳥の大群に遭遇した。頭上を飛ぶ鳥は、日本の鳥と当然違った。
島に上陸し、観光客と共に観光ルートを進んだ。みさきは砂浜で、白い鳥をみつけた。その白い鳥は足が青かった。水色に近い鮮やかな色を持った足の鳥だった。みさきはしばらくその鳥をみつめていた。父親が「みさきはぐれてしまうぞ。ちゃんとパパの後ろについてなさい」と手招きをするので、みさきは父親のもとへ駆けよった。
「ねえ、お母さん。私、お空へ飛びたい」
洗濯をたたむ母親は、そう言ったみさきに
「どうして?」とみさきのパジャマを折りながら聞く。ベランダから広い青空の景色が差し込む。
「だって、前に暑い島にいったとき、空を飛んでいた鳥さんの足がね、青かったから」
母親が次の洗濯物を手に取る。
「そんな鳥さんいたっけ?」
「うんいたよ。アオアシカツオドリっていう鳥さんなんだよ」
「みさきはその鳥さんになって、空を飛んで、どこへ行きたいの?」母親は、くつ下をたたむ。
「どっか。今日ねているときにね、その鳥が今日迎えに来てくれる夢を見たの」
「たしかに鳥さんが空へ連れていってくれるといいね。ママもみさきと空を飛んで家事から解放されたいよ」
母親は重ねた洗濯物を胸に抱えて、洗面所の方へ向かった。
洗濯物をしまい終わった母親がベランダの窓を閉めようリビングへ戻ったときだった。ベランダに、手すりによじ登ったみさきがいた。
「みさきっ」
母親が走り出す前に、みさきはベランダの外へ落下した。地上七十メートル離れた地面に向かって。
勇気を出してベランダから上半身をのりだす。下を見る。みさきの姿はなかった。
その時、どこからともなく下の方から鳥が表れ、母親の目の前を天へ向かって通過した。日本では見たことのない鳥だった。
その鳥の足は空と同じ色だった。
十一作品目「アオアシの少女は空を泳ぐ」 連坂唯音 @renzaka2023yuine
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます