(2)

「お……お前が……何とかしろ……。あの『鋼の男』を……」

 私が阿呆な事したせいで……じゃなかった、この爺さんどもが、私に酒を出さなかったせいで、冒険者ギルドの本部の建物は丸ごと使えなくなった。

 最上階に有る会議室の天井から大量の汚水が吹き出したので、下の階もエラい事になったのだ。

 なので、今は、「鋼の男」による大量虐殺のせいで、すっかり「事故物件」と化した例の酒場が会議室代りに使われている。

 まぁ、死者数は十人未満なので、1人でやったにしては凄いが、大量虐殺としては、ほほえましい方だ。

 ともかく酒だ。

 そして、ここは酒場だ。

「へっ? あ……そこの、かわいいおね〜さん」

 私は、近くで、ギルドの幹部の1人に尻を触られてたウエイトレスに声をかける。

「え……あたしですか?」

「酒持って来て……この店で一番強いのを一番大きいジョッキに満タンで……」

「は……はぁ……」

「お……おい……待て、儂の用が……」

 ドゴオッ‼

 その幹部は、元・気功拳士だった別の幹部に殴られて壁までフッ飛ぶ。

「若い女に、はぁはぁしてる場合かッ‼ この色ボケ爺ィが‼」

「うるせえッ‼」

 今度は、元・気功拳士の幹部の顔面を、突如出現した「使い魔」がガジガジかじり始める。

「いててて……何をするッ‼」

「誰が爺ィだッ‼」

 さっき壁にに叩き付けられた幹部が……自分を撲った幹部を罵り……えっ……暴力ふるわれた事じゃなくて、そっちに怒ってんの?

「お前だッ‼」

「はぁ? 女にモテねえ男のひがみは醜いなッ‼……ん?」

 その瞬間、元・気功拳士の幹部が、自分の顔をガジガジしている「使い魔」に「気」を込めたパンチを一発。

 実体が無い「使い魔」でも、この攻撃は効く。

 そして……「使い魔」への攻撃は……。

「げふっ?」

 何故か、全然関係ない幹部が吐血。

 え?

 何で……「使い魔」の「主」じゃない人が……?

 って……これって……まさか……禁呪「形代かたしろの術」?

 自分に向けられた「呪詛」や、自分が使った魔法が失敗した場合や自分の魔法を「返された」場合や自分の「使い魔」がダメージを受けた際の「反動」を他人に肩代わりさせる魔法だ……。

 ちょ……ちょっと待って……。

 伝説の禁呪を……こんな子供の喧嘩みたいな状況で目撃するなんて……。

「お……おい……お前、長年の仲間を……自分の身代わりにしてたのか?」

「ああ、何が悪いッ‼」

「何が悪いって……お前……こいつとは兄弟分だろうがッ‼」

「うるせえッ‼ 別の意味の兄弟だから、儂の『形代かたしろ』にしたんだッ‼」

「はぁ……?」

「え……えっと……まさか……。昔……俺が……お前の情婦スケを寝取った事、怨んでたの?」

 吐血中の幹部が……息も絶え絶えに……そう言った瞬間……。

「その通りだ……。儂も先は長くねえし、冒険者ギルド幹部の座だって、いつまで守れるか知れたもんじゃねえ……。長年の怨みを今こそ……ぐえっ‼」

 その瞬間、2つの事が起きた。

 壁に叩き付けられた幹部が、吐血中の幹部を大量の「魔法の矢」で攻撃。

 だが、「魔法の矢」による傷で、全身が蜂の巣になったのは……「魔法の矢」を放った方の幹部だった……。

「あ……馬鹿が……」

「し……しまった……うっかり……忘れてた……」

 禁呪「形代かたしろの術」の問題点がコレだ。

 通常、死んだら困る相手や……自分のせいで死んだらな思いをする相手に「自分のダメージの肩代わり」なんてさせない。

 「形代かたしろ」にする相手は……憎んでる相手か、死んでもいい相手だ。

 ところが、「形代かたしろの術」を使った者が、「形代かたしろ」にした相手を魔法や呪詛で攻撃した場合……ダメージは数倍になって術者に返る。

 そう……これこそが……「形代かたしろの術」が「禁呪」になった理由だ。

 古来より、「形代かたしろ」にした相手≒憎んでる相手や死んでもいい相手を、うっかり自分で攻撃して、自分が死んでしまう、って「事故」が「魔法使いって実は馬鹿ばっかじゃね?」という疑いを抱かざるを得ないほどに頻繁に起きたのだ。

 しかし……。

「あ……これ……俺のせいじゃないよな……」

 「形代かたしろの術」発動の契機となった「使い魔」への攻撃をやった元・気功拳士の幹部は困ったような表情かおの死体を交互に見ていた。

 「使い魔」への攻撃を肩代わりする羽目になって吐血した方の幹部も……今や死体となっていたのだ。

「おね〜さん……。同じお酒、もう1杯ね〜。代金は冒険者ギルドに請求して〜」

「……は……はい……」

 一方、私は酒のせいで、そこそこ程度には、頭が回るようになっていた。

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