第14話 痛み01

 リリーたちが『キースリング』に乗船するとそこへロイド、サリーシャ、ハイゼルも乗りこんでくる。甲板に立つレインは両親の姿を見るとすぐに駆けよった。


「父上、母上、お久しぶりです!!」


 レインが嬉しそうに声をかけるとロイドとサリーシャも顔をほころばせる。


「おお、レイン!! 船上での姿も凛々しいじゃないか。それに、あれほどの大軍を集めるとは大したものだ!!」


 ロイドはレインの肩を叩き、次に頭をクシャクシャとなでる。嬉しくて仕方がないといった様子で、レインを褒めながら何度も頷いていた。すると、今度はサリーシャがレインへ声をかける。


「レイン、元気にしていましたか?」

「はい、母上!! 母上と父上もお元気そうでなによりです。ウルディードの民もご壮健な姿を見たら喜ぶでしょう!!」


 レインは離れ離れになっていた時間を取り戻すように語りかける。幾つになっても父や母の愛情はありがたいものだった。ロイドとサリーシャもまた、頼もしく成長したレインに目を細めている。しかし、再会を喜び合うレイン親子を複雑な眼差しで見つめる存在がいた。それはリリーだった。


 リリーはレイン親子から少し離れたところに立っていた。後ろには合流したソフィアとクロエが直立している。ただ、ソフィアとクロエはリリーのただならぬ気配を感じて声をかけられなかった。


 リリーは少し顎を引き、下から睨みつけるようにレイン親子を凝視ぎょうししている。『すべてを見下ろす』という矜持を持つリリーにしては珍しい態度だった。


──ロイドはお父さまを殺し、そのせいでお母さまは心を病んでしまわれた。お父さまは戦場の露と消え、お母さまは傲慢な塔に飲みこまれた。それなのに、元凶のロイドは家族の愛に包まれている……。


 目の前の幸せな光景がどうしても許せない。平静を保とうとしても無理だった。リリーはギリッと奥歯を噛み、両手を強く握りしめた。


──なんで? なんで、なんで、なんで? どうして、どうして、どうして……どうしてお前ばかり幸せなんだ!! レイン・ウォルフ・キースリング!!!!!!


 ついに、リリーの怒りの矛先は理不尽にもレインへ向かった。レインはリリーがすでに失ったもの、恋焦がれるものを全部持っている。それが気に入らなかった。


 見下していたはずのレインが、自分よりも幸せに見える……それが許せない。そして何より、そんなレインに一瞬でも心を許そうとした自分が許せなかった。


──レインが非業の死をげれば、ロイドも目を覚ますでしょう。


 人の不幸を想像して自分を慰める……それが、いやしい行為だとわかっていても、リリーはレインの死を想像して自分を慰めた。愛される姿を見せつけるレインは『死んで当然』の相手に思えた。


──ロイドの嘆き悲しむ姿を見るのが待ち遠しいわ。


 誰もが『気高く美しい』と称賛するリリーの青い瞳にはどす黒い感情が渦巻いていた。

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