ギャルデビューしたアタシ、タイプな地味子を見つめていることがバレて問い詰められました

星乃森(旧:百合ノ森)

ギャルデビューしたアタシ、タイプな地味子を見つめていることがバレて問い詰められました

「付き合ってる人いるんだ~!あぁけど玲奈れいなだもんね、一人や二人くらいいるか」

「まぁね~」

「どこまで行ったん!?もう済ませた?」

「アッハハ!流石に早いって~」



 高校生になってガラッとイメチェンしたアタシは、友達と高校生っぽい話に花を咲かせていた。


 アタシはギャルっぽくなれただろうか。髪を金色に染めて、ウェーブをかけて、耳に穴を開けるのは怖かったからイヤーカフだけど……芋っぽい中学のアタシとはさよならできただろう。


 その答がこの状況だ。こうして話をしている友達も髪色が明るかったり、制服を着崩していたり、派手好きな皆と関わることができているんだから、イメチェンは概ね成功と言っていいだろう。


 だけどなぁ。付き合ってる人?いたことないし今もいないよ……。ましてアタシが二股をかけるなんて、到底できない芸当だ。



「あの」

「ん?あぁごめんね――波多乃さんだっけ?すぐどくよ」



 昼休みの終了間際、背後から声をかけられた。


 名前を確認しながらアタシは座っていた席を離れた。


 その人物は波多乃香織はたのかおり、このクラスの学級委員長だ。どうやら成績は良いらしいし学級委員長をやっているくらいだから、真面目な奴であるのは間違いないだろう。つまりアタシたちとは真反対の人種であるということ。



「あんな地味な子の名前も覚えてあげるとか、玲奈優しすぎでしょ~」

「アタシって良い奴だし?なんてねアハハッ」



 先生が来る直前にアタシは自分の席に戻った。


 ギャルといえど不良ではないので一応授業は受ける。皆だいたいケータイを触るか寝ているか、サボりはしないだけで教室内にはいる。


 一方でアタシはどうしているかというと。



(波多乃、顔が良すぎだろおおお~~~~!)



 波多乃の顔を見ていた。先生の説明なんかよりよっぽど集中して。


 波多乃の横顔を眺めるために授業中も起きているようなものだ。横顔といっても波多乃の席はアタシの斜め前だから、いつでも好きなように全体を眺められるわけじゃないんだけど。


 それでも斜め後ろから見える波多乃の顔にアタシは惹かれていた。


 そう、アタシは顔が良い奴に弱いから……!


 波多乃のフェイスラインは完璧だと思う。スッと通った鼻筋にすっきりとしたエラ、切れ長の目に整えられた睫毛。メイクをせずあの肌艶。艶のあるサラサラな黒髪は今日も手触りが良さそうだ。


 本人が眼鏡をかけていて、さらに前髪を長くしているせいで素顔を見られる機会は滅多にないんだけど、体育の授業で覗いた波多乃の顔はアタシの心臓を撃ち抜いた。


 波多乃が地味だと!?お前らはどこに目をつけてるんだ!むしろ波多乃こそ最強の美人じゃないか!!正にアタシ好みの顔なんだよ!



(ヤバっっ!目があった!?)



 波多乃の横顔に想いを馳せていたら波多乃と視線がぶつかったような気がして、慌てて机に突っ伏した。


 バレた!?


 恐る恐る顔を上げて確認してみると、波多乃はホワイトボードの方を向いていた。良かった、バレていないようだ。



(波多乃ってどういうタイプが好きなんだろう)



 再び波多乃の横顔を眺めて、ふと思う。


 なんというか、アタシは波多乃が気になってしまうのだ。本当なら席をどいた時、名前を聞く必要などなかったのだ。気になる相手の名前など嫌でも覚えてしまうから。


 しかし所属するグループが違うせいで接点というものがない。少なくとも校内で関わる日が来るとは思えない。アタシから声をかけるのがベストなんだろうとは考えつつ、その話題は浮かんでこないま……。


 せいぜいアタシにできることといえば、休み時間に波多乃の席を占領することだけだった。学校生活あるあるの1つ、自分がいない間に陽キャたちが席を使われている……!


 芋学生だったあの頃は“される側”だったけどギャルと化したアタシは“する側”に回ったんだ。いくら友達でも波多乃の席に座らせるのは嫌というか、他の人に座られるくらいならアタシがその座を守ると心に決めたのだ。



 我ながら気が弱いものだと思う。



「おーい寝ているお前ら、起きないと平常点から点数引くぞ~」



 眠っていた友達が先生に起こされていた。


 授業中に寝たり先生に注意されたりするくらい正直どうということもないのに、アタシが波多乃に話しかけるのはその何倍も勇気が必要なことだった。


 それにしても今日は体育がないから残念だ。


 別に体育が好きなわけではない。ただ、身体を動かした反動で前髪がどいてくれれば、波多乃の顔が拝みやすくなるのにと思っただけ。


 波多乃がこのクラスじゃなかったら体育なんて汗をかくだけの、ただのむさ苦しい作業に過ぎない。そもそも運動神経が良い方でもないのに体育は辛い。



「あ~あ……波多乃の顔、もっとよく見たいよなぁ」



 溜まった欲望を独り言として吐き出した。もちろん誰にも聞こえないくらいの音量で。


 波多乃との接点ができたら、アタシが望んだようにその顔を拝むことができるのだろうか。少なくとも遠巻きにするよりはよっぽど近い位置で見ることができるだろうけど。


 しかしてアタシの願望は、予想以上に早く叶うのだった。

星崎ほしざきさん。ちょっといいですか」

「え?」



 放課後、友達ではない誰かに名前を呼ばれた。星崎という苗字は間違いなくアタシだけど、それを呼んだのは意外な人物だった。


 波多乃からアタシの方にやって来るなんて思ってもみなかった。


 もしやギャルになって垢抜けたアタシのオーラが波多乃を魅了してしまったのか……。



「大丈夫、時間は取らせませんから」



 波多乃がチラッと友達の方を向いて言った。一瞬だけ笑ったように見えたのは気のせいだろうか。

 何事かと様子を窺っている友達には、とりあえず呼ばれたから行くとだけ伝えた。



 そしてアタシと波多乃は屋上にいた。


 波多乃から声をかけられてソワソワしているアタシに対して、当の波多乃は至って真面目な表情をしていた。


 いつも席を占領されていることへの仕返しだろうか。それともアタシたちギャルにもっと真摯に授業を受けろと注意して回るのだろうか。



「私にはずっと聞きたいことがあったんです。星崎さんに」



 アタシは屋上を出てすぐの扉を背にしたまま、波多乃の話を聞いた。

 アタシの行く手を阻むように仁王立ちする波多乃から出てくる言葉を待っていると。



「あなた、ずっと私のこと見ていますよね?」

「なんっ……!?な、どうして――」



 バレてる!?

 波多乃から告げられた言葉に、アタシはたた慌てるしかなかった。否定しようにも口が上手く動かない。


 視界がグルグルして景色すらまともに映らない。

 弁明しないと……!!



「その反応からするに私のことを見ていたんですね」



 ほぼ同じ内容で繰り返されるアタシの罪状(?)。どこか愉しそうな笑みを浮かべる波多乃。



「いやぁそれはっ!だからアレだよ……」



 アタシは反射的に何か言おうとして、しかし弁明が続くことはなかった。


 続きを待っている間も波多乃はニッコリ笑っていたけど、その笑顔は綺麗で、同時に有無を言わせないような圧力が感じられた。


 波多乃は分かってて聞いているのだと、半ばパニック状態のアタシでも理解できる。



「そんなに見たいなら、もっと間近で見てみますか?」

「……は?」



 波多乃は眼鏡を外して制服の胸ポケットにしまった。



「!?」



 急に距離を詰めてきた波多乃が勢いよくドアを手で突いた。波多乃の腕がアタシの耳元をかすめる。


 もう片方の手で長い前髪をかき上げ、切れ長の眼が露わになった。アタシ好みの顔が、互いの吐息がかかりそうなほど近くにある状態でただでさえドキドキするのに、ふんわりと甘い香りまでするからヤバいなんてもんじゃない。



「……星崎さん、もしかしてドキドキしてる?」



 口の端を釣り上げて、愉快そうに質問してくる波多乃。なんだ、なんなんだこいつは。

 学級委員長で真面目なはずで顔が良くて、でもクラスでは地味な方で。

 そんな奴にこのアタシが……!



「ドキドキなんて、そんなわけ――」



 そう、波多乃の壁ドンでアタシの鼓動は速くなっていた。

 だけど小馬鹿にされたような感じがして気に入らなかったから、調子に乗るなと言ってやろうとした。



「ふ~ん……これでも?」

「ちょっ!?」



 図星を刺されて焦るアタシに追い打ちをかけるように、波多乃はアタシの顎を指でクイっと上げた。

 壁ドンに顎クイという創作の中でしか見ないような行為を、現実にされているアタシ。しかもその相手は顔が好みで目立たない奴で、どちらも初めてだったのに半ば追い詰められるようにされている。


 それでもなお、アタシの鼓動は速くなる一方だった。

 思い描いていたシチュエーションとは丸っきり違うけど、波多乃の顔を近くから見るという願望は叶ったから。

 そしてアタシが顎に触れる指に気を取られているうちに、波多乃はもっと大胆な行為を仕掛けてきた。



「波多乃!?何してんの!?」

「知らない?星崎さんみたいな夢見がちな人なら知っていると思うけど」

「人をなんだと思って――やぁっ……!!」



 波多乃の脚がアタシの両脚の間に割り込んで、柔らかい太ももを押し付けた。

 スカート越しに伝わる柔らかい感触がアタシを変な気分にさせる。



「このまま、しちゃう?」

「し、しちゃうって何を……」



 アタシの質問は無視して波多乃はゆっくりと、さらに顔を近づけてきた。

 レンズを介さない波多乃の瞳には妙な力強さがあって、アタシは指一本動かすことすらできなくなっていた。

 ただ身体を震わせて、両眼をギュッと瞑るので精一杯だった。



「…………ふっ」



 アタシが目を閉じてしばらく経っても、何も起こらなかった。

 代わりに波多乃の鼻で笑うような声がして恐る恐る片目を開けた。



「フフッ!あはははっ!星崎さんってば面白すぎ!」



 堪えきれないという様子で豪快に笑いだす我らが学級委員長。

 一体なんだというのか。どうして波多乃が笑いこけているのか――おい待てこいつ、さてはアタシの反応を面白がってる!?



「波多乃!アタシのこと、からかったんでしょ!」



 目元の涙を拭っている波多乃にアタシは抗議した。

 アタシがどんな気持ちだったか分かっていて試したんだ!さっきまでのドキドキを返して欲しい!



「うん。だって星崎さん、いちいち反応が可愛いから」

「茶化さないで!」

「茶化してないよ。さっきもそうだけど星崎さんの反応がだから、つい悪戯したくなっちゃうの」



 笑い終えた波多乃は息を整えて説明した。



「私が星崎さんの視線に気付いていないとでも思ったの?ちょっと目を合わせたらすぐ逸らすなんて可愛らしいところあるじゃない?それでこうやって相対したら目を瞑って震えるだけなんて……もし中身までギャルならそうはならないかな?もうね、私は確信してるの。星崎さんは見た目がちょっと派手なだけで、中身は超純情な子だって」

「――っ!」



 痛い所を突かれた。

 ギャル友と上手いこと付き合っていたアタシが、芋を脱したはずのアタシが、よりによって初めて話したばかりの波多乃に本質を見抜かれた。



「それでどうしたい?星崎さんは私とどうなりたい?」



 こうしている間も壁ドンされて逃れられないアタシ。

 身長はそこまで変わらないはずなのに、眼前の女の圧迫感が半端なくて身動き一つできない。


 もうかれこれ何分という単位で、アタシの心臓はいろいろな意味で早鐘を打っていた。

 とりあえずこの状況を脱するべく口を開こうとはするけど。



「どうなりたいって、」

「緊張して喋れないなら仕方ないな~……私はいつでもウェルカムだから。星崎さんの心の準備ができたら相手してあげる」



 アタシの唇に人差し指を当てて、波多乃は一方的に言葉を残して屋上から去っていった。

 一人取り残されたアタシはその場にペタリと座り込んだ。腰が抜けて立てないのだ。



「なんだよ、もう!!!」



 座ったままアタシは叫んだ。

 いいようにされて自分が怒っているのか喜んでいるのかも分からない。

 だけど一つだけ確かなことがある。それは、波多乃香織という人物の裏の顔を見てしまったということだけだった。

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