第4話 スコップの歌で踊れば集中力が大幅アップ

 おばあちゃんとおじちゃんと、ついでにおじいちゃんと朝ごはんを食べ、リュックにおやつと必要そうな物を入れ、準備万端で地下の地味な場所へやってきた。いい感じに、ボクのかわいらしいお手てに似合う小さな白いシャベルで掘りやすそうな土壁の前ということだ。


「では、踊ります。スコップの歌」

 一緒に来ていたおじちゃんにそう言ってうやうやしくおじぎをした。

 おじちゃんもつられるようにちょっとだけおじぎをする。大人な感じだね。必要最低限っぽい対応。従兄のケンちゃんだとこうはいかない。


「スコップぅ~コップぅう~」

 ちょっとだけ神楽舞っぽい振付を入れてみた。

「ショウ」

 シャベルを鈴のように持ち上げたところでおじちゃんが声をかけてきた。

「なに」

 いいところなのにな。腕を上げたまま返事した。

「それは必要ない」

 ボクが気持ちよく歌って踊っていたのに、おじちゃんが淡々と止める。

「歌って集中力を高めなくても異世界に行けるように、ヒヒイロカネの割合を増やしたんだから」

 たしかに、その通りである。そもそも、シャベルの性能を上げてくれとお願いしたのはボクでもある。


「でも、やっぱり異世界に行くんだから、それなりの心の準備が必要で、踊ることによってボクの気持ちも整うっていうか……」

 この踊りは無意味な物ではない。歌って踊るだけで、ボクの集中力が上がるというとっても優れモノなのである。


「まだ仕事が残っているから、早く戻りたい」

 おじちゃんは淡々と言った。歌って踊ることでほどよく上がっていたボクの気分がこうもあっさりと落ちるとは。さすがボクのおじちゃんだ。


 作業場に戻ってまた村おこしのバッチを作るんだね……。

 おじちゃんはシャベルがちゃんと使えるのか確認に来てるだけだもんね……。


「ぴっぴ」「ぴぴ」「ぴぴっぴぃ」

 オリちゃんたちも、ボクの歌と踊りは観たいけれど、早く異世界へ行くトンネルを掘りたいと言ってきた。

 無念である。

 踊れないのは残念だったけれど、ボクにはオリちゃんとハルちゃんとコンちゃんの入った白いシャベルがある。


「ぴっ」

 ボクを慰めてくれるかのようにオリちゃんが出てきた。ボクは小さくうなずく。せっかくオリちゃんたちと異世界探検できるんだもん。それでちょっと浮かれていたことは否めない。


 意気消沈したけど、シャベルで土壁を掘る。ざっくざっくと掘る。おじちゃんはそれをじっと見ていた。一応、ボクしか使えないシャベルだから、おじちゃんは試し掘りができない。他の人でもただのシャベルとしては使えるけど。


 ボクの集中力をまったく上げていないのに、むしろ落ちているくらいなのに、ちょっと掘っただけでカチンと高い音がして、それが砕けた。

「おうっ」

 何気に驚いた。


 こちらの世界と異世界との間にあった薄い壁が壊れた気がした。思っていたより薄い。でもここまで脆くはないはずだった。

 バラバラバラと土とは思えない崩れ方をして、穴が開いた。

 地下にいるはずなのに、崩れた壁の向こうに青空が広がっていた。


「おじちゃん、異世界? これ、異世界?」

 思わずおじちゃんに聞いていた。

「たぶん」

 ボクが感極まっているというのに、おじちゃんは淡々としていた。表情、あんまり変わんないもんね。いくら地下に籠って作業していることが多いからって、表情筋はちゃんと鍛えた方がいいと思う。


「もうちょっと感動とかないの?」

 シャベルを握っておじちゃんに言う。シャベルからはオリちゃんたちがボクと同じように喜んでいるのがわかる。


「まあ、想像通りだったから」

 本当に何でもないことのようにおじちゃんが言った。

 おじちゃんはすごい職人さんである。だから、こうなることはわかっていたようだ。ここへは異常事態が起きた時のために来てくれてたのだろう。


「それでもちょっとくらいは驚きとかないわけ?」

 ボクがこんな偉業をなしたというのに。

「ショウならできると思ってた」

 ちょっと、っていうかすごく嬉しくなった。

 おじちゃんは地味だけど、いい言葉をいつも言ってくれる。

 かっこいいよ。顔は地味だけど。よく見れば整っていないこともないし。


「じゃあ、楽しんでこい」

 おじちゃんはそう言って、地上に戻って行った。


 村おこしのバッチを作りに行くんだね。村の人たちは、思っている以上に無理難題を言ってくる。おじちゃんはそれを無表情で難なくこなしてしまうから、またさらなる無理難題がやってくる。負のスパイラルだね。おじちゃんは完成度を高めるために自分を追い込むマゾ体質なんじゃないかと思う。


 ボクはおじちゃんがくれた空色のバッチを外し、それを改めて見る。ゆるゆるした丸に近い楕円にゆるゆるした点が二つあるだけなのに、なんともいえない味を出している。なんて絶妙なゆるキャラなんだ。無造作なのに、いい場所に点がついている。完璧なフォルム。美的センスも天下一品。

 そしてそれをまた付ける。ちっちゃなボクでも簡単に脱着ができて外れない。


 これができるのはおじちゃんだけ。

 だから、おじちゃんがバッチを作りに戻って行くのは正しい。


「行こうか。オリちゃん、ハルちゃん、コンちゃん」

 シャベルに向かって話しかける。

「ぴ」「ぴぴ」「ぴーぴー」

 ボクには、心強い相棒がいる。


 でも、ちょっと淋しいかも。

 ケンちゃんが来てくれるといいんだけど、それはまだ早い。中学三年にもなってまだまだお子ちゃまだから、わが一族の秘密を語るわけにはいかない。語られていないから伝説の金属のオリハルコンのことは伝えられない。


 なるようになるだろう。

 おじちゃんも言ってたし、異世界を楽しんでこよう。


 ボクはシャベルで穴を広げつつそこを通って行った。


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