ンナードオーヴァ褒賞戦〜泣き虫召喚士と元気な誤召喚者〜

上津英

第1話 ンナードオーヴァにようこそ

 病院を出たら19時10分だった。

 病気でお母さんが入院してるから、陸上部の帰りにお見舞いに寄ったの。

 お母さん、今日は元気そうで良かった。

 私は……元気じゃない……けど。


「はああぁぁ……」


 盛大に溜め息を吐き、トボトボと雨上がりの道を歩き始める。

 冷たい夜風の中、「この調子で走り切れるかな」と考える。

 週末にある記録会で1500メートルを走るんだけど……。

 まだ練習で1回も、女子中学生の全国平均タイム【5分29秒】を超える走りが出来ていない。


 理由は分かってる。

 つい、最後まで走り抜く事を諦めてしまうからだ。

 1000メートルを超える頃には、足の速い子の背中が随分遠くに行っちゃってて。

 その背中を見ると、駄目。どうしても思ってしまうんだ。


 今から走っても負け確定だ、最後まで走る意味は無い、って。

 なのに息を荒くして走るなんて格好悪いじゃん。

 ただでさえ部内では遅い方で、みんなに着いていくのに必死なのに、なんでこれ以上必死にならないといけないんだろ、って。


「はああぁぁ…………」


 うう、1人脳内反省会を始めると溜め息が止まらない。

 らしくないらしくない!

 『猪も薙ぎ倒すくらい絵梨花は元気』って家族に言われるのが私なんだから!


「元気出そっ!」


 気持ちを切り替えるように赤いジャージから、黄色いスマホを取り出した。

 グループLINE、ゲーム、アニメ配信。

 それらの通知を確認した時。

 雑木林から白い野良猫が1匹、ぬっと出て来た。白猫は足に怪我しているみたいでヨチヨチ歩いている。


 ――同時に。

 その奥から丁度、1台の灰色の車が物凄い勢いで曲がって来た。

 えっ待って待って待って!

 轢かれちゃう!


「危ないっ!!」


 叫ぶや否や道の真ん中に飛び出す。

 ヨチヨチ歩いている白猫をギュッと抱き締め、急いで歩道に飛び移った。

 ――つもりだった。


「きゃっ!?」


 足元が濡れてて、踏み込むどころか滑ってしまった。

 そうだ、ちょっと前まで雨降ってたじゃん。

 体勢を立て直すべくよろめいたのも不味かった。


「っ!」


 車のライトが眩しい。キキーッ! と、急ブレーキする音がすぐ近くから聞こえてくる。

 ――轢かれる!

 この体勢じゃ、この勢いの車からは逃げられない。怖くて白猫をキツくキツく抱き締める。

 変な声が聞こえたのはその時だった。


(ンナードオーヴァに、ようこそっ!!)


 気弱そうな、一生懸命な男の子の声。

 へっ。なにこれ!?

 そう思ったのはでも一瞬。

 至近距離で鳴るクラクションの音に、後は全部持っていかれた。




 その後の事は良く覚えてない。

 いつの間にかしゃがみこんでて、ただずっと目を瞑っていた。胸の音がバクバクうるさい。

 俯いたままうっすら目を開けたら……あれ? 草原に居る??

 ……もしかして……ここ天国?

 そう思った時。

 すぐ近くから人を馬鹿にしきった少年の声が聞こえてきた。


「おやぁ? また召喚失敗かリュべ!? はっ、お前は本当に落ちこぼれだなっ!!」

「クスクス……あれ人間じゃないの? なんで獣じゃなくて人間を呼んじゃうのかしら、あれで勝ち抜ける訳無いでしょうに……才能もちゃんと開花するのかしらね? 本当落ちこぼれなんだから……クスッ」


 ひそひそと嘲笑う声も周囲から聞こえてきた。

 はい?

 召喚? 勝ち抜く? 落ちこぼれ? 才能?

 何の話? 誰の声? 車はどうしたの?

 ガバッと顔を上げ――固まった。


「っ!?」


 まず目に飛び込んで来たのは、雲1つない青空だったから。

 あれ……なんで夜空じゃないの?

 不思議に思ってキョロキョロと辺りを見渡す。

 ここは……丘、かな? 随分高いところにあるっぽい。

 おかしい。それにポカポカ暖かい。

 冬の夜だった筈じゃ? そう言えば腕の中の温もりも消えている。


「えええええ??」


 なんでかヨーロッパにありそうな白い城が近くにある。

 その周りに、高学年から中学生くらいの子が100人近く居た。

 緑髪、紫髪、赤髪……みんな髪の色が日本人離れしている。

 は? え?

 みんな白や黒のローブを着ていた。色の違いはあるけど雰囲気は同じで、制服っぽさがある。


「はっ。リュべ、お前はすぐ泣くなぁ?」


 その子達の視線は、私の真横のリュベと言う少年に集中していた。


「ううう……っ」


 リュべは青髪青眼の痩せた少年だった。

 13の私と同じ、かな? 気弱そう。

 今はボロボロと大粒の涙を流している。


「っ」


 驚きで思考が止まった。

 同年代の男の子がこんなに泣くなんて思わなかったから。


「うん、リュべは不合格だ! 褒賞戦は諦めて村に戻ってあのボロイ家で留守番してたまえ!」

「そんな……っ! う、ロディアッタっ! お願いだから乗せて! 僕はどうしても褒賞戦に出たいんだよっ!」

「駄目だ駄目だ、諦めろ。クラスメイトのよしみでも、そもそも人間を召喚した落ちこぼれを乗せていけるもんか! そんな事したら俺の品性が疑われる!」


 でっぷりと太ったオレンジ髪の少年に、リュべは何かを必死に頼み込んでいるけど、取り合って貰えてない。

 ロディアッタって言うのかな。金にちょくちょく黒い線が入った虎柄っぽいローブを着てる。


「…………まさか」


 そのやり取りを見ながら、ふと1つの可能性が頭を過ぎる。

 人間を召喚。ってもしかして、私の事……?

 と言う事はここは天国じゃなくて異世界。

 なら、異世界に召喚されてしまったのでは?

 と。

 いやいやいや!

 有り得ない事だけど……でもそうとしか思えない。


「もう足掻くなよみっともない。さあ最後は俺の番だ、不合格なんだからさっさとどきたまえ! 学校1の天才の召喚魔法を良く見てろよ落ちこぼれ……ンナードオーヴァにようこそっ!」


 アイドルがやる時のように、ロディアッタが片手をリュベに差し伸べた次の瞬間——その手が発光し、眩しい光に包まれる。

 !?

 なにこれ!? イリュージョン??

 直後。


「えっ!?」


 有り得ない光景に悲鳴をあげていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る