鉄の歌い人

きばとり 紅

本編

 私はあの若者と話してみる気になった。彼は今日も変わらずこの辺鄙な地に作られたいしぶみの前に立って、刻まれた文句へ目を走らせてから、深く頭を垂れていた。その後の彼の行動も昨日と変わりなく、碑の前に並べられた長椅子に座り込み、むっつりと、顎に手を当てて何事かを考えているようだった。

 彼と私は面識はなかった。いや、顔を合わせれば声もなく会釈して返すくらいの関係ではあったが、声や顔を覚えているような仲では決して、無かった。

「隣、いいですか」

 言葉をかけた時、彼はびくりと小さく跳ね、ぎゅっと目を見開いて、近寄ってきた私を見た。

「すみません。最近いつもここに来ている人ですね。このあたりの住民とは、思えないですが」

「・・・・・・ええ。家はシティにあります」

 若者は動揺しながらも、私に答えた。

「これ、ゼットの碑ですよね」

 これ、といって彼は目の前の碑を示した。

「いかにも、これはゼットについて記した石碑だ。彼の歌の歌詞と彼を讃える言葉が刻まれているね」

「しかし、なぜこんな・・・・・・田舎に」

 若者はしばし口ごもりながらもそう言った。私は笑った。確かにここには、シティにあるような物はなにもない。娯楽も、喧噪も。あるのは丘陵にまばらな人家と農園ばかりだ。

「それにこの石碑は、全国にあるゼットの碑のなかで飛び切りに大きく、立派なものです。おそらく、最大の物だ」

「詳しいのだね」

「専門なんです。私はシティで戦史を学んでいて、今はゼットについて書いています。ゼットが歌った町をたくさん巡ってきました。どこも今は見事に栄えていますが、どこもかつては激戦の繰り広げられた古戦場です」

 ゼットについて、若者は熱く語り始めた。これほどゼットのことを耳にするのは久しぶりだった。

「・・・・・・あ、すみません。急にこんなにたくさん話されても、迷惑ですよね」

 熱心にひとしきり自分が調べ学んだことを語った若者は、ばつが悪そうに顔を伏せてしまった。

「お若い人。そう腐ることはないよ。ゼットのことを聞いたのは久しぶりだ。それが私はとても嬉しいのだよ」

「どうしてですか」

「何故なら、私は会ったことがあるからだ。ゼットに。歌われた歌い人に」

 若者はそれを聞いて大いに驚いた。わたしはそれを見て笑って言った。

「それほど驚くことではないさ。わたしはこれでも昔は傭兵として各地を流していた身でね。彼の歌を聴く機会は幾度もあった。今でも、ありありと思い出すことができる・・・・・・」

「ぜひ、教えてください! 本物のゼットがどんな人だったのか・・・・・・資料からではない、生の声が聞きたいんです」

「いいとも。こんな老いぼれの昔語りでよければ」




 今では遙か過去となったが、この地では長く戦乱が絶えなかった。人々は些細な理由から徒党を組んで争い、土地は荒れ、田畑は荒れた。

 私が口減らしのために自ら家を出て、傭兵になる決心をして口入れ屋の戸口を叩いた時、彼は明日もしれぬ連中が溜まっているバーの片隅で、淀んだ目で薄い酒を飲んでいる男たちに向かって歌っていた。

 歌っていたのは「若い竜よ」という、孤独な竜の旅を励ますものだった。・・・・・・いまでも私は歌詞を覚えている。振り向くな竜、明日はお前のもの・・・・・・。

 ゼットの格好は巷間に知られる通りのものだった。赤い襟巻きの先が肩口から垂れていて、髪は渦を巻いていた。そして何より、その目が印象的だった。

 彼は歌いながらどこかを見ていた。私は彼の視線を追ってみたが、そこには何もない。汚い壁があるだけだ。

 その時、ゼットの歌声の他に私の耳に聞こえてきたのは、荒っぽい大地を踏みしめて悠然と歩く巨大な生き物の立てる足音だった。はっとして、私は振り向いてゼットを見た。私はゼットの目を見たのだ。

 そこには魔法のように響く肉体から発せられる歌があった。歌を通して私たちは、ゼットの思い描く「若い竜よ」の世界に引き込まれていた。大地に響く巨獣の足音、原始的な石の武器で武装した野人たちの叫び、その中を闊歩し、牙と爪をもって餌を求めて喰らい、歩き続ける竜の姿が、私はその時ありありと見えるのだ。

 不意にその時私は、まるで自分が竜そのものになったような錯覚を覚えた。私だけではなく、その場にいた全員がそうだった。力強い竜、一抹の寂しさを抱えながら、沸き上がる勇気を握りしめて困難に向き合う竜だった。




「その後、私はその場にいる連中と一括りにされて戦場に売り飛ばされ、初陣を生き残る事が出来た。恐怖で足がすくみそうになると、あのとき聞いたゼットの歌う「若い竜よ」が思い出され、何度も危機を脱することができた・・・・・・良い思い出だ」

 ベンチで隣に座る若者は私のような老人の昔語りを、じっと聞いてくれた。その目はかっかと光に燃えて、頬は薔薇色に彩られている。

「本当に・・・・・・本当にゼットは、魔法のような歌を歌う者だったんですね。資料には、千の歌を歌ったとありました」

「なるほど。確かに彼は千とも二千とも言われる歌を持っていた。一人で歌う時もあれば、集団で歌うときも、二人で歌うこともあったね」

「二人・・・・・・ああ、「歌姫」ですね。ゼットと最も親しかったという。恋人だったのではないですか」

「ははは。それは早合点だ。あれはむしろ・・・・・・『兄妹』のようなものだったのだろう。二人の歌は幾度も聞いた。中でも「戦い交わるとき」は・・・・・・」



 

「戦い交わるとき」を歌うゼットと歌姫に聞き入りながら、私はその頃、悩んでいた。

 一端の傭兵としてどうにか食える身となった私は当時、一人の娘と仲良くなっていたのだ。都市に住む立派な身分の娘で、私は彼女の住む都市を守備する部隊の副長だった。

 交際は慎重なものだった。人目を避け、黄昏に染まる防壁の陰で落ち合い、語らい、抱きしめた。彼女の身体から薫るものが私を昂らせたが、明日には無惨な死に様を見せていなくなるかもしれない男の私が、身持ちのしっかりした乙女の純潔を散らそうなど、恐れ多いことだった……。

 ……ゼットと歌姫、男女の麗らかなデュエットに身を浸らせていると、またしても私はゼットの歌が作る不思議な力に打たれはじめた。見えてきたのは瓦礫の街だった。焼かれ、曲げられ、打ち砕かれた建物の残骸が無数に広がる街の上を、太い線のように延びる黒い陰が差し込んでいて、空は暗い。

 その片隅に残っている、へしゃげた錬鉄の街灯の下に、一人の娘がいて、私を見た。私の愛した娘によく似ていた。

 ゼットの歌声を率いた歌姫の声が私を捕らえる。謎めいた悲しみが街灯の娘の眼差しに宿り、次の瞬間、彼女の周囲に転がる残骸たちが爆ぜて散る。閃光が火煎のように走って私は思わず目を伏せた。

 しかしそれは目を伏せたような気がしただけで、実際には目は見開かれたままだった。私の目は街灯の娘が閃光の中に消え、火を噴く煙霞の中から立ち上がったものに、私の目は釘付けにされる。それは一部の隙もない白銀の鎧に身を包んだ巨大な戦士だった。

 鎧の戦士は瓦礫から立ち上がった時、いつの間にか私の意識は鎧の戦士そのものに乗り移っていた。瓦礫の街に押し迫る軍勢に掌を突き出し、戦士の吼こうが轟くや、軍勢は焼き砕かれ、十文字に裂かれる。私は鎧の戦士であり、街灯の娘の悲しみを背負い戦う存在になっていた・・・・・・。




「・・・・・・歌が終わった後、私は意中の娘に告白し、戦いが終わった暁には迎えにいく事を約束した。ゼットと歌姫は私のような傭兵たちに、徒に戦うだけではない、戦うべき理由を教えてくれたのだ」

 私のつたない思い出話を若者は聞きながら、必死に小さな帳面に筆を走らせていた。聞き取ったこと、私がそらんじて見せたゼットの歌を書き取っているのだろう。

「ゼットは私たちの前で歌った後、歌姫とともに街を去った。以来しばらくの間、私はゼットの顔を見ることがなかったが、伝え聞く事は多かった。子供の前で、老人の前で、海の街で、山の街で、彼は歌い続けていた」

 疲れた人々の心にゼットの歌は広く届いたはずだ。多くの人がゼットの事跡や歌について書き残したはずだ。事実、この若者はそれらを拾い集めてここにたどり着いたのだから。

「ゼットの歌が人々を勇気づけ、そのお陰ばかりではないだろうが、戦乱は止んでいった・・・・・・それでも最後の戦いが終わるのは大分先のことだったがね。私は最後の戦いの舞台となったこの地にいた・・・・・・生き残り、街で待つあの娘の手を取って故郷に帰ろうと決意して・・・・・・そしてゼットもまた、最後の歌を歌うべく、この地に足を踏み入れたのだよ」

「最後の歌・・・・・・?」

「そうだ。・・・・・・時に、お若い人。ゼットが歌った無数の歌の中で、彼が最も得意とした歌がなんであるか、知ってるかね」

 若者は問われ、しばし黙してから答えた。

「そうですね・・・・・・資料では『鋼の歌』をよく歌ったと記されていました。でも資料によってその歌の中身が異なっていて、どれがどれやら・・・・・・」

「ふむ。そうか・・・・・・今の人は知らないだろうな。私のような老人にとって、ゼットの歌と言えばこれ、というのが『魔神の歌』だ。正義と不滅の魔神を歌ったこれこそ、ゼットの歌声そのものだったのだよ。みたまえ」

 私は改めて、私と若者の前に立つ石碑へ目を向けた。黒い光沢を放つ巨石の表面は磨かれ、その上に金地に刻まれた文句は、風雨に晒されてもなお、ありありと読みとることができた。

「君はこの石碑がなぜここにあるか、聞いたね。ここはゼットが最後に歌った地だ。世の平和と繁栄を願い祈る彼のことを忘れないために、私が建てたのだ・・・・・・彼の最後の歌を聞いて、どうして一人故郷に帰ることができるだろう・・・・・・」

 私は思い出せる限り、ゼットの最後の姿を若者に語った。今でもはっきりと思い出せるのだ。鉄の歌を歌った男の勇姿を・・・・・・。

 



 歌い人ゼットが病に倒れたらしい、と聞いたのはいつのことだったか、記憶にはない。だがあれほど力強く歌い、生気みなぎる男が病魔にやぶれることなど想像するだにできなかった私は、暫くすればまた、彼の歌を聴くことができるだろうと高をくくっていた。おそらく多くの同胞たちが同じように思っていたことだろう。

 そんな彼が久々に表舞台に出ると聞いて待ちかまえていた私は、衝撃を受けることになった。あれほど四肢に力漲り、地平を揺るがすような朗々とした声は見る影もなく、肌艶は潤いが失せ手足の力は萎え、杖に縋るように立っていた。掠れる声を懸命に振り絞り、ゼットといえばこれ、と知られた魔神の歌を歌ってくれたものの、私の心には感動よりも痛々しさからくる悲しみや寂しさが募るばかりだった。その後私ははじめてゼットの歳を知ることになった。

 永遠の青年の様に思われたゼットがその実、寄る年波と病苦に打たれて弱々しい身体を晒しながら歌い続けるのはなぜか、その時は分からなかったし、分かりたくなかった。ただ、ただ、自分の思い出に宿る、かつての歌い人の姿が陰ってしまうことを私は惜しんだ。晩節を汚してほしくなかった。

 歌い人の勇退を願いながら、傭兵である私は戦場に立っていた。その頃には小なりといえ自前の傭兵隊を抱えた私は終戦を決定づけるであろう決戦に臨むべく、準備を続けていた。

 その中で私は、ゼットが決戦の地に激励に訪れるという話を聞く。私の表情は曇っていただろう。嬉しくないわけではない。けれど既に病み苦しんだ老人になってしまったゼットの姿を見るのは、想像するに辛いことであった。

 けれど月日は着実に過ぎていき、私は傭兵隊の長の一人としてついに決起の日を迎える。その時、私たちの前にゼットは現れた。

 用意された演壇に上げられたゼットは、車椅子に乗っていた。椅子の上でゼットはぐっと背筋を伸ばしていたが、立ち上がりはしなかった。既に付き人の手を借りなければ、動くこともままならない姿でありながら、彼は一人の歌い人として壇上から我々に一礼した。

 すぐさま、控えていた演奏隊が『魔神の歌』の楽曲を奏で始めた。気持ち大きな音量で、さらに待ちかまえたコーラスの若者らが声を出し始める。その中で、ゼットは歌った。

 息をするのさえ、苦しいのだろう。身動き一つさえ、辛いに違いない。それだというのに彼の目は、はじめてあった時のように激しく燃えており、首に垂れていた赤い襟巻きが、会場に吹き込んだ一服の風によって軽くはためいた。

 人の命は尽きるとも・・・・・・この世の果てがこようとも・・・・・・ゼットの声はか細く、蝋燭さえ吹き消すことはできそうにないほど弱々しいというのに、楽とコーラスを率いたゼットの声ははっきりと、広い会場の端にいた私の元に届いていた。

 これこそ円熟の技量というべきものなのか、その場にいる無数の戦士や兵士、将軍、王、皇帝、勇者たちは、普くゼットの歌に囚われ、彼の目を見たに違いない。一人一人の目を見て歌うゼットの声音がいつも見せる幻影の中に引き込まれていくのを私は感じた。

 ゼットの見せた景色には、黒く光る鎧のような体躯をした、見上げるほど巨大な魔神が、様々な形をした高層建築の建てられた広大な都市の真ん中で、広い道路の正面に立っているのが見えた。厳めしい表情の魔神の眼差しにはしかし、堪えない優しさに満ちあふれ、都市に住み暮らす名も無き人々の命を見守っているのだ。

 黒い魔神は両腕を天へゆっくりと掲げる。広い胸前を包む緋色の胸甲に、神々しい光が集まって都市を照らしていた。長菱形に窘られた二つの目には虹色の輝きが迸り、平和と自由を仇なすいかなるものも見逃さないという確固たる意志が、それらの光景を見ている私の胸を打つ。

 この景色は遙かな未来の世界なのだろう、と私は理解した。今から起こる決戦が終わり、人々の遺恨が去り、手と知恵を出し合ってこの荒廃した現実からこの景色へと続いていく。それは私を始め、ゼットの歌が見せた幻影を受け止めたその場にいるすべての者が確信したものだった。

 ゼットは歌を通して、私たちに未来への希望を託してくれていたのだ。この未来を作るのは、今から戦う私たちだ。それを忘れないでくれと、そう歌っているのだ。

 ・・・・・・私の目にはいつの間にか涙があふれていた。見れば隣に立っている者にも涙が浮かんでいる。しゃくりあげる声があちこちから聞こえた。

 そうだ。私はいつだってゼットの歌を聞いていた。不安にすくむ足を後押ししてくれたし、愛に悩む時も励ましてくれた。今もなお、命を削りながら、病に苦しみながら、老いも若きも男も女もなく、ゼットの歌声の力を身に受けて、苦難を乗り越えようとしている。

 やがて伴奏の楽の音が引き、コーラスの歌声も絶えた時、会場は万雷の拍手と歓声に包まれた。壇上を照らす照明はそこにいるはずの偉大な歌い人を私たちの前に浮かび上がらせるはずだった。

 しかし、拍手と歓声が止み、照明の光の中を見た私たちは茫然とさせられた。

 そこには車椅子に座るゼットの姿はなかった。残された車椅子の上にある赤い襟巻きだけが、魔神の歌で知られた老人の名残を止めていた・・・・・・。




「・・・・・・その後の戦いについては、今更説明するまでもないだろう。ゼットの歌を脳裏に刻んだ我々は戦い抜き、今に至るわけだ」

 語り終えた私に対し、若者は奥歯を噛みしめ、喉の奥で微かに唸っていた。

「・・・・・・今まで、どんな資料や伝承に当たっても、歌い人ゼットの最期については伏せられていました。どこでどのように亡くなったのか、誰も記していないんです。・・・・・・ゼットは、この地で亡くなった、ということでしょうか」

「そうともいえるし、そうではないともいえる」

 私は長椅子から立ち上がり、眼前の石碑を仰ぎ見る。話し込んでいる内に、ずいぶんと時が経ってしまった。空はわずかに赤みがかり、まもなく夕日が辺りを包むだろう。

「この石碑は私が建てた。この地で果て、さらにゼットのことを忘れないでもらいたいがためにね」

「歌い続けている・・・・・・?」

 首を傾げている若者を手招き、私は石碑の背後へと回った。そこには丘を切り開いて作った道があり、丘の上へと伸びている。

「この丘の上が、ゼットが最期に歌った会場の跡地になっている。今ではその痕跡もほとんどない、ただの開けた台地でしかないが・・・・・・ついてきたまえ」

 若者は頷き、私たちは石碑の前を辞して歩き出す。道は丘の斜面を蛇行しながら登っていき、すぐさま視界は開けた。

 かつて丘の上を占めた人や物の姿はなく、あるのは埃っぽい岩がちな広場があるだけだった。

「ここが最期にゼットが歌った地であり、今もゼットが歌っている場所だ」

「今も・・・・・・!?」

 驚く若者を導き、私は広場を歩く。そしてある地点に達したところで足を止めた。

「ここからあそこをよく見たまえ。あそこはゼットが歌った演壇が築かれた箇所だ」

 促されて若者はそこに立ち、嘗ての演壇があった場所を見た。演壇はとうの昔に撤去され、今では穿れた杭の跡さえ風化して見つけることはできないだろう。

 だが、その場に立った瞬間、若者の目が一点へ吸い寄せられるように硬直する。

「うっ・・・・・・み、見える・・・・・・聞こえる」絞り出すように彼は言った。

「何が見えるかね」

毛氈もうせんで飾られた・・・・・・巨大な台座に、楽器を持った楽師・・・・・・コーラスを歌う歌人・・・・・・そ、その真ん中に・・・・・・赤い襟巻きの男が・・・・・・」

「そう。それが、ゼットだ」

 未知に対する驚き、そして本来ならあり得ない過去の人物を目撃した衝撃に若者は慄き、一歩踏み出した。

「あ・・・・・・」

 途端、若者の視線は捕らえ所なく宙を泳いだ。

「ゼットの姿が・・・・・・」

「見えなくなっただろう? この丘の地質的な特性によるものか、はたまた、ゼットの魔力めいた歌声の起こしたもうた奇跡によるものかわからないが、この丘のその場所に立ったときのみ、ゼットの歌声は今もなお聞くことができるのだ」

 若者は一歩引き下がり、最前の位置に戻った。すぐさま彼の目線は再び一点に固定された。

「これがゼットの歌・・・・・・力強く雄大な声・・・・・・」

「うむ。不思議なことに、ここで歌ったときのゼットには出せなかったはずの、全盛期の歌声が聞くことができるのだよ。彼は今もここで歌い続けている。愛と勇気と友情の歌、不滅の力、歌そのものとなって・・・・・・」

 若者は長らくその場に立ち、今や聞くことができないとされた歌い人、魔法の歌い人ゼットの声を聞き続けていた。

 いつまでも、いつまでも・・・・・・。

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