13、告白

「……なんと言うか、小物を絵に書いたよう2人だったな。いっそお似合いか?」


 そんなとぼけた呟きに反応している余裕は無かった。


「か、閣下っ!!」


 セリアは立ち上がって叫ぶことになる。

 ケネスは「ん?」と首をかしげてきた。


「なんだその叫びは? どうにも俺を責める意図のようなものを感じるが」


「そりゃそうですっ!! あ、あのですね、冗談は冗談だと通じる状況でしていただかなければ困りますっ!! あの2人が広めてしまったらどうするのですかっ!!」


「なにか問題でもあるか?」


「無いはずがありませんっ!! 妙な女を連れ込んでいるとして、閣下の名声に傷がつくことがあれば……っ!!」


 だからこそ、必死の表情にならざるを得なかった。


 嬉しかったのだ。

 自分を使い潰そうとしたあの2人から、ケネスは自分を守ってくれた。

 そんな彼が、自分のせいでその名誉を傷つけられるかもしれない。

 それは当然、叫ぶことにもなり得るのだ。

 

 だが、自身の懸念を理解してもらっているのかどうか。

 ケネスは何故か、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ふむ、そうか。別に、俺の妻だと公言されて怒っているわけじゃないわけだな?」


「か、閣下っ!!」


 ふざけている場合では無いのである。

 ケネスの名誉のためにも、何かしらの対策を考える必要があるのだ。

 セリアは親指の爪をかみつつ思案に入る。

 

「ど、どうしましょう。今すぐに私がどこかに去れば……あ、でも、悪意をもって広める輩がいればその程度じゃ……」


「ふーむ。またお前は真面目だな?」


「あ、当たり前です! 閣下のことなんですから!」


「そうか。嬉しい気づかいだな。では、そういう理解では良いのか?」


「は、はい?」


「お前は俺のことが嫌いではないと、そういうことだ」


 だから、ふざけないで下さい。

 そう怒鳴ろうと思った。

 だが、口を開きかけてセリアは声にすることは出来なかった。


 ケネスの目だ。

 そこにはいつもの飄々ひょうひょうとした光は無かった。

 まさか緊張しているのかどうか。

 茶色の瞳は、どこか頼りなく不安げに揺れている。


「……閣下?」


 ケネスは不思議な苦笑を浮かべてきた。


「俺は、あまり緊張出来ないタチであるはずだったんだがな。やれやれだ。喉は乾くし、胃が痛む。……セリア」


 その呼びかけに、セリアは自然と居住まいを正すことになった。


「は、はい」


「結婚してくれ。俺にはお前が必要だ」


 これは冗談でも何でも無い。


 それが理解出来た。

 そして、出来てしまったからこそ、セリアは思わず後ずさった。


「な、なな、何をおっしゃっているんですか!?」


 叫び声を上げることにもなる。

 混乱の結果だった。

 何故、ユーガルド公爵が自分などに結婚を申し出てきているのか?

 それも何故、掛け値なしの本気の態度なのか?

 

 まるで理解出来なかったのだ。

 あるいは、本気など自分の勘違いに過ぎないのではないか?

 そう思ってケネスの顔を見つめるが、そこには相変わらず冗談の雰囲気は無い。


「何をも何も無い。お前を妻に迎えたい。返事をしてくれ」


「え、えぇ? つ、妻? 私? お、おかしいですよ! そんな私が……み、身分だって、容姿だって、性格だって! 私より閣下にふさわしい女性はいくらでも……っ!!」


 いるはずだった。

 だが、ケネスは静かに首を左右にしてくる。


「いない。お前に婚約者がいるなら仕方ないと、期待して探してはみたがな。少なくとも俺にとってはだ。お前より優れた女など1人もいなかった」


「そ、そんな……えーと」


「もう一度言うぞ。結婚してくれ。返事は待った方がいいか?」


 その問いかけは誠実そのものだったが、問われても困るセリアだった。

 頭は真っ白も良いところで、五感の感覚もはなはだ頼りない。


(な、なにこれ?)


 現実とはとても思えなかった。

 ただ、1つ理解出来ていることはあった。

 自身についてだ。

 嬉しい、と。

 そう素直に思えてしまっていることだ。


 分不相応ではあった。

 これが原因で迷惑をかけてしまう恐れは非常にあった。


 だが、気がつけば、だ。

 セリアは自然と頷いてしまっていた。


「わ……私でよろしければ」


 そして、これが返答となった。


 ケネスは軽く目を閉じて、大きく息をついた。

 

「……そうか。では、セリア? 俺はお前を抱きしめてもいいんだな?」


 へ? とはなったが、今さら首を横に振ることなどありえない。

 戸惑いながらに頷く。

 すると、ケネスは静かに近づいてくれば、慎重にセリアの背中に腕を回してきた。

 まるで大切な宝物でも扱うようなふるまいだった。

 ぎこちなく体を預けつつ、セリアは気がつけば笑みを浮かべていた。


 大切に思ってもらえている。

 それを実感し、体から力は自然に抜けた。

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