第7話 38層の窮地


 低国ヴィネ。


 神書ゴエティアに記載きさいされる九つの超高難易度ダンジョンの一つとして名の知れたこのダンジョンは、近年その人気を高めていた。


 その盛況せいきょうの原因は、半年前に行われた深部攻略作戦にある。


 今からさかのぼること実に一年。ソロモンバイブルズという伝説のパーティーによって開拓かいたくされた13層を起点として始まった深部攻略作戦は、現在その道のりの長さに途方とほうれていた。


 そもそもが広大な低国ヴィネは、1層目から地図もなしに彷徨さまよえば、次の階層へと続く階段を見つけるのに数日はかかるとされる迷宮である。そして、ソレは階層を重ねるごとに広くなっていき、13層からははっきり言って規模きぼが狂い始める。


 なにせ、13層に安全地帯セーフルームを設置してから、13層全域を安全地帯セーフルームとするべく魔物たちの掃討を始めてみれば、その作業が終わる頃には半年という時間が経っていたのだから。


 あのソロモンバイブルズが誇る殲滅力に優れた『花炎姫エレガンスフラワー』や『白竜巫女ホワイトドラゴン』が参加した上で、だ。


 たった一層でそれだけの広さを誇るこのダンジョンは、地質学にけたギルド員が言うには、実に150層を超えるかもしれないと言われている。


 その数字は現存げんぞんするダンジョンで(階層が判明しているものに限り)最も深いのは当たり前で、二位となる群廟ぐんびょうキマリスの48層を大きく超える数字だ。


 だからこそ、冒険者ギルドは13層よりも深くに拠点を構える方向へと指針ししんを向けた。

 そんなわけで――


「おい! 残るポーションの数はいくつだ!」

「上級三つ、中級一つ。用意してた分はほぼ使い切ってる……」

「あー、くそっ! どうやって切り抜けるこれ!?」


 そんなわけで、俺たち二級冒険者パーティー『アダマントグレムリン』のような上の下とも中の上とも言いがたい中堅冒険者たちにも、深層攻略の手伝いをしろって要請ようせいが来るわけだし、そうした身の程知らずが壁を背にして魔物の群れに囲まれることだって日常茶飯事なのだ。


「ザクロさん!」

「三時の方向の包囲がうすいぞリーダー!」

「ならそっちを突破する! モモは大規模魔法の準備をしろ! 俺とビワで正面を切り開くから、アケビは遅れるなよ!」

「りょ、了解しました~!!」


 久しく味わうことのなかった窮地きゅうちに俺――ライムの思考が加速する。ここは低国ヴィネの38層。最高到達地点である44層には劣るものの、世界有数の危険地帯だ。


 なんでこんなところに居るのか、は聞かないでくれるとありがたい。誰も調子に乗った冒険者たちの、自業自得な末路なんて知りたくないだろうからな。


 とにかく、だ――


「全員構えろ! 絶対に生きて帰るぞ!」


 俺たちを囲むのは恐ろしき魔物のれ。ケイブパンサーと呼ばれる、長い牙が特徴的な四足歩行の魔物だ。その体躯は地上に住むネコ型四足獣の魔物に比べれば小さなもので、その体長は1.2メートル程度。しかし、洞窟どうくつという閉所にて数十匹の群れを作り狩りをする地下空間のこいつらの脅威きょういは、地上のそれらとは比べ物にならない凶悪さを誇る。


「魔法準備オーケー!」

「凍てつかせろモモ!」

「了解したよリーダー!」


 俺の号令に合わせて、モモの氷属性の上位魔法が凍てついた道を作り、向こう数匹のケイブパンサーを凍らせる。そして地面に潜り込んだ冷たさが爆裂し、更なるケイブパンサーたちをその氷で貫いていった。


「行くぞビワ!」

「おう!」


 もともと薄かった包囲網の一部に氷の道が出来上がる。そこが俺たちの逃避行。細い希望を手繰たぐり寄せて、俺たちは――


「――ああ、くそがっ……!」


 俺たちの逃避行はふさがれた。壁を背にしていたさっきまでとは違う完全なる包囲網が、俺たちの逃げた先には広がっていたのだ。


 罠だったのだ。わざと包囲のゆるい場所を作り、獲物えものをおびき出す罠――まさかケイブパンサーたちにそんな知能があったなんてな。


「おい、どうするリーダー。囲まれちまったぞ」

「さっきの上位魔法でちょっと魔力枯渇気味ぃ……」


 うろたえるザクロと、連戦続きで疲弊ひへいしたモモの声が上がる。


「さて、万事休すか」

「お、おお落ち着いて何か対処を……!!」


 ビワは天命を悟ったのか妙に落ち着いているし、アケビは正反対に慌てすぎている。


 四者四葉の表情を見せるが、俺たちを囲むケイブパンサーの包囲網に隙は無い。ビワの言った通り、万事休すか――


「〈火炎蛇エレガンススネーク〉! 何匹かとり逃した!」

「細かいのは俺がやる! 群れの方は任せたぞ!」


 万策尽きて死ぬのを待つばかり。そんなことを思っていた時、ケイブパンサーの包囲網の一角が燃えた。燃やしたのは炎を纏った――いや、炎でできた蛇。しかし、その後ろに居たのは――


「助けだ!」


 まごうこと無き、人間だった。

 炎の騎士を従えて蛇を操る女と、短剣をもってケイブパンサーの群れの中に一人切り込む謎の男。俺たち『アダマントグレムリン』の五人が死を覚悟した魔物たちを相手にして、たった二人でひるむことなく群れへ突っ込む彼らは、次々とケイブパンサーを倒していく。


 そして、一人何十匹ものケイブパンサーの群れの中を突き進んできた男が、俺たちの前に現れた。


「やばそうだったから助太刀したが、問題なかったか?」

「ああ、問題ねぇぜ。ありがとな。できるなら、リフトまで一緒にいてくれるとありがたい」

「リフト……? まあ、道案内してくれるなら問題ないよ。俺たちも上を目指してるからな」


 現れたのは、俺とそう年の変わらない若者だった。

 人がい顔で話しかけて来た男に対して、俺は感謝で返す。それから、忘れていた自己紹介をするのだった。


「ああ、自己紹介がまだだったな。二級パーティのアダマントグレムリン。俺はリーダーのライムだ」

「俺はルード。出口までよろしくな」


 俺の差し出した手に対して、ルードはしっかりと握手で返してきた。


 

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