第53話 一方地下にて
迫撃王と簒奪者の戦いの決着よりも前。
レンガによって整備された仄暗い地下道を走る二人は、コルウェットが出した火魔法のランタンで道を照らしながら王宮の地下深くを目指していた。
既に半壊していた王宮に更なるダメージを与えたルードとブルドラの戦いであったが、幸いなことに、王宮手前で別れて地下へと向かったコルウェットたちには、戦いによる被害が出ていないかった。
地上は既に無残な王宮に死体蹴りが如き破壊が見舞われているのだが――もとより王家に伝わる宝を保管していた王宮地下は頑丈に作られていたため、崩落の心配もなくその形を保っていたのだ。
「地上は、すごいことになっているようね……」
「コルウェットには感謝することばかりですわ。とにかく、このまま地下道を進みましょう」
とはいえ、崩落する王宮と地面を砕くような攻撃の数々は、振動を伝い音として二人の耳に届いていた。
それらから地上の激戦を思いながら、それでも二人は地下を目指す。
仄暗い地下道は、あまり使われていないのか埃が積もった様子。とはいえ、地下通路自体はそれなりに大きく、横幅はコルウェットとモアラの二人が並んで走っていても、まだ二人ほどの人間が並走できそうなほど広く、高さもブルドラほどの大男――二メートルを超える人間であってもジャンプしなければ天井に手が届かないほどだ。
ただ、問題があるとすれば、道の幅が広くあるように、先に広がる王宮地下も限りなく広大であることか。
そんな道を降りていく合間に、コルウェットは確かめるようにモアラへとあることを訊いた。
「ねぇ、モアラ。王家の秘宝って、いったいどういうモノよ」
「……そう、ですわね。簡単に言ってしまえば、武器ですわ」
「武器ねぇ……」
元々は王宮を破壊しコーサーを陥落させたこの事件をもってして、王家の秘宝が黒幕に奪われる前に秘宝を破壊しようと企んでいたモアラである。
そして、秘宝ということもあってその情報を秘匿し続けてきた彼女であるが、こんな危険地帯にまで付いてきてくれた友人に対しても、その詳細を秘匿し続けるのは不義理なのではないのだろうか、と思ったらしい。
「言ってしまえば、王家に伝わるスキル継承器、とでも言いましょうか」
「スキル継承器? え、あれって都市伝説じゃなかったの?」
コルウェットが都市伝説と言ったスキル継承器とは、それこそ呪いなどが病気などにカテゴライズされるこの世界におけるオカルトの一種であった。
それは、生まれ持って獲得する天賦スキルを、他者に移植することができるという魔道具の存在である。
しかし、常識というレンズを通してその噂を見れば、もちろんそんなものは存在しないという答えが返ってくる。
かつてヴィネがバラムと共にルードに教えた「天賦スキルは魂に刻み込まれたスキルである」という情報は、一般的どころかこの世界の人間には知られていない知識だ。
しかし、ステータスから確認できる情報だけでも、天賦スキルは通常のスキルとは違うモノであることは明白であり、そして後天的に天賦スキルを獲得することは不可能ということは一般的な常識であった。
無論、誰かに天賦スキルを移植するなどできるものではない。ものではないのだが――
(そう言えば、似たような経験はしたことあるのよねー……)
半年前に起きた172層での戦いの中で、本来はコルウェットの天賦スキルではあるはずの〈花炎姫〉を、どういうわけかルードが使用したのである。
その後、コルウェットのステータスには〈王の器に連なるもの〉という謎の天賦スキルが表記されるようになった。
こんな経験もあった手前、都市伝説とされる天賦スキル移植、或いは継承の魔道具の存在を否定することができないコルウェットである。
そして、天賦スキルの継承器なんてものが秘宝となる理由は一つしかない。
「えっと、それが秘宝ってことは――王家に伝わる天賦スキルがあるってことね?」
「ご明察の通りです。厳密には、その魔道具に認められることで獲得できる天賦スキルがあり、そのスキルを獲得することで王位を継承する権利を得ることができる……それが、我がアビル家に伝わる1000年の歴史なのですわ」
アビル王家に伝わる1000年の歴史。なるほど、王家に伝わる秘宝ともなれば、確かにスキルの継承という言葉が秘匿されていてもおかしくはない。
事実、遠い過去にはスキルの存在こそが、王の象徴であるとされた時代もあると、教養の一環で知識としてコルウェットは知っていた。
実際、現代も強力な天賦スキルの所持者は、冒険者や傭兵、或いは犯罪者関わらず一角の実力者として扱われている。天賦スキルの有無がそのまま称号になるのは、ソロモンバイブルズのメンバーたちについた二つ名が、天賦スキルの名そのものになっていることがわかるだろう。
そして、モアラが探すものが、王家に伝わる――それこそ、そのスキルの有無によって王位継承権に関わるような天賦スキルを与える魔道具だとすれば、確かに黒幕の手に渡したくないのも納得がいくものだ。
それこそ、破壊しなければならないなんて、突飛な行動に走るほどには――
「それにしても、どれだけ走ればいいのかしら?」
目的の品物についてはあらかたの情報が集まった今、改めてコルウェットは地下道の広さについて悪態をついた。
実際、王宮の地下道に繋がる隠し通路から地下に降りて、既に五分も経過している。モアラの速度に合わせてはいるものの、コルウェットだってそれなりに急いだ状態での五分だ。
もちろん、172層から地上へと上がるときに使用した〈花騎馬〉は使っていない。流石の広い地下道とはいえ、巨大な魔物が闊歩するダンジョンよりは狭いためだ。
とはいえ、それでもあまりにもこの地下道は長すぎる――
「もう少し、と言いたいところですが、その詳細は私もわかっておりませんの。かつての旧都で見た地図からルートを計算して歩いては居りますが、なにぶんこの地下道は過去に低国ヴィネとつなげようと王族が画策したもので、それをそのまま秘宝を隠すためのダンジョン擬きに誂えたものですから」
かつての王族が、王宮から直接低国ヴィネに出陣できるように――というよりも、1層から13層までの手間をショートカットできるように作った地下道であるのだが、その試みは失敗に終わっている。
どれほど横穴を掘ろうとも、地下から低国ヴィネに到達することができなかったからだ。
とはいえ、無用となった地下道を放置しておくのももったいないとした当時の王が、自分たちの秘宝の隠し場所に選んだ、と旧都アルザールの王族のための書庫でモアラは学んでいた。
同時に、いつかは辿るであろうと王宮地下の地図も、彼女は頭に叩き込んでいたために、こうして今秘宝を目指して地下道を下ることができている。
何事も覚えておくことに越したことはない、というのは彼女の兄の言葉である。今は、生きているか死んでいるかもわからないが――
「……モアラ、ストップ!」
「っ!」
しかし、その道は塞がれることとなる。
「驚愕、遭遇、会敵、撃滅?」
「コーサーの生き残り……な、訳ないわよね。そんな武装してて」
彼女たちの前に、一人の少女が姿を現したのだ。
「発見、目標、第二、王女。確保、殺害――調査、中断。戦闘、開始」
「私の出番みたいね」
迫撃王と簒奪者の戦いと時を同じくして、地下道の戦いは幕を開けるのだった。
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