全裸

   ◆◆◆



 少女をおんぶしたまま廊下を歩くこと数分。とある部屋の前で止まった。

 他の部屋の扉とは違い、扉には杖に巻きついた蛇の紋章が刻まれている。ここが暗部の治療室だ。

 ノックすると、扉の向こうから気だるげな返事が聞こえた。

 扉を開け、中に入る。中は俺たちの部屋より広く、薬の独特の匂いが鼻先をくすぐる。が、数え切れないほどお世話になった俺としては、むしろ安心感さえある。


 3つあるベッドのうち、1つが盛り上がっている。また寝てるのか、こいつ。



「邪魔するぞ。セイ、急患だ」

「んあぁ〜……起こしてぇ〜」

「自分で起きろ」

「ウノくん、厳しい……」



 布団を被ってたセイは芋虫のように動くと……しゅるり、と布団が落ち、セイが現れた。……全裸姿で。

 特徴的な長い耳と、絶世の美女と言うべき美貌。

 純白の肌を彩る、ライムグリーンのロングヘアー。薄く開けられた目の奥には、光のない薄ピンク色の瞳が見える。

 ハリのある乳房と細いくびれ、張り出した腰付き。すべてが1つの美術品の様に美しく、淫靡だ。


 彼女はセイ。暗部唯一の治癒要員で、エルフの亜人である。



「服着ろ馬鹿野郎」

「ぶべ!? ちょ、ウノくん、痛いじゃないか!」



 もう見慣れた俺には、セイの全裸とかどうでもいい。椅子にかけていた白衣を投げつけ、少女をベッドに寝かせた。



「んむぅ〜……? 誰それ?」

「任務中拾った。怪我してるから、治療を頼む」

「ええ、わかったわ。じゃ、ウノくん。ちょっとどいてくれる?」



 セイに言われてベッドから離れると、全裸に白衣だけを着たセイが、少女に手をかざす。



「まずは状態をチェックしないとね。精霊さん、お願い」



 セイの手から、桃色の球体がいくつか現れ、少女の体を撫でるように飛んだ。

 亜人の使う魔法は、人間とは少し異なる。

 人間は内に魔法属性を宿していて、それが瞳の色となって現れる。対して亜人は、種族によって使える魔法が違ってくる。

 龍人族は炎。

 獣人族は身体強化。

 ドワーフ族は土。

 そしてエルフ族は、精霊。精霊の力を借りて魔法を使うのが、エルフ族だ。

 借りられる精霊の属性は、人間と同じで目の色で決まる。その中でもセイは希少中の希少である、治癒の精霊から力を借りられるらしい。


 精霊が少女の体をくまなく調べると、セイはゆっくりと目を開けた。



「可哀想に。外側だけじゃなくて、内側もめちゃめちゃよ」

「まさか亜人狩りの奴ら、こんな小さい子を……?」

「そっちは大丈夫そう。でも、物理的虐待や、魔法の的にされてる感じね。内臓系のダメージが計り知れない……治すのも、時間かかるわ」

「そうか……わかった。セイ、治療を頼む」

「任せなさい。──《%¥<×€》」



 セイが俺には聞き取れない言語を口にすると、少女の体をピンク色のオーラが包んだ。

 少しずつだが、身体中の傷が治っていく。痛みでしかめていた少女の表情も、安らいできた。



「1時間、このまま安静ね」

「いつも助かる」

「気にしないで」



 ベッド脇の椅子に座り、少女の頭に手を添える。

 と、セイが不思議そうな顔で、コーヒーの入ったマグカップを手渡してきた。



「それで? その子、どうするの?」

「育てることになった。俺とドゥーエで」

「ぶーーーーっ!!」



 え、なに。そんな驚くこと?

 コーヒーを吹き出したセイが、目を瞬かせて俺を見る。



「そ、育てる? あんたたちが、子育てするってこと?」

「そう言ってる」

「……ぅぅ……」



 泣いた……!?



「ちょ、セイっ。なんで泣いて……!」

「だ、だって、あのちんちくりんキッズ共が子育てなんて……成長したのねぇっ」

「うぉぶっ!?」



 ちょっ、抱きつくなバカタレ! お前、白衣だけの全裸だろ! これはやばいっ、絵面的にやばいから!

 腕力にものを言わせて無理やりセイを引き剥がし、少し距離を取る。

 セイは残念そうに顔をムッとさせたが、すぐ優しそうな微笑みを見せた。



「でも……そう。大変だろうけど、頑張んなさいよ。私たちも協力するわ」

「そう言ってくれると助かる。子育てとか未知の領域だからな。セイは暗部の中でも最年長だし、経験も豊富だろ。アドバイスを貰えると嬉しい」

「そっ、そそそそそそそうねっ。伊達に1000年は生きてないわっ。な、何かあったら私が完璧に補助してあげるから……!」

「そ、そうか……?」



 目が泳いでるように見えるのは、気のせいだろうか。



「それじゃあ、風呂入ってくる。今ドゥーエが服を買いに行ってるから、それまでにこの子の体を清めてやってくれ」

「ええ。隅から隅まで綺麗にしてあげるわ、ぐへへ」

「変なことしたら殺す」

「あらやだ。パパ怖い」

「誰がパパだ」



 流れで請け負っただけで、パパなんておこがましい。世の父母に失礼だろ。

 少女をセイに任せ、自室から着替えを持って風呂場へ向かう。

 部屋にもシャワーはついてるが、任務後はでかい湯船に浸かりたい。血を浴びて汚いし。

 風呂場に着くと、中から人の気配がした。この気配……クアトロとチクエか。



「む? おおっ、ウノ! 息災か?」

「……ウノさん、やほー……」

「クアトロ、チクエ。お疲れ」



 風呂上がりなのか、全裸の2人に出迎えられた。

 逆立った茶髪と薄黄色の鋭い眼光。筋骨隆々で、暗部の中でもトップの身長と力を持つ、クアトロ。

 赤黒いウルフヘアと、やる気のないおっとりとしたエメラルド色の瞳。背は小さく華奢で、パッと見……いや、よく見ても少女のようにしか見えない少年、チクエ。

 例に漏れず、この2人の瞳にも光は宿っていなかった。


 俺も服を脱いでいると、いち早く着替えたクアトロが腕を組んで見下ろしてきた。



「ゼロから聞いたぞ。ウノ、父親になるらしいな」

「情報が早すぎだろ……ああ、成り行きでな」

「成り行きでも構わんさ。お前は今まで、暗部として国に尽くして来た。人並みの生活をしても罰は当たるまいて」



 豪快に笑うと、クアトロは半裸のまま脱衣所を出ていった。

 人並み、か……いったいどういうのが人並みなんだろうな。

 と、今度はチクエが俺に近づき、優しく肩を叩いた。



「……ウノさん、応援してる……」

「手伝ってはくれないのか」

「……むり……子供、苦手……」



 チクエは本気で嫌そうな顔をすると、逃げるようにして脱衣所を後にした。

 あいつの気持ちはよくわかる。俺だって、子供なんてどう接したらいいのかわからない。

 なるようになる……なんて無責任なことは言えない。



「……どうしてこうなった……」



 俺は心の中のモヤモヤを洗い流すべく、乱暴に服を脱ぎ捨てて風呂場に入っていった。

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