第2話 おじさんは女性の視線が痛い

 【始まりの英雄】ハアト。

 はるか昔、始まりの魔王を倒しそう呼ばれた存在がいた。

 そして、それから時は過ぎ、今から百年ほど前に、六大魔王と名乗る者たちが魔物を率いてこの世界に現れる。

 その六大魔王の一人を倒したブレイ・ハアト。ハアトの名を継ぐ男が英雄と呼ばれ、それから、ハアト、そして、ブレイの後を継ぐ存在を生み出すべく各国が動き始めた。

 ガナーシャ達のいるウワンデラ王国も勿論英雄を生み出そうと様々な策をとってきた。

 その一つが〈英雄候補〉の称号だ。

 王国が才能ある者と認めた者に授ける称号で、これを持つ者は冒険者ギルドでも優遇される。

 その称号をリア達は持っている。

 だが、その分嫉妬も酷い。特に孤児出身という事でこれ見よがしに嫌味を言ってくるものもいた。先ほどガナーシャを嘲りながらリア達も馬鹿にしていた彼らもそんな嫉妬まみれの冒険者だ。


「やれやれ……」


 ガナーシャは、大きなため息を吐き部屋へと入る。

 部屋は一人部屋だ。

 流石英雄候補というべきか、リア達はダンジョンの宝庫と呼ばれるこの街【タナゴロ】でも危なげなく冒険者ギルドからの依頼をこなし、収入は安定していた。

 本人たちは、孤児院での狭い暮らしの反動か個室を望み、それぞれで一人の時間を過ごしている。

 ガナーシャ自身はそこまで魔物を倒して活躍しているわけではないが、四人中三人が個室を希望しているのでみんなに倣って一人部屋を借りている。多少の居心地の悪さはあったが今となっては慣れてしまった。

借り物の部屋ではあるが足が痛むガナーシャにとって過ごしやすい物の配置に変えそれなりに楽しんでいる。


「でも、贅沢に慣れるのはなあ……」


 そう言いながら、ガナーシャは、光っていた平たい水晶のついた魔導具を手に取る。

 それは、〔伝言の魔導具〕。

 同じ魔力紋を持つ水晶同士、決まった相手との文字のやり取りが出来る魔導具であった。


「これは……実家から、シーファからか」


 ガナーシャは、妹の名を見てほっと胸を撫でおろす。

 両親からの連絡でなくてよかった。両親からの連絡であれば内容は一つしかない。

 だから、妹からでほっとした、はずなのだが、内容は両親と同じものだった。


『お兄様へ 冒険者をまだ続けるつもりですか? いい加減、エイドリオン家を継ぐとお父様たちに伝えた方がお兄様の為ですよ。でなければ、私が継ぐことになってしまいますよ?』


 エイドリオン家は、それなりの貴族であった。ガナーシャは次男だが、長男は寝込みがちで、本人も両親もガナーシャに継がせたいと考えている。

 だが、ガナーシャはそれを望んでいなかった。貴族の世界はどうにもガナーシャには息苦しかった。そういう意味でも、シーファが継ぐのが良いとガナーシャは考えていた。


 なので、ガナーシャは、伝言の魔導具に魔力を込め文章を打ち込んでいく。


『シーファへ 僕も君が継ぐのがいいと思うよ』


 そう送るとすぐに魔導具が輝き、シーファからの返事が映される。

 どうやらガナーシャの返事を待ち構えていたようだ。

 ガナーシャは苦笑いを浮かべながら水晶の文字を見る。


『一度、実家へ帰ってきてください。相談しましょう』

『今は、英雄候補様と一緒だから、また機会が合えば』


 そう送って、ガナーシャはエイドリオン家と繋がっている伝言の魔導具を鞄の中に押し込み見ないようにする。

 ガナーシャはベッドにもぐりこみ足を擦りながら寝てしまおうと目を閉じる。


「ああ、足が痛い……いたたた……」




 次の日、ガナーシャは鞄の中でちかちか光る魔導具を無視して、冒険者ギルドでリア達を待つ。


「おはようございます。ガナーシャさん」


 最初に来るのはいつもニナだ。

 ニナは、毎日早朝に教会で祈りを捧げてからやってくるので遅れたことがない。

 短めの銀髪は綺麗に整えられていて、白い肌もすっと通った鼻や大きなたれ目気味の瞳もすべてが完璧と言える。

 そして、服装も治癒術師らしい清らかで慎まし気な……主張の激しい胸を除いてすっきりした服装だ。


「ふふ、ガナーシャさん、女性はそういう視線に敏感ですよ」

「あ、いやあ、すまない」


 ガナーシャは、ニナからの指摘に気まずそうに視線を落とし頭を掻く。

 ニナもそこまで気にしてないようで、口元を手で隠しくすくす笑っている。


「おっす」


 次にやってきたのは、ケンだった。

 朝から稽古をしていたのだろう。汗が幾筋も流れている。

 だが、疲れている様子はなくむしろ気の充実というか何とも言えない迫力があり、冒険者ギルドの強面達もその迫力を感じながら見ないように通り過ぎている。


「ケン、今日も稽古してたの?」

「当たり前だ。アシナガ師匠が言ったんだ。どんなくそみてえな目にあってあせっても同じように力を出せるよう準備しとけってな」


 ケンはそう言いながら今も手の中でルクの実と呼ばれる木の実を握って遊んでいる。


「おっさん。おっさんも鍛錬くらいしたらどうだ、ちったあよ」

「そ、そうだねえ……あはは」

「ち! くそが」


 ケンは、埒が明かないと思ったのか、舌打ちをするとガナーシャに背を向けて、身体の動きを確認するようにゆっくりと動かし始めた。

 そんな気まずい時間が少しした頃、リアが慌ててやってきた。


「ごめん! 遅れた!」


 リアはぼさぼさの髪のままやってきた寝癖があってもその長い金髪は美しく、もじゃもじゃ頭のガナーシャは羨ましく思っていた。いや、髪だけではない。健康的で潤った肌、少し勝気そうな釣り目の大きな瞳、整った鼻や口、そして、細いながら活力漲っている身体。 そのどれもが美しくまばゆいものでガナーシャはもちろん、冒険者ギルドの男たちは目を細めていた。

 彼を除いては。


「おい! リア、おせえんだよ!」

「だから、ケン、ごめんって! ちょっと気づいたら寝てて……気づいたら寝坊してて」

「まあまあ、リアのこの感じを踏まえて早めに集合時間を立てているんだからいいじゃない、ねえ」


 ニナがケンとリアの間に入り仲裁を始める。

 ガナーシャもここは年長者としてなんとかしようと手を挙げる。


「あー……ひとまず、行こうか。ね? おじさん、足痛くて立ちっぱなし辛いからさ。すまんね、ケン、気を使ってもらって」


 そう言うと、リア・ケンからキッと睨まれる。


「てめえの足のためじゃねーんだよ!」

「はいはい、待たせてごめんね、おじさん!」


 そう言いながら二人はガナーシャの両サイドを通って冒険者ギルドの中に入っていく。


「ご苦労様です」


 ニナはそう言って笑いながらガナーシャの目の前を通り過ぎ、ガナーシャも足を少し引きずりながら中へと急ぐ。


「おはようございます! ガナーシャさん!」


 冒険者ギルドの受付に向かうなり、大きな声と胸に出迎えられてガナーシャは苦笑いを浮かべる。


「あ、あはは……今日もよろしくね、アキさん」

「はい! おまかせください! ガナーシャさん! うふふ」

「あはは」


 楽しそうなアキを見ながらガナーシャはズキズキと足、そして、胃が痛み始めるのを感じる。

 後ろからの視線が刺さる。


「はあ~、これだからおじさんは……! 大きければいいってもんじゃないでしょ」

「ち……! 俺は向こうでトレーニングしてるからさっさとすませろよ、すけべじじい」

「ガナーシャさん……いけませんよ」


(こういう年頃の子はこういうことに敏感だもんなあ)


 そんな事を考えながら、ガナーシャは無心で受付を済ませようと急いだ。

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