第4話 宰相視点

「陛下、とんでもない事をなさいましたな」


どれだけ言い聞かせても、話を聞かない愚王め。


よりにもよって、あの帝国に嫁ぐビオレッタ様に接触するなんて……! しかも、ミリア様の方がモーリス様に相応しいと言ったそうではないか!


ビオレッタ様がどれだけモーリス様に溺愛されているか知らないのか?! 何度も外交で会っているだろう! 貴様は何を見ていたんだ?!


何度言っても王族の義務を理解して下さらない。キャスリーン様に捨てられた時に、責任を追及して王の座から引きずり下ろせば良かった! 王の血筋を継ぐのは、この男だけ。だから……ああくそ! 裏切り者と呼ばれようと、処刑されようと、この男を殺すべきだった。


私が睨みつけると、愚王は怯えながらも反論してきた。


「しかし……ミリアが可哀想だろう! ビオレッタも、ミリアも余の子であるぞ! だから、同じように優遇されねばおかしいだろう!」


……ここまで愚かとは。


今更ビオレッタ様を産んだのはうちの王妃だと叫んでも、帝国に嫁ぐビオレッタ様と関わりを持ちたいだけだと思われる。我らの訴えは、届かない。


立場が悪くなるだけだ。


キャスリーン様は、こうなる事を予想しておられたのだろうか。神殿からビオレッタ様の養子縁組の申し立てが来た時、陛下はあの女が連れて行った子など興味がないと金だけを要求した。


大金が手に入ったが、失ったものは大きい。ビオレッタ様に関する全ての権利は、キャスリーン様の手に渡った。


あの時点で、ビオレッタ様の母親はキャスリーン様だと正式に認定された。くそっ、神殿の調査は他人が介入できないからな。私が近くにいれば、絶対にお止めしたのに。


キャスリーン様を怒らせた時点で、我が国は詰んでいた。キャスリーン様は今も王族で、帝国の王妃様が大事にしている妹君だ。ミリア様の母親は、キャスリーン様を追い出した平民。陛下は、この違いを全く理解しておられない。


ビオレッタ様とミリア様は同じではないのだ。


陛下が城を抜け出した時点で、覚悟はしていた。帝国が怒っている。もう、この国は終わりだ。せめて……民を守らねば。


「違いますよ」


私は、愚王に一枚の手紙を手渡した。


証拠がなく、訴えても恥になるだけだったので放置していたミリア様の出生の秘密を王に伝える。この後、彼がどうするのか、王妃がどうなるのか、全く予想ができない。


だが、短気な王はきっと問題を起こす。


次に王が問題を起こせば、王妃と共に幽閉しミリア様の夫が国王になる。そう貴族を説得する事でなんとか王族の威厳を保っていると、この愚王は分かっていない。キャスリーン様の国で無礼を働いたと退任を迫る事もできるが、もっと大きな瑕疵があれば代替わりは容易い。


帝国が来る前に、愚王を追い出して誠意を見せないと。


ミリア様の夫になりたい男は私の知る限り存在しない。王族の結婚相手は王族だが、あんな我儘な王女様、誰が好きになるというのだ。あとは国内の高位貴族だが……国から逃げた貴族も多い。残っているのは欲にまみれた下位貴族と、死を覚悟した国を憂う貴族だけ。残ると言った若い者は、ほとんど逃がした。有事の際、命が残っていれば国を救えるかもしれぬからな。……残っている未婚の高位貴族は、十五歳になる私の息子だけだ。


王妃はどうなっても良いが、ミリア様だけは守らねば上に立てる者がいなくなる。私は、控えていた息子に目配せをした。


悲痛な顔をした息子は、そっと部屋を出て行った。打ち合わせ通り、ミリア様を避難させてくれるだろう。その時、ミリア様が少しでも息子を好いてくれれば良いが。


息子に想い人や恋人がいなかった事だけが救いか……。すまん、息子よ。国の為に……犠牲になってくれ。お前にだけ抱えさせはしない。死ぬ時は私が先に死ぬ。


妻と娘は、国外に逃した。泣いて縋る家族との別れは辛かった。彼女達が幸せになってくれる事を祈ろう。


覚悟を決めて、愚王に向き合う。どうやら愚王は、私の言葉を理解できていないようだ。


「……は?!」


「こちらの手紙をご覧下さい」


「これは……アメリアの字……なんだ……これは……!」


手紙には淫らな愛の言葉が書いてある。宛名は、愚王ではない。


「王妃様の恋人だそうです。宛名の男を調べましたが、国から逃走しておりました。王妃様は側妃の頃から多くの男と浮き名を流しておられたようです。ビオレッタ様も、ミリア様も貴方様のお子ではありません」


「……そんな……まさか……。おい、宰相を捕えろ! 不敬罪だ!!!」


腰の剣を抜く愚王。私はまだ、死ねない。大声で叫んだ。


「嘘だと思うなら、王妃様にお確かめ下さい! 私も参ります! 証拠はたくさんあるのです! 私は、国の為に申し上げているのです!」


この男は、私の価値を分かっている。まだ、私は殺されない。案の定、愚王は剣から手を離した。


「分かった。虚偽であれば……即、そなたの首を刎ねる」


「……国王陛下のお心のままに」


証拠があるという嘘に引っかかったな。この手紙を入手したのは昨日。他に証拠らしい証拠はない。だが、この手紙で充分だ。王妃を問い詰めればボロを出す。もし失敗して私が死んでも、宰相を手打ちにした王はその場で拘束され、裁かれる。


そう、法律を変えた。この男も知っている筈だが、この様子では忘れているようだな。


裁判をせず、処刑した場合……例え王族でも捕えられ罪に問われる。それでこの男は終わりだ。私を逃がそうとする衛兵と目が合ったが、私は逃げずに静かに首を振った。

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