第44話『真実』

 来栖孝美が言う、私の父親のせいでっていうのが何なのか理解できない。一体何があったのか?何故彼女の家が崩壊寸前になったのか?情報が全く無いので判断できない。

「ちょっと、来栖さん!?一体何があったの!?何のことか分からないから、ちゃんと説明して!?」

 そう説得を試みるけど、彼女は険しい顔をしたまま、私を押さえつける手を離してくれない。体中傷だらけなのに、こんなに力があるなんて……。ロクに運動もしてない非力な私では、彼女を振り払うことすらできない。こんなことは全くの想定外。

「私だって……、私だって、こんなことやりたくない!でも……許せない!何で私がこんな目にあったのか……、海江さんは何も知らないでしょう……」

 瞬間、彼女の表情が変化した。言いたいことをずっと我慢していたのか、自力で解決できない問題を抱えて苦しんでいたのか、とても悲しそうに見えた……。

 でも、彼女は私の首を絞めてきた。明確な殺意。このままじゃ危ない。私も必死に抵抗するけど、彼女の手を振り解くことができないまま、意識が遠のく……。苦しい……、死にそう……。

『警告します。室内で異常を検知しました。ただちにアイを解放して下さい。警告に従わない場合、緊急通報を行います』

 そこへ、PCからダイアナの声と一緒に警告音が。常時音声入力はオンにしているし、部屋の防犯カメラとリンクさせてあったから、この状況を察知してくれたみたい。

 来栖孝美を警戒していた訳じゃないけど、万が一に備え防犯用に仕込んでおいたのが役に立ってくれた。何がどう転ぶかなんて分からない。

 ダイアナの警告に躊躇した隙を突いて、全力で来栖孝美の手を払いのけ突き飛ばし、一旦距離を取る。

「お……お願い、来栖さん!止めて!何があったのか、ちゃんと話して!」

 彼女も、どうしたらいいのか分からず戸惑っているように見える。

「私は……、私は、こんなことをする為に、海江さんに近づいたんじゃない!でも……、どうしても……、許せないから……。私の……、私のお父さんが……、仕事を奪われたから……」

 え!?一体どういうことなの!?仕事を奪われた……?それが私の父親のせいだっていうの……?

「アイ!何かあったのか!?」

 部屋の中で大声出して取っ組み合いしていたから、さすがに両親に気付かれてしまったらしい。父親がノックもせずに、私の部屋へ入ってきた。

 すると、来栖孝美は大声をあげて、感情を爆発させるように号泣する。とりあえず命は助かったけど、結局何がどうなっているっていうのよ……。



 来栖孝美が泣き止むまで、相応の時間を要した。戸惑うしかない状況だったけど、私の母親も緊急事態だと理解したようで、彼女をなだめるのに協力してくれたのは助かった。

 落ち着きを取り戻した彼女に、改めて何があったのかを問いただすと、予想外の話が出てしまう。

「私のお父さんも、独立行政法人AI研究開発機構に勤めているんです……。以前は仕事の話なんて、家では全然しなかったですけど、今年の夏以降、仕事の愚痴をこぼすようになってしまって……。お酒に酔った勢いで暴力を振るうのも増えてきました……」

 ウチの父親と同じ勤務先?それに、今年の夏以降……、仕事の愚痴をっていうのも気になる……。

「以前から私のお父さん、お酒に酔うと家族に暴力を振るうことはあったんです……。でも、夏以降は特に酷くて……、重要な仕事を奪われた……って、愚痴をこぼす中で、海江さんの名前も出ていました……」

 私の父親が、来栖孝美の父親から仕事を奪った?それ、一体どういう状況なのよ?意味が分からない。父親に視線を向けると、何か気まずそうな顔をして口を開いた。

「それは誤解だよ。今回のプロジェクト……、行政管理システムで使用するAIについて、君のお父さんと意見が合わなくてね……。メンバーの入替えはあったけど、仕事を奪った訳じゃない。彼にはちゃんと、別プロジェクトで相応しい役職に就いてもらっている」

 父親の説明で大体は理解できた。プロジェクト進行中にメンバーの入替えが発生するなんてのは普通にある話だし、別プロジェクトへ異動ってのもよくあること。

 異動先で相応しい役職を与えられたのかは、現場を知らないし何とも言えないんだけど、それが気に入らなくて家族に八つ当たりしていたってことなのかなぁ……?

 それでも、元々家庭内暴力はあったみたいだし、問題であることに違いは無い。仕事の鬱憤をお酒で誤魔化し、家族に暴力を振るって解消しているとしたら、救いようがないクズ。

 ただ……、これって明らかに、私が両親の事故死を防いだ結果だよねぇ……。私の父親が生存しているからこそ、来栖孝美の父親と意見が対立して、結果として別のプロジェクトへ回された。

 それが原因で家庭内暴力がエスカレートしたのなら……?何をもって解決するべきなのか……?話が凄くややこしい……。

 私が持つ未来の記憶では、少なくとも高校生活中に来栖孝美は家庭内暴力を受けていなかったと思う。

 あの時は、家族関係が良好だったのかもしれない。それを壊したのは、未来を変えようとしている私……?一体どうするのが正解なのよ……?

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