022 「やめなって、洒落にならないよ」
呪文は起こしたい現象をなんと呼称するか。
わたくしは。
わたくしの怒りの炎は。
わたくしに精神的な苦痛を与えようとした場所を、いとも簡単に吹き飛ばしました。
ドクン、ドクンと。
心臓の鼓動が高まり、全身に血液が巡るのを感じます。
身体の細胞の一つ一つまでもが思い通りになるような奇妙な感覚を得ました。今なら自分の意思で髪の毛を伸ばせそうです。生命力がみなぎり、尚且つコントロール下に置けているかのような感覚、直感で理解しました、なるほど、これが魔力ですか。
わたくしは––––えもしれない優越感に浸っていました。それは––––教室を吹き飛ばすほどの魔法を放てたのもありますが、自らの力を認識し、行使出来たからです。
「ディアトマーレ先生! 大丈夫ですか⁉︎」
何人かのブルーローズ寮の生徒達は、ガレキの下敷きとなっているディアトマーレ先生を引き出しておりました。
ディアトマーレ先生はよろよろと立ち上がり、「……大丈夫だ」と喉の奥から苦しそうに声を捻り出しました。
ゲガをしているみたいです。着ているローブの右腕は焼き切れ、火傷の跡があります。他にも数カ所、ローブが焼けた跡がありました。
ディアトマーレ先生は、わたくしを見て、怯えるような表情を一瞬だけ浮かべましたが、直ぐに顔をしかめました。
「やってくれたな、クリスティーナ。私は簡単な炎魔法を使えと言ったのだ。それなのに、まさか、教室を吹き飛ばすような魔法を放つとは、何を考えているんだ」
「ムカ着火ファイヤー」
パチンっと。
指を鳴らしますと、先程と同じ大きな魔法陣が現れ、その上空に重なるように次々と巨大な魔法陣が出現しました。
「シア」
しかし、わたくしが生み出した魔法陣は、一瞬にして消されてしまいました。
背後から、コツコツと鳴り響く足音。
ハニー先生でした。
「あーあ、千夏ちゃんったら、そんなに目を真っ赤かにして、怖い顔しちゃって。可愛い顔が台無しだよ?」
ハニー先生は何事も無かったかのように、にこやかに話しかけきました。
「それにあたしがせっかく可愛くしてあげた髪も解けちゃってるじゃん」
確かに、体育前に結んで貰ったポニーテールが解けていました。
どうでもいいです。
「それにしても、今の魔法すごいね。あっ、術式解体については教わった? こーやるんだよ」
ハニー先生は、いつも使っている杖ではなく、黒くて細長い30センチくらいの杖をクルンと振ってみせました。
なるほど、ハニー先生がわたくしの魔法を打ち消しましたのね。
「わたくしはディアトマーレ先生に大切なお話がありますの(邪魔すんなよな、姐御。あたしはこの先生に用があんだ)」
「お話しにしては随分と––––」
ハニー先生は教室のあった場合をチラッと見て、
「荒れてるねぇ」
「本当に物騒ですわね(あんたは、かんけーねだろ)」
「ル・ラパシア」
ハニー先生は再び杖を振り、わたくしの魔法を消し去りました。
今度は無言呪文で、指をパチンとせずに魔法を放ちましたのに。
五発同時に。
あまりの速さに、魔法陣が出現する前に消し飛ばされました。
「千夏ちゃんすごいね、無言呪文でしかもこの規模の魔法を五つ同時に放てるとか、流石シェリルの子だねぇ」
「何故、邪魔をいたしますの?(あんたには、関係ないだろ)」
「だって、そーしないと、この城吹き飛んじゃうしぃ?」
今度は同じ地点に十発同時に放ちましょう。
そして、その魔法を無効化されたとしても、接近して打撃攻撃を行う、二段構えで行きましょう。
最後に頼れるのは、やはり拳です。
わたくしはワザと––––魔法に目を引かせる為––––パチンと指を鳴らしました。
足元に複数の大きな魔法陣が展開されましたが、
「ル・ラパシア」
ハニー先生が杖を振るとわたくしの魔法は一瞬で全て消滅しました。
ですが、関係ありません。
わたくしはディアトマーレ先生に鉄拳を喰らわせる為に駆け出していました。
ですが、間合いを詰める途中でハニー先生がわたくしとディアトマーレ先生の間に急に現れ、進行を塞ぎます。
「やめなって、洒落にならないよ」
「通してくださいな(邪魔だ)」
わたくしはハニー先生の顔面に向けて左ストレートを放ちましたが、
「な、ななななっ!」
「すっごっ、でっかっ!」
ムキっ。
なんなんですか、なんなんですか、なんなんですか!
もうっ、なんで、なんで!
つづけて、怒りのままに振り上げた拳もあっさりと躱され、ハニー先生はわたくしの背後に一瞬で回り込み、今度は両胸を揉みしだかれました。
「ひゃあっ」
「うわっ、おっも! こんなの付けて生活してるとか、考えらんない!」
もみもみ、もみもみと、遊ばれるように胸を揉まれました。
これは喧嘩でも戦闘でもありません。
一方的に。ただ強い方に。蹂躙され、弄ばれて、乳くられているだけです。
……わたくしの負けです。
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