おしごと

 情報収集兼仕事漁りを終えて宿に戻ると、出迎えてくれたのはなにやら作業中らしいニケちゃんの背中だった。

「ただいまー……?」

 声を掛けてみるが反応はない。何をしているのかと覗き込むと、物凄い勢いで紙の束を文字の羅列で埋め尽くそうとしていた。覗き込んだついでに少しだけ読んでみようと試みるも、意味があるのかないのかよくわからない代物だったのですぐに諦めた。

「……何してるの?」

 とはいえ、よくわからないまま放置するのもつまらないので、思いきって訪ねてみた。

 するとすぐに、

「仕事です」

 と、いつもと変わらぬ口調で返ってきた。でも、答えになっているようでなっていない。

「へー。で、何の仕事?」

「……魔導書の写本作成です」

 素直に教えない方が面倒くさいと悟ったのか、思ったよりも早く作業内容を明かしてくれた。いいこいいこ。……手を払われた。

「魔導書って、魔術の本?……でもそれ、読めないよね?暗号とかそういう感じ?」

「読める人には読めるんですよ。モモみたいな凡人には理解できないだけです」

 今日もニケちゃんは絶好調。でも今は好奇心優先だから気にしない。

「どういう人なら読めるの?」

「書いてあることが実践出来る程度には魔力がある人です」

「ふーん。でもそれって、誰にでも読めるようにした方がいいんじゃないの?その方が売れるよね?」

 一般論を口にしたつもりなのだが、ニケちゃんから返ってきたのは「阿呆ですか」という嘆息混じりの声だった。

「例えばです。ここに書いてあることをモモのような魔術を使えない奴がやろうとすると、どうなると思いますか」

「えーと、何も起きない?」

「身体中の魔力を術式に吸いとられて死んだ挙げ句暴発します」

「……え、本当に?」

 予想よりも凄まじい答えだった。人が死ぬような暴発は、下手な災害よりも危険だと聞いたことがある。

「そういうこともあるって話です。初級の魔術なら安全弁みたいなものが術式に組み込まれているから火傷程度で済みますけど、いくつか格が上がると効率よく魔力を通すためにそういうのはつけなくなるのですよ。代わりに学ぶ機会が減るのです」

 つまり、ニケちゃんが書いているものは一定水準を越えた人にしか読めないし、読んじゃいけないという、紛れもない危険物なわけですか。

「……何でそんなの作ってるの」

「だから仕事です。斡旋所に行ったら押し付けられたのです。とても面倒くさいのです」

「あー。そうなんだ……」

「まったく、顔を出さないとうるさいのに行くと面倒です。登録するだけでいい、なんて大嘘です」

「……お茶淹れてくるよ」

 ぶつぶつ言いながら危険物作成を続けるニケちゃんを置いて部屋を出る。

 魔術、怖い。

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