第15話 おじさんの支援孤児は非常識がいっぱい

「………ひ!」


 リアが小さく悲鳴を漏らす。

 今日ガナーシャたちとレクサス率いる【大樹の導き】がやってきたのは、【呪術師の塒】

 古の時代に人族でありながら呪術に傾倒し、人を攫っては実験に使い人族の敵となった伝説の呪術師の作り出した『教団』が残したアジトの一つ。

 今はダンジョン化し、アンデッド系のモンスターが徘徊している。


「あははは、リアさんってこういう所苦手なんですね」

「す、すみません……」


 前方を進む【大樹の導き】で魔法使いのレクサスは、後方を行くリアに積極的に話しかけていた。


「あ、いえいえ、そういう所も、その、かわいいな」

「かわっ……!」


 レクサスのその言葉に慌ててケンの背後に隠れる顔を真っ赤にしたリア。


「おい、邪魔だ。うろちょろすんな……背中に張り付くな、邪魔だ」

「だ、だって……かわいいだなんて言うんだもの」


 困った表情で張り付くリアにケンが不機嫌そうに肩を揺らす。


「すみません……でも、本当にそう思ってますし」

「はい、レクサスさん。リアを口説くのはまた依頼を終えてからにしましょう」


 ニナがぱんと手を叩くと、空気が変わる。

 流石聖女とガナーシャが感心していると、ニナはその視線に気づき微笑む。


「あら、ガナーシャさんは私を口説くつもりです?」

「ああ、いや、そういうつもりじゃなくてね。うん、その、ごめんね」

「うふふ、謝ることはありませんよ。そういう視線もたまには悪くないかもしれません。ね、リア」


 ニナがそういうとリアは不機嫌そうにじとーっとガナーシャを見ながらケンから離れ、前を歩きだす。


「ふーん、アタシには一度もそんな事言ったことないのに、ニナにはそうなんだ」

「あの、いや、そもそもニナを口説いていないんですが」

「あら、ガナーシャさんは私なんて口説く価値がないと?」

「いやあ、そうじゃなくて、あはは」

「てめえら! さっきからごちゃごちゃ恥ずかしい話してんじゃねえよ!」


 リアの一言を切欠にガナーシャ、ニナ、ケンを巻き込んで騒ぎ始める。


「あ、あの! みなさん、落ち着いて」


 レクサスがそういった瞬間、


「「「「……!」」」」


 リアたち全員が黙り込み、レクサスが、え、と息を詰まらせる。


「い、いや、そこまで黙らなくても……」

「し……〈集音〉。……右の通路から衣擦れの音、おそらく一人。ニナとケンで対応。正面二体、おそらくスケルトンです。【大樹の導き】の皆さんでお願いできますか? アタシとガナーシャは後方支援と来た道を警戒」

「はい」「わかった」「了解です」


 ケンとニナが何も口を挟まず頷いて右側を警戒する。

 レクサスたちは状況をつかめないままぼーっとしていたが漸くリアの言ったことを理解できたのか動き始める。


 がしゃがしゃと耳障りな音を立てながら先にやってきたのは二体のスケルトンだった。


「ケン、ニナ! 右の敵を通路で足止め! 深追いはしないで!」

「わかってらあ!」「はい!」


 リアの言葉を受け、駆け出すケンとニナ。

 それを見送るとリアは左側の壁に張り付き全体を見渡す。

 ガナーシャも既に左入り口側の隅で全体をじいっと見ている。


「く! 【大樹の導き】! 俺が詠唱を終えるまで耐えてくれ! 風の精霊よ、わが願いを……」


 詠唱を始めたレクサスを守る為に、【大樹の導き】のメンバーは、逆三角の陣形で固め、二体のスケルトンの動きを封じる。

 ただ破壊の衝動で動くスケルトンの攻撃はふらふらと態勢を崩しながらも両腕を夕立のように盾や武器を叩き続ける。

 だが、それでも彼らは耐えしのぐ。必殺の一撃の準備が整うまで。


「よし! みんな離れろ! 〈風球〉!!」


 詠唱を終えたレクサスの合図で【大樹の導き】の面々は散開し、魔法に備える。

 スケルトンは開けた正面で荒れ狂う風の球をこちらに向けたレクサスを視界に捉え、襲い掛かろうとするが時すでに遅し。

 レクサスの魔法がスケルトンを砕いていく。

 一体目の上半身を粉々に砕いたレクサスの魔法だったが、二体目は多少ズレていたために直撃せず左上半身を抉るに留まる。

 スケルトンが恐ろしいのはこれだ。彼らに中心という概念がなく核となる魔石は身体のどこかに生まれている。なので、確実に葬るには全身を砕くしかないのだ。

 運よく生き延びれた二体目のスケルトンは、バランスを崩しよろける。が、丁度そこは【大樹の導き】の陣形で最も薄い場所であり、その直線上には……リアがいた。

 スケルトンは這いずりながらも破壊の衝動に従い、リアを傷つけようと襲い掛かる。


「く! 詠唱が間に合わない! リアさん!」


 残った左腕で地面を掴み、むき出しの歯で食いつこうとするスケルトン。だが、


「〈潤滑〉」


 その鋭利な骨の指はするりと地面を掴み損ね、歯は空を噛みがちりと悲しい音が鳴り響く。

 それを遠くでちらりと見て確認したガナーシャは、再び意識を来た方に向ける。

 自分は仕事を終えたと言わんばかりに。

 そして、空を噛んだスケルトンを見下ろす金髪の美少女が一人。


「〈火球〉」


 炎の球をスケルトンに向け、しっかりと全身を燃やせる位置に合わせ放った。

 その魔法のすさまじさに歓声をあげかけた【大樹の導き】を無視し、リアが駆け出す。


「ガナーシャ、そのまま、入り口を警戒! アタシはケン達を……」

「もう終わってる。……余裕だ、ニナの〈光矢〉で一撃だった」


 リアが向かおうとした右側通路から不完全燃焼といった様子のケンと、にこにこ顔のニナが現れる。それを見てリアはようやく険しかった表情を崩し、ほっと息を吐く。




「いやあ! 本当に凄いですね! リアさん達は!」


 戦闘を終え、休憩に入った途端、レクサスがリア達の元にやってきて、褒めたたえる。


「そ、そうですか? どぅも……」


 照れるリアはニナを盾にしながら小さく頭を下げる。

 レクサスは距離を詰めすぎたと反省しながら、ゆっくりと半歩下がり話始める。


「いや、本当に凄いですよ! 俺たちも【呪術師の塒】は二回目ですが、こんなに早くここまでこれたのは初めてです! 今回罠も一度もひっかからないなんて!」


 【呪術師の塒】は基本的に合同依頼を推奨しているダンジョンだった。その理由は、罠の多さだった。『教団』は他者の立ち入りを固く禁じていた為、侵入者を防ぐ魔法罠が今でも多く存在する。しかも、発動する罠は複雑な魔法によって、日や時間によって変わる。

 それ故に、慎重に進まざるを得ない上に、多少罠に引っかかっても進めるよう、複数パーティーでと言われていた。


「呪術師の魔法罠は、基本呪いですからね。引っかかれば一か月は影響を受けるらしいですから、俺たちみんな怯えちゃって。それに、魔力が弱いうえに隠ぺいがうますぎて」


 ここに存在する多くの魔法罠は、呪術、呪いの類であり、これらは強くない分、一度掛けられると長引くことが多い。しかも、魔力が強くないから発見しにくい。


「一体、どうやって見つけているんですか?」

「勘、ですかね」


 リアの発言にレクサスが呆気にとられていると、ガナーシャは付け加える。


「あー、リアさんは、本を読むのが好きなので、そういった人の心を読むといえばいいのか、罠を仕掛ける側の心理や理屈を捉えるのがうまいのではないかと。あと、この子達は魔力探知が習慣付いているみたいで、危機察知能力も高いんですよ」

「へえ~、すごいんですね! リアさん達は!」

「は、はあ……えーと、これってすごいの? ガナーシャ?」


 リアは、レクサスの勢いに下がりながらガナーシャに問いかける。


「ええ、凄いですよ。専門職のシーフレベルの察知能力です」

「へ、へえ~、すごいんだ。そうなんだあ」


 リアはガナーシャの言葉を聞きながら緩む頬をぐにぐにと抑える。


「いなければ、高価な魔導具に頼るくらいしかないですしね。鑑定眼鏡とか」

「めがね!? あ、ああ……そうなんだ……」


 大声を出した自分に恥じらいながらリアは小さくなっていく。

 実際、リア達の魔力探知技術は一般的な冒険者の域を越えていた。そもそも冒険者になるまで普通魔力探知の技術は覚えない。だが、リア達には、アシナガ、臆病で用心深いガナーシャの教えがあった。


「いやあ、本当に凄いです。一体、どうやったらそんな技術を?」

「「「魔力探知使って鬼ごっこ(です)」」」

「は?」


 そして、普通ではない教えであった故に、普通の冒険者であるレクサスは大きく目を見開いた。


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