125KBと312bitで52文字の恋だから

邑楽 じゅん

第1章 のろわれてしまった!

 それはちょうど高校一年生の二月のことだった。

 俺の叔父さんが亡くなったという知らせが届いた。


 子供の頃は確かに一緒に遊んだ記憶はあるけど、俺が小学校に入ってすぐくらいには会わなくなった。

 父さんが実家に遊びに行かなくなったから。

 理由は叔父さんが引きこもり出してからだ。

 仕事で失敗をしてから病むようになり会社も辞めて、彼女にもフラれてアパートから転がり込むように実家に戻ってきて暮らし始めた。

 そんで次の仕事を探すでもなく、そのままゴロゴロと。

 そういう叔父さんにキツく当たってた父さんは兄弟仲も険悪になっていて、しばらく実家と疎遠になってた訳だ。


 いや、実際には俺もじいちゃんばあちゃんには会ってた。

 実家の中にいると父さんが叔父さんを刺激するからって、時間を合わせて外のレストランとかで食事をするくらいだった。

 それから十年ちかく引きこもってたらしい。

 昼夜を逆転させた生活に自堕落な食事、ゲーム三昧。

 死因は心筋梗塞みたいだと聞いている。

 いずれにせよ、その時は警察が来て大変だったようだけど。



 三月のある日、俺たちは久しぶりにじいちゃんばあちゃんに会いに行った。

 四十九日の法要を内輪で済ませたあとは、叔父さんが持ってた大量のゲーム機本体やソフトをどうするかという話になった。

「良かったらしゅうちゃんが全部かたしてくれないかい? 手間賃として売って小遣いにでもしてくれればいいよ」

「えっ、でも叔父さんの大切なコレクションでしょ? いいの?」

「貯金が底をついてからは、あたしらが小遣いを出してたんだ。実質あたしらの物でもあるから、構わないよ」


 なんとなしに吐き捨てるように言ったばあちゃんは苦々しい顔を隠すように湯呑に入っている緑茶を飲んだ。

 濃くて渋い茶が好きなばあちゃんだけど、どっちに渋い想いをしてたのかは敢えてわからない振りをした。


「いいよ、ちょうど春休みだしさ。俺が叔父さんの部屋を片付けるよ」

「じゃあ頼めるかしら?」



 しかし、これが安請け合いだったと知るのは後のこと。

 とにかく量が凄いから、父さんに車を出して貰って週末のたびに何度か行って。

 中古屋やネットフリマに売る前にソフトの確認。

 トリセツは入ってるか。傷はないか。きちんと読み込みはできるか。

 あとセーブデータが有るか無いか。これもいちおうは叔父さんの個人情報にあたるとも言えなくも無いので、とにかく全部消去しておく。

 加えて、中には俺が産まれる前のハードもあって操作方法を確認するためにネットを調べたりと、春休みはあっという間に終わろうとしていた。


 やがて新学期の前日の夜になった。

 叔父さんの荷物もだいぶ片付いてきた。

 交通費や宅配便の送料を差し引いた収支報告はちゃんと父さん経由でばあちゃんにする羽目になったので、即、俺の小遣いになるわけではないが、ピンハネ無しの純然たる利益だ。

 そんな中に一台のくすんだ白と赤のゲーム機を見つけた。

 これは俺も知ってる。最初に発売されて超ヒットしたゲーム機だ。

 最近はクラシックミニなんて再発売されてたり、スウィッチョからダウンロードでソフトを購入できるレトロなやつだ。

 今の写メ一枚にも満たないデータ容量で、日本中のひとを虜にしたRPGゲームが出来ちゃうんだから大したもんだよな。


「これは、なんかレトロ商品目当てでフリマだと高く売れそうだな」

『……だ』


 ん、どっかから声が聞こえる。

 かと思ったら急に室内の照明が消えた。停電か?


『……だれだ』

 やっぱり聞こえる。

 男の人が呻くような声が。

 俺は慌てて立ち上がると部屋のドアノブを回した。

 でも廊下から押さえつけられているのか、ドアノブは全然回らないし、全然ドアが向こう側に行かない。


『われらのねむりをさまたげるのはだれだ』

 男の声は深い残響でこもった感じがするが、その声はどこか聞き覚えがある。

「……ちょっ、叔父さん?」

『これ、一回言ってみたかったんだよな。我らって俺一人だっつーのにな』

 薄暗がりの中に立つ長髪で髭も伸びたパジャマの男。

 身なりはすっかり変わってたけど、よく憶えている。叔父さんだ。

「なんで叔父さんがここにっ!?」


 お化け、もとい叔父さんの幽霊――いや、どっちも一緒か。

 ともかく叔父さんゴーストは勿体ぶったように手をすい~っと前に伸ばすと俺の顔を指差す。

『いいかしゅう坊。俺みたいになるなよ。どんだけリア充を吹聴してても転落はあっという間だ。どうかお前はたくましく、そう、そのゲームの勇者のように立派な者になってくれ』

「だって俺、別に勇者になれないし、王子でもないし」

『ではお前は立派な<何者でもない者>になれ。もしならないと~、そなたは……』


 雷光一閃。

 室内が一瞬だけ明るくなると、途端に耳をつんざくような雷鳴が木霊して、俺の家の壁やドアまで揺れたみたいだ。


 しばらくすると、室内の電気が点いた。

 叔父さんの姿は無い。


 俺は白いボディがすっかりとくすんだ、赤い差し色が特徴的なレトロゲーム機を見た。そこに挿してあったのは、日本で昭和時代に爆発的にヒットしたPRGゲームの第二作目とのことだ。

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