マジカル&スイーツ
こーの新
第1話
中学二年生になって最初の登校日。人がごった返す中、背伸びをしてクラス替えの掲示を見ると去年のクラスと出席番号しか書いていなくて、誰が同じクラスなのかは分からなかった。個人情報保護されすぎだよね。
それでも去年同じクラスだった仲の良い友達の出席番号を同じクラスに一人見つけて、軽い足取りで二年三組の教室に向かった。
とはいえ教室の前まで来るとやけに心臓がうるさくて、なるべく音を立てないようにそろそろとドアを開けた。
前の黒板に貼りだされた座席表を頼りに廊下側、前から四番目の席に座った。さすがに新入生っていうわけでもないからみんなすごく緊張しているというわけでもない。春休み明けの再会やこれから二年間一緒に過ごす喜びに浸っている。
「桃山さん、おはよう」
後ろから肩を叩かれて振り返ると、去年同じクラスで仲が良かった大森くんがにこやかに笑いながら立っていた。私が出席番号で知り得た友人こそ、この大森くん。
「大森くん、おはよう」
「今年も同じクラスだね。よろしくね」
「うん、よろしく」
あまり人と話すことが得意ではない私には、ゆっくりと穏やかに話してくれる大森くんと話す時間がホッとする。早口に話されると、少し戸惑ってしまうから。
大森くんは私の前に来ると、机に手をついてよっこいしょ、と膝立ちになった。フニフニしているほっぺたに両手を当てて頬杖をつくから、ついついそのほっぺたに触りたくなるけれど我慢する。
「そうそう、静川くんも同じクラスだって」
「そうなの? 全然気が付かなかった」
「えー、ひどいなぁ」
急に後ろから抱きつかれて肩を跳ねさせると、ふふっと優雅な笑い声が聞えた。この静かなツヤのある声の持ち主には心当たりがあるけれど一応振り返る。
「静川くん。抱き着かないでよ」
「えー、いいじゃん。モモのフニフニ感大好きなんだよ」
「光希ちゃんに言っちゃおうかな」
「それはマジで勘弁してください、モモ様」
大人びている静川くんの宝物は二つ下の妹の光希ちゃん。一度静川くんの家に遊びに行ったときに会ったことがあるけれど、溺愛したくなるのも分かる可愛さに私もノックアウトされてしまった。
「おい、お前ら。公然とイチャついてるんじゃねぇよ」
突然後ろからドスのきいた声が響いて、静川くん越しに声の主を確認する。見覚えはあるけれど、誰だったかな。
「ああ、切り餅くん」
「剣持だ!」
「お、半分当たった」
「てめぇ」
拳を握りしめてプルプルと震わせている剣持と名乗った彼は、茶髪を持ち上げてピン止めで止めている。お菓子作り中の私と同じ髪型に親近感が湧いてきた。
「剣持くん、でいいのかな?」
「あ? ああ、そうだよ」
「静川くんを引き離してもらってもいい?」
「なんで俺が……」
剣持くんはなんだかんだ言いながらも静川くんを引き離してくれた。口は悪いけれど優しい人だ。
「あぁ、フニフニが……」
「静川くん、僕で我慢して?」
「八多朗!」
あっけなく私から剥がされた静川くんは、大森くんの聖人のような微笑みに引き寄せられるように抱き着きにいった。光希ちゃんと離れている間も代わりのフニフニした感触を探し求める静川くんは、周りからは若干引き気味にみられているけれど、ゆるりとした独特な空気感が好きでよく一緒にいる。
大森くんと静川くんと私。去年は比較的のんびりとしているこの三人で行動することが多かったから、今年も一緒のクラスになれたことは素直に嬉しい。
「剣持くん、ありがとう」
「べつに」
「あ、お礼にこれあげる」
私は机の横にかけたスクールバックのポケットから名刺入れを取り出すと、緊急連絡先とテレホンカードと一緒に入れていた大事なカードを剣持くんの手に握らせた。
「引換券?」
剣持くんは戸惑ったようにカードを見ていたけれど、カードを裏返すと険しい顔になった。ジトッとした目を向けてくるからニコッと笑うと、剣持くんはため息を吐いた。
「私の行きつけのお店の引換券」
「行きつけって、公園の前の駄菓子屋じゃねえか」
「これすごいんだよ! 五百円の買い物につき一枚もらえてね、お菓子が一個タダでもらえるの!」
剣持くんの顔が険しい。私の好きなことのよさを知ってほしくてつい説明に力が入る。私にとっては小学校のときからお小遣いをもらうたびに行っていた行きつけのお店なんだけど、剣持くんはあまり駄菓子が好きじゃないのかもしれない。剣持くんはフイッとそっぽを向いてしまった。
またやってしまった。昔からそうだ。ついつい熱が入りすぎてしまって、引かれてしまう。
しゅんとしていると、大森くんがぽんぽんと肩を叩いて微笑んでくれた。大丈夫という意味を込めて笑い返すと、大森くんはコクリと頷いてくれた。静川くんも大森くんに抱き着いたままグットサインをしてくれて、いい友達を持てたなと改めて思った。
「お前、名前は?」
「え? 私?」
剣持くんに聞かれて、急なことに驚いていると剣持くんは急かすようにジッと見つめてくる。
「え、えっと、あれ? あ、桃山心愛です」
焦って一瞬自分の名前が飛んだけれど、なんとか答えられて胸を撫で下ろした。
「桃山か。俺は剣持影虎だ。あー、なんだ。今度この店に案内しろ」
「え? えっと、いいよ? あ、もしかして行ったことなかった?」
「いや、行ったことはあるけど……その、あれだ、このカードは使ったことねぇから使い方教えろ」
「うん、もちろん!」
剣持くんは駄菓子が嫌いなわけではないらしい。ホッと胸を撫で下ろしていると、急に剣持くんがピクリと片眉を持ち上げた。私が何かしてしまったのかと思ったけれど、剣持くんはどこか一点をジッと睨んでいる。
「剣持くん? どうしたの?」
「いや……あいつ、知ってるか?」
剣持くんが視線で示した先、教室の入り口にいた人は、きっと一度見たら忘れないくらい綺麗な人。だけど見覚えはないから首を横に振った。
「静川と大森は? 知らねぇか? めっちゃ睨まれて気分悪い」
「ううん、僕は知らないよ」
「あぁ、彼ね。誰かは知らないけど、リア充が嫌いなんじゃない? 知らんけど」
まったくもって適当な静川くんの返事にため息を吐いた剣持くんがまた彼の方を見たからつい私もそっちを見ると、今度は彼と目が合った。さっきとは打って変わって、目を細めてニコリと笑う彼に私も笑い返す。
「なんなんだ、あいつ」
剣持くんの少し苛立ったような声が聞えて何か言葉を返そうと思ったけれど、私は何も言えなくなった。
彼が少し顔の力を緩めた瞬間、細められていた目が開かれて私を捉えた。そして私の視力がAある両目は、深い青に輝くその瞳を見てしまった。なんとか視線を彼の瞳から外しても、今度は太陽の光を反射して瞳と同じ深い青に輝く髪に目が行ってしまう。
「琥珀糖みたい」
「ん? 何が?」
「琥珀糖かぁ。美味しいよね」
「チッ」
三者三様の返答が耳に入ってきて、ようやく意識が自分の元に戻って来たようだった。
「ねぇねぇ、何が琥珀糖みたいなの?」
「ううん。なんでもない」
静川くんは少ししつこく聞いてきたけれど、大森くんがこの間琥珀糖を作ったときの話をし始めると気がそっちに逸れたみたいだった。剣持くんは不機嫌そうに自分の席に行ってしまったから心配だけど、静川くんが大丈夫と言うからきっと大丈夫なんだろうと思い直した。
大森くんの話の間にふとさっきの深い青の彼の方を見ると、彼はいなくなっていた。幻だったのか、琥珀糖の妖精だったのかもしれない。
そんなことを考えながら大森くんの話に意識を戻すと、ガラガラとさっき深い青の彼がこっちを覗いていたドアが開いた。パッと顔を上げると、スーツを着た見知らぬ男の人が立っていた。
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