ぼくと世捨て人

国樹田 樹

第1話 保護者代理は世捨て人


 ぼく、藤堂円とうどうまどかの祖父の家は、とても古い日本家屋だった。


 日本家屋っていうのは、爺ちゃん婆ちゃんが好きな時代劇とかによく出てくる家のことだ。


 厳めしい造りで、古材が放つ独特の臭いと暗さは、子供心にそら恐ろしく感じた。


 巨大な母屋に離れ。薄汚れた蔵は雨が降ると祭りで見るお化け屋敷よりも何倍も迫力があった。


 そのうえぼくの祖父である藤堂栄一郎とうどうえいいちろうは町では変わり者、もしくは偏屈者として有名で、他人を寄せ付けない、かなりの変人とされていた。

 滅多と外に出ず、顔を見るのはゴミ捨ての時くらいだとか。

 そういう人のことを、世間では『世捨て人』って言うらしい。


 確かに十年前に祖母を亡くしてからは、娘であるぼくの母とも年に一度会うかどうかで、こっちから連絡を取らない限り音信不通状態になってしまうような、家族とすら関わりを最小限にするそんな人だった。


 で、ぼくがどうしてじいさんの事なんかをこんなに気にしているかというと―――悲しいかな、この度ぼくの「保護者代理」を引き受けたのが、このじいさんだからである。


 なんでそんなことになったのか。

 これには理由がある。


 と言っても今時珍しくもなんともない。

 よくある親の「離婚」ってやつだ。


 去年の冬、つまりぼくが五年生の時に母さんは父さんと離婚した。


 父さんは元々ほとんど家に帰ってこなかったし、母さんと顔を合わせれば口喧嘩ばかりしていたから、離婚したことはべつに気にしてなかった。

 正直、生活さえできれば良かったからだ。

 友達によく「お前って結構ドライだよな」とか言われたけど、こういう性格でよかったと今では思う。


 けど、六年生になった夏休み。

 母さんに紹介された再婚相手の男は、母さんより二つ年上で三十七歳。

 どこにでもいる中肉中背の平凡なおじさんで、母さんが言うには初婚らしい。

 三十後半まで結婚せず独り身というのも今じゃよくある話だけど、その男はどうも『子供嫌い』らしく……とまあ、ここまで話せばもう察しはついただろう。


 そんなわけで、ぼくはこの度晴れてじいさんの家に『厄介払い』されたのである。

 一歩違えば施設送りだったところを、この祖父の一声によって難を逃れたのだから、一応感謝はしている。


 ただまあそれも―――無事に生活できれば、の話ではあるが。

 (預け先で酷く扱われる、なんてのもよくニュースで見るし)


 これから話すのは、ぼくとそんな祖父……じいさんとのちょっと『普通』とは違う物語だ。


***


「……部屋はここだ。朝餉は七時。昼は正午、晩飯は七時。風呂は八時から九時の間に入れ」

「はい」


 このじいさんってば長文話せたのか、なんて思いながら、だけど顔にはおくびにも出さずぼくは返事をした。

 もちろん笑顔で。

 愛嬌のある子供を演じるには、こうしているのが一番だからだ。


 が、じいさんには何か気に障ったらしい。

 後ろに流した真白い髪の下で、鋭い眼光がぎらりとぼくを見据える。

 眉間の皺が、くっきり濃く刻まれていた。


「―――笑うな」


 暫し無言の後、ただ一言。

 平仮名にすればたった四文字だ。


 だけど、とても感じの悪い四文字だった。


「……はい」


 むかついたので、同じく無言の後ぼくも仏頂面で返してやった。


 本当は今時ステテコの上に丹前なんて着てる人はいないのに、あんたは波平か、と突っ込んでやりたかった。

 だけど、たとえ気に入らなくともじいさんがぼくの身元引受人であることには変わりがない。

 腹立たしいことにぼくは現実子供で、住む場所や保護者がいなければ生きてはいけないんだ。

 母さんがぼくをじいさんの元に連れてきた時、じいさんはぼくに「十八までだ」と言い放った。

 高校を卒業したら出て行けということらしい。

 ぼく自身そのつもりだったから別段不満はなかったけど、やっぱり言い方にはむかついた。

 十二歳の子供に、大人が言う台詞とは到底思えない。

 そんな事を言われても笑顔で「お世話になります」と頭を下げたぼくの方が余程大人だと思う。

 無論、じいさんはぼくの笑顔に今と同じ仏頂面しか見せなかったけど。


 とにかくまあ……ぼくとじいさんの生活はこうして始まった。

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