3、再会(1)

「……あーあ」


 好天の下、にぎわいを見せる王都の通りのひとつである。

 セリアはそこにいた。

 通りの端で、膝を抱えて座り込んでいた。

 「あー」だの「うわー」だの。

 意味のない呟きを、王都の空にこぼし続けていた。


(……夢じゃないかなぁ)


 そう思って頬をつねってみても、相応の痛みが返ってくるだけだった。

 ため息が自然ともれる。


「はぁ……本当、なんでかなぁ」


 雑踏ざっとうを眺めつつに思い返してしまう。

 何故、自分はこんなところで途方に暮れているのか?

 セリアは膝に顔を埋め、再びの「はぁ」だった。

 

「……みんなのためにがんばってきたんだけどなぁ」


 借金を無事に返済出来たのであれば、空回りしていたのでは無いはずだ。

 間違いなく家族のためになったはずだった。


 しかし、その結果がこれだ。

 妹に婚約者を奪われた挙げ句、家からも追い出された。

 不条理といって、これ以上のことは無いように思えた。

 ため息は抑えようにも抑えようが無い。


「はぁ。本当なぁ。なんだかなぁ。何がいけなかったかなぁ」


 うつろに呟き続ける。

 どうにも現実を受け入れきれず、過去の自分の行いばかりに思考が向かう。

 セリアの理性はと言えば、違うのだ。

 地位も家も何もかもを失ったのである。

 今後について考えろ、と。

 せめて今晩の宿ぐらいはどうにかしろと囁きかけてきていた。


 しかし、感情の方はそうはいかない。

 それだけの衝撃だったのだ。

 さらには、今後を考えるだけの気力も無い。

 セリアはただただ、特に意味のない呟きをもらし続けることになる。

 

 すると、である。

 

「おい」


 呼びかけられたような気がした。

 おそらくはである。

 通りすがりの誰かが、妙な女を不審にでも思って声をかけてきたのだろう。

 だが、声を返すほどの気力はもちろん無い。

 顔を上げる気力もまた当然。

 膝に顔を埋め、そのまま過ごすことになる。

 だが、

 

「おい」


 再びの声かけである。

 胸中にて、ため息を禁じ得なかった。

 誰かは知らないが放っておいて欲しかった。

 しかし、この調子であれば次もあることだろう。

 セリアは仕方なく、気力を振り絞って顔を上げ──


「へ?」


 唖然と目を丸くすることになった。

 

 ほんのすぐ目の前だった。

 しゃがみこんで来ている青年がおり、その顔がある。

 精悍せいかんだが、どこか無気力のようにも見える。

 そんな不思議な顔つきなのだが、非常にだった。

 その顔つきは、セリアにとって非常に見覚えのあるものだった。


「……け、ケネス?」


 思わず呟くと、男は表情も無く首をかしげてきた。


「ほぉ? 俺を下の名前で呼び捨てにするか? お前も良い身分になったもんだな?」


 その聞き覚えのある皮肉の響きに、否応なく理解することになった。

 この男性が一体何者か?

 ドッと冷や汗であった。

 セリアは慌てて立ち上がり、男に対して敬意を表すことになる。


「こ、これはあの、閣下っ! た、大変失礼いたしましたっ!」


 慌てて頭を下げることにもなる。

 そうするだけの相手だったのだ。

 彼は貴族であり、そして並の貴族ではない。

 大国シェリナ、その主柱しゅちゅうたるユーガルド公爵家。

 その当主殿なのだ。

 セリアを仏頂面で見上げてきている彼は、そのユーガルド公爵家の若き当代殿であった。


 もちろんのこと、呼び捨てなど不遜ふそんどころでは無い。

 背筋を冷や汗で溺れさせることになるが、しかしケネスだ。

 彼は立ち上がりながらに、ふっと愉快そうに笑みを浮かべた。


「冗談だ。呼び捨てにしたければ勝手にすればいいさ。しかし、久しぶりだな? 学院を出て以来か?」


 その通りであり、セリアは「は、はい」と咄嗟に頷く。


 借金まみれながらにもセリアの生家には貴族の意地があった。

 よって、セリアは3年ばかりを貴族学院で過ごすことになったのだが、ケネスはその時の知り合いだった。

 

 いや、知り合い以上だった。

 身分には差があったが、不思議と気が合った。

 多くの時間を2人で過ごした。

 学院においての思い出は、ほとんどが彼と過ごした時間にあるほどだ。


(……懐かしいなぁ)


 セリアは思わず笑みをこぼしそうになった。

 楽しい日々だったのだ。

 辛い現状のことを考えると、それこそ天国のように思える日々だった。

 

 思い出に浸りたくもなったが、それは今すべきことでは無かった。

 その思い出の当事者──ケネスが目の前にいる。

 セリアは笑みと共に彼に頭を下げる。


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