第3話 おじさんは声の大きな若者に頭が痛い
「さあさあ、ガナーシャさん、今日は英雄候補の皆様と何処に行かれますか?!」
冒険者ギルド受付嬢のアキはそう言いながら勢いよくカウンター越しに身を乗り出してくる。その勢いにアキの胸が大きく弾み、ガナーシャは目を逸らす。
その逸らした先には、こちらをじいっと睨むリアと微動だにせず微笑んでいるニナが。
「あ、あはは……いやあ、まいったまいった」
ガナーシャが頭を掻きながら笑うと、リアは目を吊り上げて怒りをあらわにする。
「まいったまいったじゃないのよ! さっさと受付をすませてしまいなさい」
言われるまでもない。ガナーシャは早く済ませたいとは思っていた。
その理由の一つが、リア達が英雄候補であるから。英雄候補は冒険者ギルドでも優遇されるので、彼らがやってくると優先的に冒険者ギルドが受付を行う。勿論、それは将来有望な若手冒険者によりよい機会を与えるためというしっかりとした理由はあるのだが、その他にされている冒険者にとっては面白くない。なので、彼らを敵に回しすぎないよう出来るだけ素早く終わらせたかったのが一つ。
そして、もう一つが目の前の受付嬢だ。
アキは、タナゴロの冒険者ギルドでも人気の、いわゆるモテる受付嬢だ。
大きな声に明るい性格、顔も気立てもよく、胸も大きいとなれば、モテにモテる。
だが、そんな冒険者たちの女神である彼女がガナーシャにとてつもなく好意を表しているのだ。ガナーシャも他の冒険者もリア達英雄候補パーティーの一員だからアキが良くしてくれているのだと考えている。だが、頭と心は時に一致しない。
タナゴロ冒険者ギルドの女神の寵愛を受けるのがただのおっさんとはどういうことだと今も睨みつけている。
「はいはい、じゃあ、今日も、中級ダンジョンでの魔物討伐を」
ガナーシャはあらかじめ決めておいた依頼をアキに伝える。
冒険者ギルドでのやりとりはガナーシャが引き受けている。
冒険者ギルドとの交渉や手続きなどだけは経験豊富なガナーシャがやった方がスムーズなためだ。以前、リアが新人職員とのやりとりで無茶苦茶な依頼を受けそうになったのを見て以来、ガナーシャが引き受けることにしている。
「ええ~、またですかあ? リアさん達なら上級に挑戦しても良いとは思いますけど」
アキが口をとがらせながらそんなことを言う。
モンスター達がいるダンジョンは、冒険者ギルドによって難度が設けられ、大きくは、下級、中級、上級に分けられている。
当然上級の方が難しく、冒険者ギルドとしては才能ある冒険者に魔物を討伐してもらう方がありがたい。冒険者ギルド自体がやることも出来るのだが、費用が掛かる上に、金になる素材や魔石の回収が出来ないために損しかない。
なので、アキは分かりやすく肩を落とした。そのせいで、ガナーシャはさらに周りの冒険者から睨まれるが、苦笑いを浮かべるだけ。
「あはは、まあ、今回を達成出来たら上級に行ってもいいかなと思ってはいるから、ね? あの、そんなに肩を落とさないで……」
ガナーシャがそう告げるとアキは目を輝かせ、ガナーシャの両手を握り迫る。
「絶対絶対絶対ですよ! 信じてますからねガナーシャさん!」
アキが力強く握り引き寄せたせいで柔らかい感触を味わう事となり、ガナーシャは顔をひくつかせる。
「あ、あのね……アキさん……」
「あ、あ! アタシったら……! あの! ごめんなさい! でも、本当ですから! 頑張ってくださいね! それじゃあ……!」
そう言いながらアキは顔を真っ赤にして去っていく。
一人残されたガナーシャは、孤立無援の状況で黙々と手続きのための書類の記入をこなそうとした。
その時、
「ふん、だらしない顔して」
リアが近くで腕を組みこちらを睨んでいた。
何もかもが自分のせいではないと言いたい思いを堪え、苦笑いで乗り切ろうとするガナーシャだったが、リアはそのガナーシャをぐいと身体で押し、依頼書に目を通し始める。
「あ、あの……リア?」
「色気にやられたおじさんよりアタシの方が判断出来るわ」
依頼書から目を離さないまま、リアはそう言う。そこには有無を言わせぬ何かがあった為、ガナーシャは黙り込んでリアの決定を待った。
「よし……ここにしましょ、【黒犬のあなぐら】での黒犬討伐」
【黒犬のあなぐら】は名の通り、黒犬と呼ばれるモンスターが現れる。ほとんど狼に近い見た目なのだが、この辺りでは黒犬と呼ばれている。
四、五頭群れていれば普通の冒険者であれば厄介だが、英雄候補からすれば割と簡単な依頼の部類に入る。
依頼としては妥当なものだった。
が、ガナーシャは首をかしげる。
「ん~」
「何よ、何か文句でもあるの?」
「あー、いえ……いえ……うん、行きましょう」
足を擦りながらそういうガナーシャにリアは眉間に皺を寄せながらも依頼書をガナーシャに渡す。受け取ったガナーシャはダンジョンに入るための手続きを素早く済ませた。苦笑いを浮かべたまま。
「おう、決まったか」
ケンがこちらの様子に気づいたのか近づいてくる。ずいぶん身体を動かしていたようで、乾き始めていたはずの汗が再び大量に流れている。
「ええ、今回は【黒犬のあなぐら】に行くわ。おじさんは何か不満のようだけど」
「ああん? 何が不満なんだよ? おっさん?」
ケンが詰め寄ると、ガナーシャはぽんぽんとケンの胸を叩き、口を開く。
「いやいや、不満はないよ。行こう、大丈夫大丈夫」
「まあ、ガナーシャさんもこう言ってますし、一先ず向かいませんか? 【黒犬のあなぐら】。私も、ちょっと暴れたい気分なので」
ずっと微笑みの表情を崩さないまま、ガナーシャを見つめていたニナがようやく口を開く。その強烈な圧に全員がただただ頷く。
「はっはっは! 英雄候補ども、お前らも【黒犬のあなぐら】か! 奇遇だな、オレ達もだ!」
その声に、ガナーシャは苦笑い、リアとケンはうんざりな表情に、ニナは再び絶対零度の微笑みに変わる。
「まあ、折角だからオレ達の戦い方を教えてやろう! そんな雑魚のおっさんよりもよっぽど為になるぞ」
真ん中分けの紫のさらりとした髪をかき上げ、そう言いながらガナーシャを笑う男。
その様子を見て苦笑いを浮かべながら、ガナーシャはこめかみに指をあてて小さく唸った。
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