いとお菓子
石衣くもん
第1話 ショートケーキとイチゴのリレーションシップ
「『毎月二十二日はショートケーキの日』だって」
阿保みたいな顔を一層緩ませて、ケーキ屋を指差す要に、わかるように大きく溜め息を吐いた。
「だからなんだよ」
「いや、買おうよ、ショートケーキ」
溜め息だけでは伝わらなかったようなので、今度は思いきっり眉間に皺を寄せて「却下」と言った。
「なんでだよお、買おうよ、ショートケーキの日なんだぜ」
子供のように駄々をこねる成人男性なんて見るに耐えない。立ち去ろうとする僕の服の裾を掴んで地団駄踏む姿は苛立ちを通り越してゾッとさせる。
結局、この甘党な男になんだかんだ甘い僕は、二人分のショートケーキを購入した。まんまとケーキ屋の策略に乗せられたようで釈然としないが。
帰ってきて、早速ケーキにありつこうとした意地汚い要に、
「外から帰ってきたら、まず手洗いうがい!」
と、お母さんみたいなことを言って、洗面所に放り込み、手洗いのポンプから泡がでてくるハンドソープを見て
「へへ、ホイップクリームみたいだぜ」
なんて馬鹿みたいな顔で馬鹿みたいなことを言った要は、
「でもなんで『毎月二十二日はショートケーキの日』なんだろ」
と続けた。
確かに、二十二日がショートケーキと結びつかない。◯◯の日というのは、こじつけだろ、と思うものでも何かしら理由があるはずだ。十月一日が数字表記だと「1001」で眼鏡の形に見えるから眼鏡の日、というのを何かで見て納得いくようないかないようなと思ったことを思い出した。
「あ、泉ストップ! スマホで調べないで!」
今まさに、検索エンジンの検索欄に「ショートケーキの日」と打ち込んでいてた僕に、慌てて要が走りよってきて、スマホを取り上げられた。
「なにするんだよ」
「なんでも文明の利器に頼って考えずに調べてると脳が老化するってテレビでやってた」
それは、知ってることを思い出せない時の話で、知らないことは知らないままでは、と思ったが、
「だからな、ショートケーキ食べながら、一緒に考えようぜ」
と、そんなにわくわくした顔を見せられたら、それを却下する術を持たない僕は首を縦に振るしかないのだ。
「いただきまーす」
語尾に音符が付きそうなくらい、上機嫌でショートケーキを口に運ぶ要に、思わず頬が緩みそうになって、慌てて口を真一文字に引き締めた。正直、要はかわいい。女の子みたいというわけではなくて、愛嬌があるといえばいいのだろうか。
僕は要が甘いものを口に入れた時の、あの幸せそうな、花が綻ぶような笑顔が密かに好きなのだ。けれど、それを要に悟られるのは良しとしない。無理矢理、自分の気を反らすために、
「で、お前の考える『毎月二十二日はショートケーキの日』の理由は何なわけ?」
と、要に問いかけた。すると、口端にクリームをつけた要は、不敵にふふふと笑った。
「ずばり、ショートケーキ公爵の誕生日が何月かの二十二日なんだ! その日付だけもらって『毎月二十二日はショートケーキの日』とみた!」
「僕、正解知らないけど絶対違うと思う」
なんだよ、ショートケーキ公爵って、サンドイッチ伯爵の友達か。なにゆえそれで不敵な笑みを浮かべたのかは謎だが、めげない要は、
「じゃあ野球のショートの背番号二十二つけがちとか!」
と、とんちんかんなことを言った。いや、百パーセント違うとは、正解を知らない僕は言えないが、九十九パーセントは違うだろう。
「なんだよ、人のこと馬鹿にばっかりして! なら泉が思う『毎月二十二日はショートケーキの日』の理由ってなんだよ!」
むっとした顔で言ってきた要に、う、と返答に詰まった。だって僕だって答えを知らない。頭をひねって、二十二という数字を考える。二十二、二十二番目。
「あ、こんなのはどうだ? アルファベットの二十二番目がVだろ? それがショートケーキの形に似てるから」
我ながら苦しいが、ショートケーキ公爵よりはましだ。そう思って要を見ると、スマホを見ながら、小馬鹿にした笑顔で、
「ふふん。『ショートケーキの「ショート」には、カットされたケーキという意味は含まれていない』らしいから、丸いホールケーキもショートケーキらしいぞ」
「お前、それスマホで調べてるだろ!」
「もう俺はショートケーキ食べ終わったもーん」
そう言った要の皿からは、綺麗にショートケーキが消えていた。確かにショートケーキ食べながらと言っていたが、こっちはまだ手をつけてすらいないのに。きっと飽きっぽいこいつは、もうこの話題はいいやと思ったのだろう。なんだか置いてきぼりを食らったみたいで脱力した。
「いいや、もう。答えは?」
「これはちょっと、おおーってなるぞ。七日刻みのカレンダーで、二十二日の上は十五日、つまり一と五でイチゴ。イチゴが上に乗ってるから、二十二日がショートケーキの日なんだってさ」
これは思いつかないね、と要に笑いかけられた僕は、やっぱり納得いくようないかないような。
そんな僕に対して、要は肩をすくめて笑いながら、
「まあ、何だっていいや。こんなに美味しいんだもの、毎日ショートケーキの日でも良いくらい」
そう言って、僕の手付かずのショートケーキの上にのっているイチゴを、ぱくりと口に運んだ。その悪行に、心底腹を立てた僕は、
「有言実行な」
と、朝昼晩と毎食、必ずショートケーキを出してやったら、三日目の朝ごはんで音を上げた。
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