ウノの葛藤/ドゥーエの葛藤

   ◆◆◆



「ほうほうほう? なるほど。それでその子を拾って来たのかい?」

「近い」



 そのにやけ面をやめろ。

 妙に楽しそうなゼロを押しのけ、俺の腕に抱かれている少女を抱え直す。


 あの後、俺たちは丸一日かけて俺たちのアジトに帰ってきた。

 道中、少女はずっと眠ったまま、俺の腕の中にいる。深く眠らせたつもりはなかったんだけど、久々に安眠できたのか、起きる気配がない。ずっと指を咥えて眠っている。



「それで、どうするつもりだい?」

「暗部で保護できないか?」

「うーん……してあげたいのは山々だけど、生憎、僕が忙しすぎてね。国王陛下のわがままを、いろいろと聞かなきゃいけないのさ」



 ミニュエール王国騎士団。通称、『暗部』。

 騎士団とは、ミニュエール王国の剣であり盾である武装集団。戦争時に、王家や国を護る者たちだ。

 対して騎士団とは、国に仇なす存在を秘密裏に消す、言わば暗殺集団。

 ゼロを中心に1ウノから9ノーヴェで構成されていて、国王の命令ひとつで命を投げ打って敵を殺す。死んでも世に知られず、功績を挙げても讃えられない。


 それが俺たち、暗部だ。


 ゼロは口元を手で隠して思案する。

 待つこと数分。「そうだ」とゼロが口を開いた。



「ウノ、君が面倒見なよ」

「……は?」



 今、なんて言った? 俺が面倒を? 冗談だろ?

 しかしゼロは冗談じゃないのか、うんうんとにこやかに頷いた。



「僕が拾ってきてから、ずっと殺しの技術ばかりを教えてきたからね。そろそろ、殺し以外のことをやってみてもいいと思って。人生の幅が広がると思うよ」

「だ、だからって、子供を育てるなんて……!」



 子育てなんて俺にできるわけないだろう。

 今まで殺しのテクニックしか教わってこなかった。必要最低限、生きるための飯は作れるけど、それ以外はからっきしだ。

 そんな俺に、子供を育てろだと? 絶対、絶対に無理だ。

 断ろうとすると、ゼロは手を挙げて俺を静止した。まだ続きがある、とでも言うように。



「もちろん、君だけでは大変だと思う。その子は女の子みたいだし、男の子とは勝手が違うだろう。だから……ドゥーエ。君も一緒に育てるんだ」

「はぁ!?」

「わかりました」

「ドゥーエ!?」



 なんで即答してんの、こいつ! 意味がわかって言ってるのか!?

 振り返ると、ドゥーエはいつもの無表情でゼロを見ていた。



「つまり、私とウノでこの子の親代わりをしろ……そういうことですね、ゼロ」

「そういうこと」

「わかりました。承ります」



 なに? 理解してないの俺だけ? なんでこの2人はあっさり受け入れてるわけ。特にドゥーエ。



「どぅ、ドゥーエ。いいのか? だって、子育てだぞ? 多分大変だぞ?」

「もちろんです。むしろ、あなただけに任せる方が心配ですし」

「そりゃそうだけどさ……仕事と両立するのも大変だろうし……」

「ウノ……世の両親は、仕事をしながら子育てをするのは当たり前です。私たちだけが特別ってわけじゃないんですよ?」



 はい、おっしゃる通りです。

 しかもドゥーエの目の奥に、確固たる意志を感じる。いつもと同じ光のない青い瞳なのに、これだけは譲れない、みたいな。



「だ、だけどさ、こんな薄暗い場所で子育てってできるのか?」

「その辺は大丈夫。僕が国王陛下に掛け合って、いい場所を用意しておくよ。いつもわがままを聞いてるんだ。これくらいのわがままは聞かせてみせるさ」



 おお、ゼロがいつになく頼りになる。いつもは引きこもって命令してばかりの糸目男なのに。



「ウノ、今失礼なこと考えなかったかい?」

「気のせいだろ」

「そうかい?」



 あっぶな。なんで俺が考えてることわかんだよ。



「それで、ウノ。あとは君だけだ。どうする? その子を育てるか。大自然の中に捨ててくるか。君が選ぶんだ」

「……それ、選択肢を提示してるようで、完全に一択だよな」

「ふふ。で?」



 ゼロがにこやかに前のめりになり、ドゥーエも静かに圧を強めた。



「……やるよ。やってやる。子育てだろうがなんだろうが、こなしてやるさ」

「そうかっ。君ならやってくれると思ったよ」



 白々しい……。

 ゼロは手を叩いてにこにこと笑うと、俺たちを舐めるように見てきた。



「それにしても……図らずもウノが父親で、ドゥーエが母親みたいな構図になったね。意外とお似合いじゃないか?」

「馬鹿言え。俺なんかに付き合わされるドゥーエが可哀想だろ」

「そうかな。僕はとても素晴らしいと思うけど」



 どこがだ。見ろ、ドゥーエのやつ、怒りすぎてリアクションをまったく取ってないぞ。無表情すぎて怖いくらいだ。

 ゼロは俺たちを見て微笑むと、パンッと手を叩いた。



「さて、ドゥーエ。君はその子に似合う服を買って来なさい。お金は後で請求してくれたまえ。いくらでも出そう」

「わかりました。では、夫婦に見合う私たちの服も見繕っても?」

「許可しよう」

「ありがとうございます。失礼します」



 あ……行っちまった。

 なんかいつもより動きが機敏なような……怒りのやり場に困ってるのか?

 首を傾げると、ゼロがそっとため息をついた。



「ウノ。君は本当に残念な子だな」

「は?」

「いや、なんでもないよ。君はその子をセイのところへ連れていきなさい。治療し、身を清めて貰うんだ」

「……わかった」



 なんか釈然としないけど、暗部の人間として、決まったことには従うだけだ。

 それに、まずはこの子の傷を治療するのが先か。

 少女をおんぶし直し、俺はセイのところへ向かった。



   ◆ドゥーエ◆



 足速に自室へ戻ると、クローゼットを大きく開いて中の服を吟味する。

 王都へ買い物に行く時は、王都の人間に紛れなければならない。下手な服装では、私が闇に携わる人間だと気取られる可能性がある。それだけはあってはならない。

 今回は少し甘ロリっぽい……いえ、流れとは言え私は母になるんです。少し落ち着いた服装にしましょう。


 …………。



「…………」



 …………………………やばい……。

 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい……やばいッッッ!!!!



「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……!!」



 ローブを脱ぎ、どうしていいかわからず部屋の中をぐるぐる回る。

 多分、今の私は誰にも見せられないくらい、口角が上がってるだろう。顔も真っ赤のはずだ。

 筋肉コントロールの訓練も、精神安定の訓練も修めている。けどこの感情だけはコントロールできない。



「ぅ……う、ウノと、夫婦……仮とは言え、夫婦……!!」



 嬉しすぎる、嬉しすぎるっ、嬉しすぎるッ……!

 密かに想いを寄せていたウノと……夫婦だってぇ〜……えへへぇ……。



「ハッ……! だ、ダメですよドゥーエ。これは任務のようなもの……仕事です、仕事。浮かれているようではダメですっ」



 頬をぺちぺち叩き、鏡を見る。

 ……美容院、行ってこようかな……って、ダメですって!


 それからしばらく。顔のニヤけが収まるまで、私は部屋にこもっているのでした。

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