第16話 おじさんはおじさん流がいっぱい

『リアへ この前教えた魔力探知を使って鬼ごっこをしてみよう。魔力探知がうまくなれば、相手がどちらに行こうとするかが魔力で分かるようになるんだよ』

『大好きなアシナガ様へ わかりました! やってみます! そういえば、昨日言われた略式詠唱での〈集音〉ですが、大好きなアシナガ様がアドバイスをくださったおかげで少しうまくなれた気がします。すごいです。大好きです』


 魔力は全てのものに宿るという考え方は広く知られている。

 その持っている魔力を魔法として使えるかどうかは本人の資質と努力による。

 そして、魔法研究は進み、魔力と精神が密接に関わっていることも明らかになっており、ガナーシャは、魔力探知の技術が磨かれれば、相手の心も見えると考え、それを支援孤児たちに教えた。

 鬼ごっこで魔力探知を行うと相手の行きたい方向に魔力が寄るのだ。なので、相手がどちらにどのくらいの力で動こうとしているかが分かるうえに、背後の動きや遠くにいる人間もなんとなく分かるようになる。


 最初の頃は孤児院の子供たちと一緒にやっていたのだが、徐々にリア達が圧倒し始め、最終的には3人で壮絶な鬼ごっこをし始め、見ていた子供たちが泣き始めた。


「なんて事がありまして」


 ニナが微笑みながら当時の話をしているが、レクサスを筆頭とした【大樹の導き】は顔をひくつかせている。


「は、はあ……そんな幼い頃から魔力探知を身につけていたのですね。いや、信じられない」


 魔力や魔法に関する勉強は、一般的には10歳から始めることが多い。

 その理由としては、『しっかりとした知識がないままに魔法を使えば暴発の恐れがあるから』という理由だった。

 元々そういった勉強は貴族の家でしか行われない。そして、貴族の家で最も大事なのは『生き続ける事』であった為に、子供の頃は知識を得ることはあっても魔法を使う事はなかった。

 そして、貴族以外の人間は感覚的に魔力を使い、冒険者になりたい人間は魔法を使える者に弟子入りして覚える。

 だが、リア達3人はガナーシャの、貴族の子として受けた魔法の基礎と長年の経験を踏まえて編み出された独自の方法で育てられた。


 シンプルに言えば『習うより慣れろ』。


 リア達は、平民の子供たちのような遊びの中で、貴族が覚えるような魔法を幼い頃から学んでいた。


「まあ、鬼ごっこはアタシが一番強かったけどね」


 リアが胸を張りながら鼻息荒く自慢げにしていると、ケンがじとーっと見つめる。


「テメーが、一番になってアシナガ師匠に褒めてもらいたいからって、一番になるまでやめなかったからだろうが」


 ケンの指摘にリアは顔を赤くし人差し指同士を合わせながらぶつぶつと呟く。


「だ、だって、アシナガ様に褒めて頂きたかったんだもん……」

「あはは、皆さん、そのアシナガ様を尊敬してらっしゃるんですね」

「そうなんです!」


 レクサスの苦笑い交じりの一言にリアが勢いよく飛び込んでいく。


「あ、ああ……あのすみません」

「い、いえ……リアさんのそんな一面が見れて、その、俺、嬉しいです……俺も、いつか、リアさんにアシナガ様を紹介していただきたいです」


 レクサスが顔を真っ赤にしてそんな事を言い、リアもまた顔を赤くして作業に戻る。ニナはその様子をニコニコと見つめ、そして、ガナーシャの方を向く。


「うふふ、きっとレクサスさんもアシナガさんに会ったら感動すると思いますよ。ねえ、ガナーシャさん」

「え? ああー、どうだろう、僕はアシナガさんに会った事ないからなあ」


 アシナガ=ガナーシャを知っているはずのニナがガナーシャを見つめながら言ったので、ガナーシャは驚く口ごもる。嘘ではない。自分自身である以上、会ったことはない。


「そうだ。どんな人なんですか? アシナガ様って」

「……あ。いえ、アタシ達も会った事はなくて……ニナはあるらしいんですけど」


 レクサスの質問に答えながらニナを見るリアの目は厳しい。

 だが、そんなリアの刺すような視線をものともせずニナは笑う。


「うふふ……とっても素敵な人ですよ。早くみんなにも知ってもらいたいわ」


 ニナの危ない発言にガナーシャは滝のような汗を流しながら足をさすり続ける。

 ずっとさっきから足の痛みが治まらなくてガナーシャは真っ青になっていた。


「おい、おっさん大丈夫かよ」

「ああ、うん、大丈夫大丈夫。ケン、心配してくれてありがとうね」

「ありが……そんな、ぼく……撲殺、とかモンスターにされてもこまるからな! 今の内に気合入れとけぇえ!」


 ケンはそう言いながら、輪から外れ素振りを始める。

 『撲殺?』と首を傾げながらもそのままリア達は会話を続ける。


「……ああー、でも、本当にアシナガ様に早く会いたい……どんな素敵な人なのかなあ」


 リアのうっとりとした乙女の瞳にガナーシャの足をさする速度と汗の量が増していく。

 そんな事に気づくこと無くリアはアシナガの姿を想像する。


(きっと、素敵な人よね。物語に現れるような……でも、物語の主人公ってレクサスさんみたいな人よね)


 ちらりとレクサスを見るとこちらに気付き爽やかに微笑まれリアは慌てて魔導具に目を戻す。レクサスは貴族であり美形で、タナゴロの街を歩いていれば女性がじっと目で追う程だった。

 だが、リアにはどうしても、アシナガがレクサスのようだとは思えなかった。


(年齢のせいかしら……それに、話し方や雰囲気だけなら……)


 リアはふとガナーシャを見る。

 すると、ガナーシャもその視線に気づき、足をさすりながら苦笑いを浮かべる。


(いやいやいや! 違う違う! アシナガ様が大人だから、おじさんが年齢が近いからそう思うだけで、だって、もし、おじさんがアシナガ様だったら、いや、あり得ない!)


 今までのガナーシャに対する失礼な態度がフラッシュバックし、自分の中で必死にリアはその可能性を否定し続ける。ガナーシャにはこの三か月で色んな姿を見られている。


(もし、万が一の万が一、仮の仮の仮に、そうだとしたら、アタシ、死んじゃうかも……!)


 ガナーシャと同じ位顔を真っ青にしながら現実逃避を続けるリアを見て、レクサスが話しかける。


「そう言えば、リアさんは略式詠唱も使いこなしますよね。それも、その、アシナガ様から」

「そうなんです!」


 略式詠唱。

 魔法とは本来詠唱を行い、魔法を行使する。強い魔法であればあるほど本来長い詠唱を行わなければならないのだが、リアは、魔法の名を声に出すだけ。これを略式詠唱と呼ぶ。


「略式詠唱を行える魔法使いは一握り……俺も使えないですから。一体どうやってアシナガ様は」

「ええと、あたしは元々略式詠唱から始めたので」

「はあ!?」


 詠唱をしないというのは詠唱式の魔法から覚えた人間からすれば、一度概念を捨てなければならず相当に苦労するものだった。なので、ガナーシャは、多少難しさはあれど、リアならと略式詠唱から覚えさせる方針をとった。


「ど、どうすれば使えるんですか?」

「ええと、まず、魔力を常に高めておける身体を作ります」

「はあ!?」

「それで火球だったら火球に近い魔力を作り出せるよう、放ち続けます」

「はあ?」

「出来るようになります」

「はあああ!?」


 レクサスの驚きもリアの説明も間違いはなかった。


(単純に火球そのものが違うんだよなあ……)


 ガナーシャは二人の会話を聞きながら苦笑いを浮かべる。


 レクサスは魔法の先生に見せてもらった火球を聞かせてもらった詠唱で具体的に作り上げることで覚えた。

 だが、リアは、物語や魔法書に描かれた火球を、自分の魔力を変化させて作り上げようとした。

 それはつまり魔力とイメージがあればなんでも作れるというある意味創造魔法と言っても間違いのないものだった。


(ただ、リアの膨大な魔力があるからこそできる芸当だけど……)


「でも、ガナーシャも使えるわよね。略式詠唱」

「はあ!?」

「あ、ああ、そうですねえ」


 一人考え事をしていたガナーシャにいきなりリアから声が掛かり、ガナーシャは戸惑いながらも頷く。


「す、すごいですね……ガナーシャさんもですか」

「でも、僕のは、黒魔法ですし、一番得意な〈弱化〉でも指数本分の力を弱らせる程度ですから」

「ああ……」


 レクサスはほっと息を吐く。

 〈弱化〉程度の最低級魔法であれば、レクサスでも略式とはいかなくても、短い詠唱で使える。


 ほとんどの人間に気づかれず、一瞬で発動させ、それを連続で的確な場所に打ち込む、というおかしな魔法の使い方でなければ。


「でも、そう言えば、ガナーシャはどうやって覚えたの?」

「ああ、僕は教えてもらいました。キワは覚えないと死ぬようなところだったので」

「「キワ!?」」


 リアとレクサスが声を揃えて驚く。それもそのはず、キワは十年前まで魔王の一人がいて、魔物達の総本山となっていた。


「え、ええ……あの、一時だけですよ。しかも、雑用だったし……その、全然活躍してませんでしたよ……倒せたのも一人だけ、しかも、仲間に散々弱らせてもらってあと一撃で倒せるっていうところまでお膳立てされて……今日と同じような状況でしたし」


 今日、ガナーシャは【呪術師の塒】で、アシッドスライムをリア達にフォローしてもらいながら倒すことが出来た。まるで貴族のお坊ちゃんがご機嫌取りでやらせてもらうような雰囲気だったのでガナーシャは顔を真っ赤にしながらとどめを刺した。


「なるほど……でも、キワに行ったことがあるというのは自慢になりますよね。アシナガ様も行ったことがあるんでしょうか」

「絶対あると思います! だって、アシナガ様ですもの!」


 レクサスとリアが楽しそうにアシナガの話をするのを聞きながらガナーシャはほっとした顔をしつつもきりきりする内臓をおさえた。


 結局その後もガナーシャはモンスターを一体も倒すことなく終わり、レクサスに励まされた。

 そのレクサスは、【呪術師の塒】を出てタナゴロに着く直前、意を決したようにリアの元へ行き叫ぶ。


「あの……リアさん! 明日はお休みの予定ですよね! よければ、二人でお出かけしませんか?!」

「あ、駄目です。初デートはアシナガ様と決めているので」


 ショックを受けるレクサス越しの揺らぎない曇りなき瞳でそう告げるリアを見て、鞄の中に視線を落とす。

 そこには、隙あらばメッセージを送っていたリアの大量の伝言が映る魔導具が。


 ガナーシャは痛む腹を押さえながら明日の休み、薬屋に行こうと心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る