第54話 宣戦布告


「……それで、白竜は?」

「次の瞬間には、無明という剣士の足元にひざまずくように首を垂れていたよ。威圧感も殺気も消えて、静かになっちまった」

「なるほど」


 六日前の一件についての一通りの話を聞き終えた俺は、余りの内容にため息をついた。


 白竜を殺そうとした西家の陰謀と、白竜を支配下に置いた無明の計画。


 どちらも山の国が続けて来た歴史を大きく動かす一大事だ。


「確かに、事態は最悪だな」


 白竜は山の国の象徴だ。それが敵に回ったとなれば、西家のことを無視できなくなる。それどころか、西家に対して戦うことを放棄する人間も出てくるだろう。


 信仰云々ではなく……白竜の力の一端を持った白竜ジョブの存在も大きいはずだ。コユキを見ていたからわかる。何もできない、ただの人間として、コユキを見ていた俺だからこそわかる。


 真一級の実力を持ったコユキでさえ、白竜の力の一端なのだから。


 そして、そんな白竜を打倒した西家の実力は如何なるものなのか。


 果たしてそれは、抵抗してどうにかなるものなのか。


 又聞きばかりの情報では、どうにもこうにも白竜という存在が偉大過ぎて、敵の姿が大きく映ってしまう。


「それから六日間。三つの出来事が起きた」

「というと?」

「まず一つ。各地の白竜ジョブ持ちの容体が急変。東と南の白竜ジョブが突如として奇行に走り、西家領地へと飛び去ってしまった」

「……操られてる、と見ていいのか?」

「西家に殺されていなければ、な」


 白竜ジョブは、白竜と何らかのラインで繋がっていると言われている特殊ジョブだ。そんな白竜が、敵方の手に落ちたとなれば――確かに、白竜ジョブ持ちに変化が訪れてもおかしくはない。


「そ、そうだ! コユキは……!」


 コユキも例にもれず白竜ジョブ持ちの人間だ。何もないわけがない。


「コユキは私が保護したわ。ルードを探している最中にね」

「……何にもなかった、ってわけじゃなさそうだな」

「ええ。意識不明の重体を、お付きの人間がどうにかして運んで逃げていたところを保護したもの」


 意識不明の重体、か。

 南と東の白竜ジョブ持ちが奇行に走り、北の白竜ジョブ持ちが意識不明の重体か。


 コユキが心配だ。


 ……いや、まて。


「……逃げてた?」

「ええ、そうよ。大量発生した影から、逃げていたのよ」

「影が大量発生したって――」

「それが二つ目だルード。白竜が墜ちたあの夜明けを皮切りに、西家領土から影の軍勢が溢れ始めた……まるで、隠れていた奴らが、一斉に現れたみたいにな」


 なるほど。どうやら、目覚めた直後に影と遭遇したのは、まったくの偶然だったというわけではないのか。


「原因は不明だが……白竜の力がまるっきり関係していないとは言い切れない」

「気づいているとは思うが……あの影は、おそらく人工的な魔物だ。おそらくは、お前らの言う西家の協力者から提供されたものだと思う」

「西家の馬鹿どもは、一体何をこの山の国に持ち込んだというのか……」


 俺とアズロックが見た影を放っていた仮面の連中は、服装からして山の国の外の人間だ。


 となれば、自然西家の協力者と考えるべきだ。


「西家の領地から影があふれ出し、戦力となりえる白竜ジョブが戦闘不能か行方不明……」

「北家の当主は、今南の城郭で横になっているはずだ。安心しろ。我が家の医療体制は、山の国一だからな。あそこで何とかならないってんなら、どこに連れてってもどうにもならないよ」

「それは感謝する。それで、三つ目は……」

「つい先日、西家が山の国全体に対して征服宣言をした。もちろん冒険者ギルド、並び中立を謳うギルドは戦争参加依頼を受理。戦争への参戦は冒険者個々人に委ねられることとなった」

「……始まったってわけか」


 世界的に分布するギルドたちは、基本的に戦争への不参加ではなく中立を旗に掲げる。


 お察しの通り、戦争で得られる利益を重視した形である。


 しかも、どちらの陣営にギルドに登録する冒険者たちが肩入れしようと、責任はすべて冒険者が負うことになっていて、ギルドは仲介料を懐に入れて安全地帯というわけだ。


「問題があるとすれば、西家側から冒険者ギルドのような組織にアプローチが一切なかったことだな」

「……影が兵力代わりってことか」

「おそらくでしかないが、その通りだろう」


 戦争となれば、規模の差異はあれど兵力が要る。金次第で強力な兵力を簡単に確保できる冒険者ギルドや傭兵ギルドに対して、戦争参加へのアプローチをかけるのは当然だと思うが……もし、二級程度の実力を持った魔物を大量生産でき、かつ操ることができるのだとしたら……確かに、そのようなアプローチの必要もないな。


「一ついいか、ルード」

「なんだ?」

「はっきり言おう。お前さんが流砂の国を救ったことは知っている。だからこそ……この山の国の危機に……俺に、手を貸しちゃあくれねぇか」


 一通りの状況の説明をした後に、鏑は頭を下げて助けてくれと懇願してきた。


 ……状況は、考えられるほどに絶望的だ。


 山の国随一の戦闘力を誇る白竜ジョブ持ちの内、三人が白竜と共に西家に付いた疑惑があり、更には相手には白竜を打倒しうる戦力が揃っている。

 更には、山の国を騒がせた影の魔物を兵力として大量に起用している――考えれば考えるほどに、負け戦のような状況だ。


 こうなってしまえば、金で動く冒険者も傭兵も、山の国を見捨ててどこかへと行ってしまうことだろう。


 だからこそ――


「コユキには、色々借りっぱなしだからな……俺は乗るよ、その話に」

「協力感謝する」


 ここに住む人間ほど、俺には立派な意思はないけれど、二年前を含めてコユキにはいろいろと助けられているからな。


 俺一人がどれだけできる分からないが、戦力は多い方がいいはずだ。


 ただ、その前に片づけなければいけない依頼があることも忘れてはいけない。


 それに――


「ちょっと俺にも、色々と思うところがあるんだよな」


 人口の魔物と最新の魔導兵器。


 もしかしたら――そう思ってしまうような因縁が……見過ごすことのできない記憶が、掻き立てられてしまう。


 場合によっては……むしろ、更なる最悪がありえたかもしれない。


「あいつらか……?」


 誰にも聞こえないような声で、俺はそう呟いた。


 

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