020 「全員束になっても、私に勝てないくせに」
運動着のジャージに着替え、広めのグラウンドへやってきました。
グラウンドは、綺麗に切り揃えられた芝生のグラウンドでして、とても整備が行き届いているように感じました。
青葉の匂いを嗅ぐと、何処となく清々しい気分になれますね。
「ちっ」
そんな清々しい気分を突然の舌打ちで、ぶち壊しにされました。
舌打ちがした方向を見ると、ブルーローズ寮生を従えたディアトマーレが居ました。
「ごきげんよう、いいお天気ですね(あ? また、ボコされてーのか、こら)」
はぁ、全くこの口は。天気なんてどうでもいいのに。
確かに体育はお外で行いますので、天候は良いに越したことはないのですが。
「先日は急に倒れてしまいましたので、心配していましたの。お身体、大丈夫ですか?(オメー舌打ちとか、何? また痛い目見てーのか?)」
……! いま、煽りましたわよね! とても上品に煽りましたわよね! え、殴った記憶ないんですか、この口は!
もうっ、たまには役に立つじゃないですか!
ディアトマーレの表情には、イライラが現れています。
「……あなた、杖を持ってないそうじゃない」
ディアトマーレはまた殴られると思っているのか、距離を保ちながら、わたくしの様子を伺っていました。
「それが何か?(なんか問題あんのか?)」
「杖がないのに、この人数を相手を相手出来るの?」
ブルーローズ寮の生徒から、ニヤついた下品な笑い声が漏れました。
はぁ、弱い獣ほどよく群れると言ったものです。
「そちらこそ、杖も持たない人間に、そんな大人数を用意して。それでは、一人では勝てないと言っているようなものですよ」
声の主は、もちろんセリナでした。
「そもそも、杖を持たない人間に倒されただなんて––––魔法使いの恥晒しですよ」
「そ、それは、こいつが、急に殴りかかってくるから!」
「それはおかしいですね」
セリナは淡々とそう言い、意地悪そうな笑みでディアトマーレを見据えました。
「私の聞いた話では、あなたはフラン先輩を倒したそうじゃないですか」
「ええ、あなた達の監督生は相手にもならなかったわ」
得意そうに答えるディアトマーレ。ムカつきます。
「先に杖を抜かれたけど、私の方が速く魔法を使って吹き飛ばしてやったわ」
ブルーローズ寮の生徒は、蔑むような笑い声をあげました。
「……なら、杖を抜いているのに、急に殴りかかってきたはおかしくないですか?」
勝ち誇ったようにニヤリと笑うセリナ。
そういえば、杖を向けられていたような気がしますね。
「あなたは武装しているし、準備も出来ている。それを不意打ちをされたから負けたって、いい訳にも程がありますよ」
ディアトマーレは何も言えずに、セリナを睨み付けました。
それに気をよくしたのか、セリナは続けざまに煽ります。
「杖を抜いている魔法使いが杖を持ってない人間に倒されただなんて––––前代未聞じゃないですか?」
「っ! あ、あなたねぇっ、首席だからっていい気にならないで!」
「首席がなぜ首席なのか知らないんですか? あなた達よりも優れているから、首席なんです」
セリナは煽るように、ブルーローズ寮の生徒を見渡しました。
「全員束になっても、私に勝てないくせに」
「そんなの––––っ!」
ディアトマーレは売り言葉に買い言葉、何か言い返そうと口を開きましたが、わたくし達の後方に視線を動かし、慌てて口を閉ざしました。
その人物は、わたくしとセリナの肩にドンと手を置き、大きな声で笑いました。
「はっはっはっ、去年もそうだったが、今年の首席も元気がいいな!」
声の主は、スタイルのいい細身の女性でした。
長い髪を後ろでキツめに結び、ジャージのポケットに手を入れたその出立ちは、ジム帰りのお姉さんです。
ディアトマーレはこちらを睨むように一瞥し、わたくし達から離れていきました。
「ほら、授業を始めるから、全員私の周りに集まれ!」
お姉さんが大きな声で招集をかけると、生徒達はゾロゾロとお姉さんの周りに集まりました。
「私は体育教師の、リン・ヴァリライカだ!」
この先生とても声が大きいです。メガホンを喉に内蔵しているとしか思えません。
「この授業では、身体強化の魔法を中心に教えていくが、身体強化魔法の効果を上げるために必要なことは何だと思う?」
ヴァリライカ先生は辺りを見渡し、わたくしに目を止めました。
「クリスティーナ、何だと思う?」
分かるわけないじゃないですか。そもそも、身体強化の魔法というもの自体分かりませんのに。
まあ、適当に答えましょう。
「よく食べてよく寝ることですわ(食って寝る!)」
「お、正解!」
当てちゃいましたわ!
「やりますねぇ」
セリナは、わたくしのまぐれ当たりを分かっていそうなしたり顔を浮かべ、笑いました。
「そう、クリスティーナが言った通り、身体強化の魔法は、強化する身体がいい状態であれば、あるほど、効果が大きい」
なるほど、今日のわたくしはたっぷり寝た十時間睡眠ですし、お昼も沢山食べましたので万全と言えますね。
「そしてもう一つ、首席のマリナファラレ、どうだ?」
「身体能力です、元となる基礎能力が大きいほど、伸び幅も増えます」
「流石、首席! よく勉強してるな!」
そうですか? わたくしは同室ですが、セリナが勉強してるところなんて見たことがありませんよ?
「なので、今日は! 全員でグラウンドを走るぞ!」
なぜですの? いや、なぜそうなりますの?
「一位の生徒には、グリーンスムージー一年分と、先生とお揃いのジャージをプレゼントするぞ!」
それ、一体誰が欲しがりますの?
「とりあえず十周だ! よーい、どん!」
いきなりの号令にたじろぐ生徒を他所に、ディアトマーレが目にも止まらぬ速さでスタートを切り(そんなにジャージとグリーンスムージーが欲しいのでしょうか?)、それに続くように他の生徒も走り出しました。
「……はぁ、私、走るのは苦手なんですけどね」
セリナも文句を言いながら、走っているのか歩いているのか分からない速度で、走り始めました。
ふむ、まあ、わたくしも走りましょうかね。
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