036 「ムカ着火ファイヤーですか?(アレやる?)」

「杖、並びに指輪のデザインは、当社専属デザイナーのミチェラエル・ベルサイーネが担当しており、現代的でありながら、洗練され、尚且つ使いやすいものとなっております」


「ベルサイーネ?(その名前って……ゴージャス先輩?)」


「ああ、お母さんなの、ベルサイーネの。有名な世界的なデザイナーだよ。いくつも賞を取ってる」


 わたくしは自分の杖をもう一度見てみました。

 派手でもゴージャスでもありませんが、どことなく高級感があります。


「性能の方も申し分なく、呪文を唱えてから、0.00024秒で術式の構築を完了し、高速で魔法を放てます。これは当社調べですが、国宝のリュベリオンを除けば最速です」


 サテラさんは、何故かハニー先生を一瞬だけチラリと見ました。


「そして放出量は、栗栖様が先日放たれた魔法、ムカ着火ファイヤーの十倍ほどの魔力量を毎秒で放出し続けられます。これは、この世界にある、ありとあらゆる魔法杖を遥かに上回る放出量となっております」


「うわ、やり過ぎでしょ……」


 ハニー先生はもはや引いているような反応でした。


「あのシェリル様のご息女ですから、当社としましても、このくらいは妥当かと」


 先程から、なーにを言っているのかさっぱりです。

 ですが、わたくしにも一つだけ分かることがありますよ。


「この杖、短いということは、速度型ですわよね?(これさ、短けーから、早いのだよな?)」


「はい、栗栖様は魔力量にとても優れていると伺っておりましたので、発動スピードを重視した速度型の方で開発を進めさせていただきました」


 サテラさんは、ハニー先生に向かって、「先方にも確認済みですよね?」と訊ねました。


「うん、シェリルもそっちの方がいいって言ってたよ」


「なるべくご要望にお応えするように制作しましたが、何点か変更点もございますので、後ほど資料にして、送らせていただきます」


 なんか、キャリアウーマンって感じですわ(二回目)。


「この杖は、ロウランファランカの歴史と、これまで積み上げて来た経験を余すところなく詰め込んだ最高の杖であると、自信を持って言えます」


 ハニー先生は杖を眺めながら、おそるおそる訊ねます。


「……これ、本当にタダなの?」


「はい」


「え、城立つよね?」


「そのくらいは、はい」


「……まじ?」


「お金にはいと目をつけず、最高のものを––––と開発を進めておりましたので」


「はーっ、すっごいねぇー!」


 ハニー先生、先程から凄いしか言ってませんが。

 サテラさんはわたくしに向き直り、


「では、そろそろ魔力登録をさせていただきたいのですが、こちらの杖で構いませんか?」


「問題ありませんわ(大丈夫だ)」


 よく分かりませんが、ハニー先生の反応を見るに凄そうなので、とりあえず了承しておきました。

 タダらしいですし。

 この魔法石とやらも綺麗ですし、杖のデザインも、可愛い指輪も、結構気に入りました。


「では、杖を持ったまま離さないでくださいね」


「はい(ああ)」


 サテラさんが、自信の杖を軽く振ると、わたくしの杖が輝き、杖の周りに何やら不思議な文字列が、複数浮かび上がりました。


「はい、では軽く振ってください」


 言われた通りに軽く振ります––––何も起きません。


「もう一度、お願いします」


 わたくしは、少し不安になりながらも、再び杖を軽く振りました。

 やはり何も起きません。

 ですが、サテラさんは杖を軽く振り、


「はい、魔力登録が完了しました」


 と告げました。

 え、何もしてないのに? 本当に出来たのか、不安になってしまいます。

 いつの間にか不思議な文字列も消えておりますし。


「試しに何か魔法を使っていただけますか?」


 サテラさんにそう言われ、一番最初に思いついた魔法を口にします。


「ムカ着火ファイヤーですか?(アレやる?)」


「ダメに決まってるでしょ」


 ハニー先生に止められました。


「では、オーロラを出しますか?(じゃあ、オーロラ行っちゃう?)」


「昼間から?」


 それもそうですね。


「では、お風呂掃除を(じゃあ、風呂洗うか)」


「ここにお風呂はないけどね」


 確かにありません。


「まあ、雷の魔法でいいんじゃない? お部屋の電気を充電する時に使ってるでしょ?」


「それは毎回セリナがやってくれておりますので、わたくしは自分でやったことがありませんの(それ一度もやったことねーんだよな)」


「あー、詠唱と呪文は覚えてる?」


 もちろん覚えておりますわ。

 えーと、確か––––。


「カミナリゴロゴロ、ビリビリボルト、でしたよね?(アレだろ、ビリビリボルトだろ?)」


 ハニー先生は苦笑いをしました。


「ま、それでいいや。早速唱えてみよ」


 やってみましょう。

 わたくしは、杖を構え––––唱えます。


「カミナリゴロゴロ、ビリビリボルト!」


 呪文を唱えると、杖から勢いよく黒いモヤのようなものが噴出し––––それが空へと舞い上がり、一瞬で広がりました。

 雲––––黒い雲です。

 黒い雲は城を覆うほど大きく膨れ上がり、先程まで晴れていましたが、今は島全体に黒い影を落としています。

 黒い雲は時折、バリッ、バリッと不規則に光っており、今にもカミナリを落としそうな雰囲気を醸し出しておりました。


「シア」


 ハニー先生が呪文を唱える声が聞こえ、雲は一瞬で消え去りました。

 後ろを振り向くと、ハニー先生が例の黒い杖を空に向けておりました。

 ハニー先生は、わたくしの視線に気が付くと、いつものように笑いました。


「あははははっ、あんなバカデカい雷雨見たことある? 今の魔法なら、干ばつ地帯も無くなりそうだねぇ」


「あの、えっと、今の魔法は……(ちょっと待て、あんたが見せてくれた雷の魔法じゃなかったぞ)」


「単純に、魔力込め過ぎだね。サテラ––––サテラ?」


 サテラさんは空を見上げたまま、目を見開いておりました。その後、ゆっくりとわたくしに視線を移すと、心を落ち着かせるようにメガネを掛け直します。


「あ、失礼しました。とても––––とても、凄い魔法ですね。一瞬で、戦略級魔法を放てるなんて……」


「でしょ? 才能あんの、千夏ちゃんは」


「そうですね……凄まじい、才能です」


 そうは言っておりますが、わたくしには才能という言葉で、別の感情を押し退けようとしているようにも見えました。

 だって、後方に控えている魔法使いの方々は、恐怖の表情を浮かべていますもの。

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