令和最新版、現代ダンジョンへようこそ
道造
第1話 負動産
負動産という言葉がある。
文字通り、持っているだけでマイナスになってしまう不動産のこと。
聞き覚えのないという方のためにより具体的な説明をすると、そうだな。バブル時代に出来上がった豪華絢爛なスキー場のリゾートマンション。
これなんかは分かり易い例だろう。
君が望めば、今ならばリゾートマンションを格安で買えるんだ。
ちょっとアルバイトを頑張って、10万円も稼げば買うことができるだろう。
いやいや、それだけじゃない。
買うどころか、どんなえげつない手段を使っても手放したい人なんか、いくらでもいるんだ。
君が本当に望むならば、金を支払うどころじゃないぞ。
所有者から無償でリゾートマンションを譲り受け、更に礼金として金まで貰うことも出来る。
なんなら手放したがっていた知人を紹介してもいい。
仲介者である私にだって、高級焼肉ぐらいは奢ってくれるだろう。
いやいや、そんな上手い話はない?
何もかも良い事尽くめの話はない?
もちろんそうさ。
色々あるんだが、まあ単純に一言でいうと『金がかかるんだ』。
固定資産税、マンション管理費、修繕費、マンションを所有しているというだけで利用もしないのに。
馬鹿みたいな維持費がたーんとかかる。
世の中、何かを得たいとか、何かを手放したいとか、殆どは金が理由さ。
金がこの世を支配しているのさ。
金さえあれば、命の安全だって帰る。
まあ、こんな説明を一からしなくてもさ、さっと気づいて理解できる人も多いだろうけど。
何事も初めてという人はいるし、その説明は必要だろう?
百聞は一見に如かずなんて言われていて、痛い目に遭った方が学習は早いかもしれないが。
負動産なんて、一度でも食らったらリスタートは難しい地雷だしな。
家を買うと言うのは日本国民の殆どにとって、人生で二回もない選択肢だ。
なにせ、国家は税金を取るだけで負動産による物納は認めてくれないし。
寄付をすると言っても、自治体は認めてくれないんだ。
馬鹿を見た国民が瀕死の状態にあっても、救済は認められない。
握ったら、二度と手放すことが許されない。
それどころか遺産相続者にさえ迷惑をかける。
とにかく、それが負動産だ。
そして、現代令和最悪の地雷負動産は何かといえばだ。
金どころか、命を落とす危険性すらあるものだ。
「現代ダンジョンだよ畜生……」
曇り声で、誰かを呪うように口にした。
ともかく、史上最悪の不動産といえば現代ダンジョンだった。
私が相続することになる現代ダンジョンだった。
アラフォーと呼ばれる年齢を目前に控えた、この数えでは不惑と言われる齢の私が戸惑っている。
食が細くて中年太りには縁のない私が、貧相な体で呻く。
どうして、私が相続をしなければらんのか。
それがわからない。
「相続人が貴方しかいないからですね」
役所から派遣された現代ダンジョン担当官の桐原さんがそう口にした。
堅苦しそうなスーツ姿の男である。
いちいち言わなくてもわかっている。
要するに、顔を見たことがない遠縁の親戚がいた。
お互いに天涯孤独の身であり、存在も知らないような関係であったが、本人たちも知らぬ縁故ばかりは存在した。
相続関係である。
どちらかが死んだら、どちらかの財産を相続する権利がお互いに存在したらしい。
本来ならば役所に呼ばれて彼の財産の少しばかりを得て、代わりというわけではないが彼の墓ぐらいは整えてやる。
それで終わりだったはずなのだが――桐原さんと行ったばかりの、霊安室での会話を思い出す。
「はて、彼の死亡原因とは何か?」
「カンパチに刺されて死にました」
そうか。
馬鹿だろうか、私の親戚。
その時は、思わずそう霊安室で仏さんに向かって口走ってしまった。
カンパチである。
青物に刺されて死んだとは何事か。
青物とは青い魚の総称であり、背が青いことや群れで回遊するという特徴をもっています。
そう説明口調で解説を述べてしまうほどに、奇異な死に方であった。
高級魚であることに惑わされたことぐらいしか、彼の死を弁明できる要素はなかった。
バナナの皮に滑った奴はチャールズ・チャップリンの喜劇映画に存在するらしいが。
カンパチに刺されて死んだ奴なんか、こいつぐらいしかおらんだろう。
そう冷たく吐き捨てるが。
「割とあるんですよね」
役所から派遣されたという桐原さんは、よくあることだと口にした。
え、そうなの。
私が知らないだけで、カンパチって人を刺すものなのか。
「……」
私の拙い知識の限りでは、カンパチはそもそも人に刺さらない形状をしている。
たしかに漁師さんは海に出る危険な仕事であるが。
人が死ぬ原因の漁は、大体がマグロかカニである。
これは揶揄われているんだなと思い。
「死因は?」
「厳密には、衝突による内臓破裂です」
いくらカンパチが強い力でぶつかっても、そう人は簡単に死ぬものだろうか。
うーん、と首を傾げて。
一つだけ、思いついたことがある。
「現代ダンジョン?」
現代ダンジョンだった。
現代ダンジョンならば、青物であり高級魚であり体長1.9m、重さ80キロ前後のカンパチに衝突されて内臓が破裂して死んでも、なんら不思議ではなかった。
現代ダンジョンには、浮遊して高速で襲い掛かってくる高級魚のモンスターが存在するらしい。
「まさに、その通りで」
「マジか……」
苦労していたのだな、我が親戚。
現代ダンジョンにまで漁に出むき、カンパチに衝突されるなんて。
そんな面白おかしい死に方をするほど追い詰められていたのか。
まだ蟹工船の方が生存率は高い気がするのだが。
「彼はそんなに生活に困っていたのか?」
「困ってはおりましたが、それ以前に現代ダンジョンの所有者であったことが大きいですね」
ふむ。
なるほど、生活苦難者が現代ダンジョンに出かけて一発逆転を狙うことは多いと聞くが。
それ以前に、現代ダンジョンの所有者であったから仕方ないと。
ふむ。
なんとなく、他人事のように話す。
「なんでも、定期的に間引きしないと、ダンジョンの中からモンスターが市街にあふれ出るとか」
高速で市街を飛び回るカンパチ。
それに跳ねられて死亡する、何の罪もない市民。
まさに悲惨である。
ユーモラスでありながら、暴走自動車が歩道を走り回ると思えば恐怖だった。
「……ふう」
なんだ、それを考えれば、我が親族殿は勇者も同然だったのではなかろうか。
カンパチに衝突されて死んでしまったが。
その死は崇高であるに違いないのだ。
「安らかに眠ってくれ」
霊安室の彼にそう告げて、私は部屋を出て。
さて、家に帰ろう。
待っている家族はいないが、誰に気兼ねもない一人暮らしも悪くはないんだと。
そう自分の生活に愛着を抱こうとして。
「ここにハンコをお願いします」
もうお前は逃げられないぞと。
ユー・ドント・エスケープの状態であるのだと。
遺産相続の登記申請書、現代ダンジョンの権利書を差し出しながら。
ただの公務員でしかない桐原さんは全く他人ごとのようにして、静かにハンコの押印場所を示した。
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