憧れの先輩を一生懸命支える話

ハイブリッジ

憧れの先輩を一生懸命支える話

 薫先輩は俺の憧れだった。


 整った容姿にいつもクールな表情。他の女子生徒とはどこか違う雰囲気を身にまとっていた。同じ学校の男子生徒なら誰もが一度は薫先輩のことを好きになっているはずだ。


 バスケをしている時の動きは一つ一つに無駄がなくて見惚れるくらいに綺麗で、県の代表にも選ばれたことがあるくらいの実力者だ。



 薫先輩はバスケのことしか考えていない人だった。誰よりも早く練習して誰よりも遅くまで残って練習をしていた。

 バスケがなくなったら薫先輩はどうなってしまうのだろうと心配になるくらい情熱を注いでいた。


 もしバスケがなかったら先輩はパッタリと消えてしまうのではないか。



 薫先輩に憧れて俺はバスケ部に入った。


 近くで薫先輩を見ていたい。薫先輩に少しでも近づきたい。薫先輩に認めてもらいたい。


 俺は同学年の誰よりも練習をした。他の人が遊んでいる間も俺は練習をした。



『君、すごく頑張ってるね』



 いつかの練習終わりに初めて薫先輩に掛けられたこの言葉はずっと忘れない。


 そこから薫先輩とは話すようになった。すごく幸せな時間だった。


 月日が経って先輩たちの高校生活最後の大会。薫先輩のバスケ選手としての物語は試合中での大怪我であっさりと幕を閉じてしまった。




 ────────────


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「…………ん」


 ……嫌な夢を見たな。


 寝起きの重い体を起こしてリビングに行くとエプロン姿の薫先輩が出迎えていた。


「あっ……やっと起きた。もうお昼前だよ。かなり疲れてたんだね」


 時計を見るともうすぐで十二時に回ろうとしていた。


「すいません。こんな時間まで寝てしまって」


「ううん。せっかくの休日なんだからゆっくりしてて」


 リビングに入った時から部屋中が焦げた匂いがする。


「今ねハンバーグを作ってたの」


「ハンバーグ?」


「ちょっと待ってて」


 そう言って薫先輩がキッチンからハンバーグを持ってきた。


「これ薫先輩が作ったんですか?」


「うん。君に食べてほしくて」


 薫先輩が一人で料理が出来るようになっていたなんて知らなかった。ちょっと前まで料理を作る時は俺が手伝わないと材料や調味料とかもわからなかったのに。


「君が作ってくれた時のことを思い出して私なりに頑張って作ってみたの」


 机に置かれたハンバーグは焦げていて、形もお世辞にも綺麗とは言えない。


「どうぞ」


「いただきます」


 一口ハンバーグを口に入れる。


 ……苦い。調味料の何かを間違えているのかハンバーグ自体が甘い味もする。


「もしかして……美味しくなかった?」


 俺の顔を申し訳なさそうに見つめる薫先輩。


「……いや美味しいです」


「本当に?」


「はい」


「よかった」


 薫先輩が笑みを浮かべる。


 味は関係ない。薫先輩が一生懸命作ったのだ。それだけで俺は嬉しい。


 俺がハンバーグを食べ終わるまで薫先輩は微笑みながら見守っていた。


「薫先輩のご飯は?」


「私の分はないよ」


「え?」


「私の分は君に作ってほしくて。駄目かな?」


「……全然駄目じゃないですよ。何が食べたいですか?」


「うーん……。じゃあハンバーグが食べたいな」




 ■




『続いてのニュースです。バスケットボール日本代表が大金星です』


「あっ……」


 ご飯を食べ終わり薫先輩とテレビを見ているとバスケについてのニュースが流れた。


「……すいません。番組替えますね」


「ううん大丈夫」


 バスケのニュースが流れている間、薫先輩は何も言わずただテレビを眺めていた。


「…………」


『これからのバスケットボール日本代表の活躍が楽しみですね。さて次のニュースです。明日に予定────────』


「私ねバスケしか興味がなかったの」


 バスケのニュースが終わった後、薫先輩が口を開いた。


「だから怪我してバスケができなくなった時は死のうと思った。バスケができない私なんて生きてる意味がなかったから」


「…………」


 知っている。薫先輩はバスケットボールに全ての情熱を注いでいた。


 怪我のせいでこの先バスケが出来ないと知った薫先輩が死のうとしていたところを発見した時、俺は薫先輩を必死に止めながらもやっぱりこうなってしまったんだと心の中では思っていた。


「でも君が私の支えになってくれた」


 隣に座っていた俺の手を握る薫先輩。


「死のうと思っていた私に君はずっと声を掛けてくれた。みんなが私から離れて行った時も君だけはずっと優しく寄り添ってくれた。バスケ以外に何もできなかった私に君が全部教えてくれた。今だって何もない私とこの部屋に一緒に住んでくれてる」


 薫先輩はバスケ以外は何もできなかった。いや……できないというより興味がなかったようだった。


 このままだと駄目だと思った俺は薫先輩がバスケ以外にも何か興味を持ってくれたらと思って色々なことを教えたり、様々な場所に連れて行ったりと俺の出来る限りの事をやってきた。


「今はバスケへの未練は全くないし全然興味も沸かなくなった。君がいてくれればそれでいいの」


 結果として薫先輩は今まで興味がなかった事にも興味を示してくれるようになったが、全部の行動の理由が俺に向けてになってしまった。


『君が喜んでくれると思って』『君がやってほしいならやるよ』『私はどうでもいいの。君が好きなものが私も好きだから』『君がいらないなら私もいらない』『君以外はどうでもいいかな』


 対象がバスケから俺に代わっただけだった。


「どこにも行かないでね。君がいなくなったら私、今度こそ本当に死んじゃうから」


「……大丈夫です。俺は薫先輩の側にずっといますから」


「ふふっありがとう」


 俺の肩に頭を乗せる薫先輩。


 俺が昔憧れていた薫先輩はもういない。


 でも俺が離れてしまったら薫先輩は死んでしまうだろう。


 薫先輩がいなくなるくらいならこのままでいい。俺はバスケの代わりでも何でもいいんだ。


「私、今すごく幸せ」


「……俺もです」




 終わり


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