05 灰色の空に光がさした







 スマホで連絡をとりあい、週末にふたたび律と会う約束をした。


 この前送ってくれた音源おんげんをもとに、律の家で歌の録音ろくおんをすることになったのだ。


 萌は、週末はいつも図書館の学習室で勉強をしている。

 その日も午後から図書館に向かい、スマホの電源を切った。

 図書館にいる時だけは、スマホの電源を切ることがゆるされている。


「萌」

「律。むかえに来てくれて、ありがとう」


 律の家は図書館から近かった。萌は自転車を置いて、律の家まで向かう。


「曲、聴いてきた?」

「うん! すっごい、すごい良かった!

 あれほんとに、律が作ったの?」

「俺が作りました!」


 律の曲は、中学生が作ったとは思えないものだった。


 メロディ、コード進行、キーチェンジ、そのどれもが特徴的。

 歌詞の乗せ方も上手くて、き手は曲に没頭ぼっとうできる。


 独特な旋律せんりつは、歌いこなすには少し難易度が高い。いわゆる「歌い手」の人たちが「歌いこなしてみたい」と思うであろう、ほどよい難易度。


「本格的だし、あのまま配信されててもおかしくない。とにかく、全部よかった!」


 送ってくれた楽曲は、編曲へんきょく済みのBGMに音声合成ソフトで歌をのせていた。

 ふだんはこの状態で、曲を配信しているらしい。




 律の部屋には、パソコンや楽器などたくさんの機材がそろえられていた。


「本格的だね」

「最初はパソコンだけだったけど、ちまちま環境ととのえたんだ。

 インターフェース、マイクにMIDIキーボード……これだけあれば大体のことができる」


 説明を受けるけど、萌には半分くらいしか理解できなかった。


「マイクの正面に顔を向けて、できるだけ動かさないで。

 それ以外は、いつもの感じで歌っていいから」

「わかった」


 さっそく、歌の録音をする。

 律が萌にヘッドフォンをかけてくれた。


 路上で聴いた即興そっきょうの曲にくらべると、しっとりおだやかな曲。


 声を失った人魚を題材にした、歌詞。

 歌うことをうばわれ、声を取り戻したいとなげく。



 ♪―――

 なんだってするわ 探し物は得意よ

 夜空から落ちた星 欠けた月のかけら


 この涙を宝石にしてあげてもいい

 だから私に声を 歌をください

 ♪―――



 これくらい懸命けんめいに求めれば、萌も歌を捨てずに済んだんだろうか。

 もう一度、もう一度。


(わたしも、歌いたい)


 想いを、声にのせて。








 歌い終わると萌は、泣き出してしまった。


 苦しかったのだ。

 やりたいことを捨て、やりたくないことに必死になる、そんな生き方が。


「ごめん。こんなふうに歌えるのが……うれしくて」

「萌……」


 ひとしきり泣いて、萌の涙が止まると、律はおだやかに笑った。


「萌の歌、すっげーしびれたよ。

 ずっと、俺の歌を萌に歌ってほしいって思ってたから」

「ずっと……?」


 萌が聞き返すと、律はゆっくりとうなずいた。


「文化祭の合唱部の発表で歌ってたろ。

 ソロパート聴いて、鳥肌とりはだたって……あれからずっと、萌に歌ってほしいと思ってた」


 あぁ、と納得なっとくがいった。


 合唱部を辞める前の文化祭。

 パートをわけて、部員それぞれがソロパートを歌ったのだ。


音感おんかんもいいし、よく響くキレイな声だ。歌わないなんて、もったいないよ」


 律の言葉がうれしくて、萌はふたたび涙を流した。


 律と出会えて、からっぽの心がようやく満たされた。

 こうして歌う場所をくれたことも。

 萌の歌を認めてくれたことも。


 律が、萌の灰色の世界に、光をくれたのだ。








 無事に録音を終え、2人は律の家を出た。


 図書館までの道を、どちらからともなく手をつないで歩いた。


「ごめんね、泣いてばっかで」

「おあいこだから、気にすんな」

「おあいこ?」


 なんのことだ、と考えたが、萌にはひとつだけ思い当たることがあった。


「律ってもしかして、駅で……泣いてた男の子?」

「やっと思い出したか」


 萌の言葉に、律は肩をすくめて笑った。


「俺の、人生で一番最悪だった日な」


 律の病気が発覚はっかくした日。

 実はそれが、2人の最初の出会いだったのだ。




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